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魔王城に近い町  作者: やまもと蜜香
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第8話 運命の出会い

 広場を囲む建物の中では比較的大きめの四角い建物。入口付近の壁に表札のようなものが掲げられているが、キビットには読めない文字だった。

 キビットは引き戸となっている入口の大扉に手をかけ、人が一人通れる程度に開けた。

 天窓から光が取り込まれているらしく、倉庫内は真っ暗ではなかったが、薄暗くはあった。キビットが見たそんな倉庫の内部、そこには六人の魔人がいた。倉庫の扉が開き、何者かが入ってきたことに気付くと、彼らはひとかたまりに集まって警戒態勢を敷いた。


「何だキサマは」


 倉庫内に魔人のドスの利いた声が響く。

 見るからに荒々しく力強い魔人、そしてその威圧感から腕が立つと判る魔人、さらには魔力が溢れるような初老の魔人、そこに居並ぶ魔人たちからは、ただならぬ風格が漂ってくる。

 門を守っていた魔人とは明らかに異なる雰囲気、倉庫で力仕事に従事する者ともなると、一般の魔物でもこれほどの風格を持つものだろうか。

 そんな凄みのある魔人たちでも、あのハイブリッドたちに襲われればただでは済まないだろう。ならば彼らに情況を伝え、城から退避するように説得せねばとキビットは考えた。


「いまこの城は、悪い奴らに襲われています! だから、貴方たちはすぐに城から出た方が良い。城を出て魔人領の方へ逃れれば、奴らは追ってきませんから」


 だが、まるでキビットの言葉が届かないかのように、魔人たちは動かない。やがて、彼らの中心に立つ初老の魔人が言葉を返した。


「お主もその悪い奴らの一人ではないのか?」


「不本意ながらこの城へ連れてこられたけど、僕は違う! 僕は魔人と戦うつもりはない」


「ほう…… ではお主はハイブリッドではないと申すのか?」


「いえ……僕はハイブリッドです。でも…… でも、僕は他のハイブリッドたちの仲間ではありません。むしろ僕は、ハイブリッドなど滅ぶべきだとすら思っている!」


「ふん、仲間から迫害でも受けたか? だが、個人的な恨みから同胞を滅ぼそうなど危険な思想だな。種としてはただの裏切り者であろう」


「恨みが無いとは言わない…… しかし、ハイブリッドの成り立ちや使命に反し、力を誇示してこの世界の覇権を求める今のハイブリッドたちこそ、種への裏切り者だ!」


「我らがそれを信じると思うか?」


「それは──」


 キビットは言葉に詰まった。すぐに言葉を返せず、魔人たちを見渡すしかなかった。そして、そのときだった。魔人の中に女性が一人含まれていることに気が付いたのは。それまでは他の魔人の陰に隠れており、女性であることに気が付かなかったのだ。

 それは、小さな角が二つ頭に乗ったその女の子。腰まである青いストレートの髪が僅かに揺れている。整った顔立ちの中にある黒い瞳はキビットを捉えているが、全くの無表情である。

 そんな魔人の女の子を見た瞬間、キビットの胸にこれまでに感じたことの無い衝撃が走った。


 ── 何だ!?


 彼女の周囲の魔人たちからも、先ほどから刺さるような威圧を受けているが、彼女を見たときの衝撃だけは、他の魔人から受けるものとは明らかに質が異なるものだった。

 それは、キビットの胸の中心をまるで何かが貫くように突き刺さり、その何かから伸び出した鎖がぐるぐると巻き付いて胸を締め付けてくる、そんな感覚に襲われたのだ。


 キビットは思わず背を丸めて自分の胸を押さえた。


『僕はすでに何らかの精神攻撃を受けているのか?』


 そう疑ってしまうほど、心拍数が上がっているのが自分でも判るのだ。


「どうした急に。苦しそうだの」


 話し相手の突然の変化に、初老の魔人が怪訝に尋ねる。


「いえ……何でもない。それよりも、僕は本当にハイブリッドを見限っている。現に今も、僕はこの地を離れる旅に役立ちそうなものはないかと、この倉庫を覗いてみただけなのだから」


