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魔王城に近い町  作者: やまもと蜜香
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第7話 魔王城襲撃

 草原を越えて橋を渡り、林を抜けるとまた見通しの良い平地となった。さらに馬を進めてゆくと、遠くに人口の建造物が見えてきた。

 魔王城だ。平坦な大地の真ん中に悠然と構えているその城は、自然の要害など一切利用していない実に堂々たるものであった。

 この魔王城は巨大な居館を中心に、その周囲に屋根付きの建物が多数建てられている。そして、それらの全てを高い外壁で囲っていた。外壁の外側にはこれもぐるりと堀を巡らせてあり、壁を乗り越えての城への侵入は至難の業といえる。

 そんな城を囲む外壁が唯一途切れる場所、それが居館の正面であり城への唯一の進入路となる跳ね橋である。


 跳ね橋は降りていた。

 それもそのはず、ハイブリッドが攻め寄せたことなどかつて一度も無かったし、長い歴史の中でもたったの数度「勇者」と称する人間が乗り込んできただけなのだ。そんな環境であれば、平素から同じ魔人の来訪者のために跳ね橋が降ろしてあっても不思議ではない。

 もっとも、せめてリーダーであるクルードあたりには、降りている跳ね橋に罠の可能性を感じる慎重さが欲しいところだが、先頭集団に減速の気配は無かった。


 ハイブリッドたちは、潰れても構わないと言わんばかりに馬を叱咤し、全速力で魔王城に迫る。


 魔王城までもう少し ──


 その時だった。

 城の跳ね橋が少しずつ上がりだした。百頭の馬の駆ける音、巻き上げる砂煙、城の衛兵がさすがに気付いたのであろう。慌てて跳ね橋を上げていると察する。


『これで罠の可能性は無くなったな』


 このタイミングで橋を上げるのは罠が無い証拠ともいえた。

 先頭のクルードは速度を落とさぬまま、馬の背に立った。そして上がりゆく跳ね橋の前に達すると、ジャンプして上がってゆく跳ね橋の縁に手をかけた。そして、逆上がりのように足先から身体を突き上げて、ひらりと跳ね橋の向こう側に姿を消した。

 その後、跳ね橋が再び降りてくるまで、さほど時間はかからなかった。


 ハイブリッド全員が馬を下り、跳ね橋へと殺到してゆく。キビットも前に出過ぎないようにして警戒しつつ、跳ね橋を渡った。


 壁内は広かった。そこでは既に守衛の魔人たちと戦っている者たちがいる。おそらく先に一人で乗り込んで戦っていたクルードに、入ってきた味方が加勢したのだろう。彼らは次々と魔人を討ち取っていく。


「ぐあああぁぁぁぁ・・・」


 斬られた魔人が血を噴き出し、苦悶の声を上げて倒れてゆく。魔人の血も人間と同じ赤色だった。

 そんな死にゆく魔人たちをキビットが複雑な表情で見つめている。


 衛兵たちを殲滅すると、クルードが大声で指示を出した。


「手筈通りそれぞれの持ち場へ散れ! ゆくぞ!」


 そう言って中央の居館へと突入していく。

 他の者もそれに続き、予め指示をされているポイントへと駆け込んでゆく。


 行き先もなく立っているのはキビットのみとなった。仕方なくキビットも、とぼとぼと歩き出す。

 ハイブリッドの思考、ハイブリッドの所業、それらを見るたびに嫌悪感が増していた。もうハイブリッドとして生きることが嫌になっていた。だから今回の侵攻にあたり、キビットは機をみて戦場から抜け出そうと考えていた。そして人間の領地、それも少し田舎の町へ行けば、ハイブリッドと知られず平穏に暮らせるのではなかろうか。そんなことを期待していた。


「行方不明になれば、みんな僕が死んだと思ってくれるだろうか」


 恐らくそうは思うまい。キビットは逃げたと判断するだろう。だからといって逃げたキビットを追うとも思えなかった。せいぜい嘲笑って忘れるだろう。


 キビットは居館を見上げた。その古い建造物も元は白い石で組まれていたのかもしれない。しかし今では薄汚れた灰色に見える。とにかく大きい、そして高い、いったい中は何層あるのだろうか。城壁の中からであれば、どこからでも見上げさえすれば、この見事な城が目に入るのではないだろうか。

 そんなことを考えながら歩くキビットは、何も道なき道を進んでいるわけではない。道があるのだ。それも、人や馬車が通れるような舗装された道が。

 キビットは外壁に沿うように居館の横へと回り込んで行った。やがて辿り着いたのは石畳の広場だった。そんな広場を囲むように大小の建物が建ち並んでいる。


『この辺りは倉庫かな』


 各倉庫への荷出しや搬入が重なってもある程度は物を広げられるように広場を囲んでいるのだろうと察したのだ。

 まさに中央広場とでも名付けたくなるような、ぐるりと倉庫群に囲まれた広場。その石畳が凝っていて、広場の中央の辺りに大きな円が描かれ、その円の中だけは敷かれた石の色が変えてあった。それも複数の色の石で幾何学模様が描かれている。それによって何だか神秘的な芸術作品のような優雅さを醸し出す広場となっていた。


『魔人にもこういう芸術的な遊び心があるのだな』


 キビットは少し嬉しくなりながら円の中心に立てられた小さな立て看板を見る。


【よけるときは右に! (メルキド広場)】


 魔人の使う文字で書かれていたが、一般的な文字であれば魔人のものでもキビットには読める。

 おそらく、対向の荷車とぶつかりそうなときは、お互いが右に避けてすれ違えという意味の注意書きなのだろう。そんな倉庫街特有のルールが手書きで書かれた紙が、立て看板には貼ってあった。


 出撃前にクルードはキビットに言った、「城の端の方の小屋でも探って、弱そうな魔人でも見つけて狩ってるんだな」と。

 そして今、こうして城内の端で建ち並ぶ倉庫の前に立っている。倉庫には小屋のような建物も多々在る。


『僕もなかなか忠実なものじゃないか』


 命じられた通りの動きをしている自分に苦笑いするキビット。ただし弱そうな魔人を狩るつもりは無い。


 これから城を脱出して人間領に奔るとして、武器やサバイバル道具くらいは調達しておいた方が良いだろう。これらの建物が倉庫であるならば、それらの一つくらいは見つかるかもしれない。

 キビットは倉庫群を見回した。そして居館の方角に見える大きめの四角い建物に目を付け、そちらへ向かった。


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