「お主の身の振り方に興味は無い。そして、我々の身の振り方についても、お主に指図されるいわれは無い」


 魔人たちにこの状況でキビットと対話をするつもりなど無い。当然といえば当然だ。

 ふとキビットは、胸を締めつける息苦しさが和らいでいることに気付いた。


『そう、さっきまでも……魔人の男たちと話しているときには何も無かったんだ。それが、あの子を見たら急に苦しくなった』


 改めてキビットは魔人の女の子をよく見る。女の子と目が合った。吸い込まれるような黒く深い瞳だ。そう思ったキビットの胸に、再びこれまでに無い感覚が去来する。


 キビットは胸を押さえつつ、自己分析する。いま自分の身に何が起こっているのか。代々資料館で研究を重ねてきた英才の血を動員して客観的に自己を解析しようと努め、答えへと導いてゆく。

 そう、これは強迫観念。彼女に自分を認知してもらわねばならぬ、そのために彼女に何かを告げねばならぬ、そして今この機会を逃してはならぬ、そんな強迫観念。


『僕はこの子を求めている?』


 このまま魔人たちと別れてしまうと、もうあの女の子と会うことは無いだろう。そう考えると胸の締めつけが増した。それは今まで全ての他人と距離を取って生きてきたキビットにとって、自分でも信じられないほどに相手を求める衝動なのである。


『一目惚れというものなのだろうか。これが恋……』


 恋愛など無縁であったキビットは、色恋の深い知識など持ち合わせてはいない。そんなキビットでも゛一目惚れ゛という言葉と概念は知っていたらしい。

 もはや、声をかけずにはいられなかった。


「そ……そこのあなた」


 突然キビットに指名され、ほんの一瞬目を見開いた魔人の女の子だったが、またすぐに表情を殺したように無表情となり、キビットの問いかけに返事をした。


「何か?」


 しかし、これにキビットが繋いだ言葉は、そこにいる全員を騒然とさせるものだった。


「僕と、結婚を前提にお付き合いいただけないでしょうか」


 キビットが読んできたものは古文書や学術書であって恋愛小説ではない。周りは敵ばかりだと見做して暮らしていたアントバニアの町で、ハイブリッドを相手に愛だの恋だのと考えたことも無かったのがキビットである。そんな彼に、気の利いた告白など出来るはずもない。

 しかし、突然のキビットの告白を聞いた周囲の魔人の男たちは、血相を変えて怒りだした。


「キサマ、何を言い出すか!」

「下郎がっ! 身をわきまえろ!」

「許せぬ! 私が殺してやる」


 そんな周囲の反応に面食らったキビットだったが、今にもキビットに襲い掛かりそうな魔人たちを初老の魔人が手で制した。


「まぁ待て。何も知らぬとはいえ、父親の前で初対面の娘に求婚とは大それた事をする奴じゃ」


 迂闊だった。倉庫に居るのだから、彼らは皆ここで働く仕事の仲間なのだと思い込んでいた。そこに可愛い女性の従業員が混ざっていたのだと。それがまさか、先ほどから自分と対話をしている男がその娘の父親だったとは。

 流石にキビットも慌てた。父親に嫌われたのでは、あの女の子との仲もままならない。


「お父さんでしたか!? これは挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。僕はキビットと申します」


 キビットなりの恋愛観で誠意を込めて告白を行い、その父に丁寧に挨拶して手順を踏んでいるつもりなのだが、この行動は周りから見ればピントがずれている。


「お主はまさか、父親への挨拶が無かったから此奴らが怒ったと思うておるのか?」


「……違うのですか?」


 今は緊急事態である筈なのだ。そんな場での突然の間抜けな展開に、魔人を束ねているこの男も毒気を抜かれてしまった。


「クククク……うあっはっははは・・・

 なぁ姫よ、どうじゃ求婚された気分は」


「城に攻め込んできた狼藉者たちの仲間にしか見えません。そんな者と結婚など……悪い冗談です」


 女の子にはそうむげに拒絶されてしまったが、少なくともキビットという存在を彼女の記憶に残せた。そして、彼女の名は『ヒメ』ということも分かった。


「お父さん、娘さんに交際を申し込んだ以上、僕の方の事情も変わりました。僕は皆さんを助けなくてはいけない」


「ほう……どうやって助けると言うのじゃ?」


「もしも…… そう、もしもここにいる皆さんの協力を得られるのであれば、僕はこの城に攻めてきたハイブリッドたちを撃退して見せます」


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