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魔王城に近い町  作者: やまもと蜜香
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第5話 キビット

 魔人には未だに原始的な狩猟で生活を送る種族から、器用に武具を編み出す種族、武器を使いこなす戦闘力の高い種族まで様々な文化が形成されている。中でも、パワーやスピードといった身体面において高い能力を持つ種族を好んで取り入れる者が多いハイブリッドにありつつも、キビットの家系はこれまで主に知恵の豊かな種族の魔人と多く交わってきた。

 そのため、キビットの家系はハイブリッドの中でも高い知性と教養を有しており、資料館の研究員は天職ともいえる役職だった。この一家だからこそ古文書をも苦も無く解析し、ハイブリッドの成り立ちに迫れたといえる。


 生前のキビットの父は、最後までハイブリッドに希望を持っていた。根気よく真理を説けば、いつか気持ちは伝わる。たとえ皆に伝わらなくても、変革の波を起こすことくらいはできる。そう信じ続けた。

 ただし父は、和栄記の存在については誰にも明かさなかった。人も魔人も力で支配してやろうと目論む今のハイブリッドにとっては、和栄記に記されるハイブリッドの存在意義ともいえる建町の理念は都合が悪いものだからだ。

 もしもその存在が知れたなら、ハイブリッドたちは大挙して和栄記および資料館を破壊しに来るだろう。それが分かる父は、始祖たちの建町の理想を自分の考えとして語った。人間と魔人の双方に縁を持つハイブリッドこそ、双方が手を取り合い平和に暮らす道を示さねばならないのだと。


 父は毎日のように街頭で声を上げた。どんなに迫害を受けても諦めなかった。

 そしてついに、父は殺された。

 ある日のこと、昼間から酔った連中の一人が面白半分に仲間に提案したのがきっかけだった。父は街頭で数人絡まれ、白昼堂々リンチを受けて殺された。助けようとする者はいなかったという。

 しかも「ハイブリッドの分断を企む裏切り者を成敗して何が悪い!」という運動が起こり、加害者は罪にすら問われなかったのだ。


 キビットは、生前の父の運動を手助けする気にはなれなかった。幼い頃から父の巻き添えを食って迫害を受けたキビットは、自分の家族に害意を向けてくるハイブリッドたちに嫌悪を覚えていたし、心労で母が亡くなった時点でもうハイブリッドの良心の存在など信じられるものではなくなっていた。


 始祖たちは何のためにこの地に暮らしたのか、何のために人と魔人が交わるのか、それを忘れ去って覇権を目論むハイブリッドはもう滅びるべき種へと成り下がっている、キビットはそう思っていた。


 困難や葛藤が込められつつも、全般に創生者たちな夢や理想が記された書といえる『和栄記』も、最後にはこう締められている。

「この世界の全ての種族に永劫の愛を。もしも、我らの誓いし理想が途絶え潰えし時、我らが存在は無に帰する。我らの望む世の実現に期待する」と。



 ──── ハッと我に返った。

 もう夕暮れが近い時刻となっていた。ぼんやりと時を浪費してしまったことを後悔しながら、キビットは席を立った。

 外に出て見上げれば、少し空が赤くなっていた。門限も無ければ誰が待つわけでもない身だが、食材の店は暗くなると閉まってしまう。キビットは裏通りを抜けて商店街へと向かうべく、少し速度を上げて歩く。


 裏道をぬって辻を二・三越えただろうか、まだ商店街までは少し距離がある。そんな時だった。


「おい、待てよてめぇ」


 キビットの傍に人はいない。自分が呼び止められたのだと気付いて足を止める。振り返ると、四人の男がキビットの方を向いて立っていた。


「その面はキビットだな。てめぇ生意気にも侵攻部隊に選ばれたらしいじゃねぇか」


 知らない顔だった。だが、相手だけが顔を知っているという現象は、不本意ではあるが顔が売れてしまったキビットにはよくあることだった。話し方からも、難癖つけて絡んでくるタイプの輩だろう。


「いま殺しちゃえば侵攻部隊の枠が一つ空くんじゃないの?」


「殺すなんて穏やかじゃないねぇ」


「でも、アイツの家系なら殺しちゃっても罪にならないんじゃなかったっけ?」


 呼び止めておいて、キビットに聞こえるように仲間内で会話をする。それが彼らなりの威嚇のしかたなのだろう。

 ガラの悪そうな男どもに絡まれるなど、本来であれば怖ろしい災難であろう。それなのに…… キビットはこのテの恫喝には慣れてしまっている自分に苦笑いしつつ喧嘩を買った。


「君たち……人を殺そうって言うからには、自分が殺されるリスクも覚悟をしてるんだろうな」


「ほう、学者くんはやる気みたいだな」


 キビットは人と魔人の橋渡しなどハイブリッドに説いたことは無い。だからキビットの思想や本心など知る者はいないはずだった。しかし、あの父の息子であるという事実だけで、いつも災難は向こうからやってくる。


「いくら僕でもお前たち程度には負けはしないよ」


 そう言ってキビットは両手の平を正面に突き出した。すると、左手の平から炎が噴き出す。


「おっ、魔法を使うのか。しかし炎じゃあコッチまでは届か ── ごがっ!?」


 キビットの右手の平から強烈な冷気が吹き出すと、一瞬にして炎をも凍らせて吹き飛ばし、連中の一人の顎を捉える。男は後方へと吹っ飛び、動かなくなった。


「くっ…… 火を凍らせて弾にするなんて── 気を付けろよ!」


 さらにキビットは同じ方法で、今度は彼らの頭上高くへ魔法を放った。通りを彩る飾りの根元に凍った火球が直撃し、破壊する。


「うおっ!? 危ねぇ」


 二人の男がキビットの狙いに気が付いてその場を飛び退いたが、一人は単にキビットが魔法を外したのだと判断してその場を離れなかった。そこに上から飾りが落ちてきた。


 ガンッ、カラン……カラ…


 落下した飾りが道に転がるとともに、気を失った男が倒れた。


「ねぇ、その人危ないんじゃないかな? 早く回復してあげなよ」


 半数に減った敵に向けて、キビットが忠告してやった。


「てめぇ……」敵の一人が歯ぎしりしながら倒れた仲間に寄っていく。そして倒れた男の頭の上に手をかざして回復魔法の詠唱を始める。

 だが、男の詠唱は終わらなかった。仲間の傷口を見ながら呪文を唱える彼が、ふいに人の気配を感じて顔を上げると、そこには目の前にまで急接近したキビットがいたのだ。

 ニヤリと不敵に嗤うキビットと目が合う。キビットは既に蹴りのモーションに入っていた。次の瞬間、男は首筋に強烈な痛みを感じ、意識を失った。



「なかなか汚え真似するじゃねぇか……」


「四人で一人を襲う奴ほどじゃないさ」


 今日のキビットには良いことが無かった。やりたくもない侵略のメンバーに入れられ、落ち込んでいるところを知人に責められ、挙げ句にこうしてチンピラのような連中に絡まれているのだ。苛立ちをぶつけるように闘うキビットの攻めは、少々サディスティックになっているようにも見える。


「俺はコイツらとは違う、油断もしねぇ。助けを求めたってこの町にはてめぇを助ける奴なんていねぇぜ」


 そう言って男は大剣を構える。だが、対するキビットに恐れは無かった。


「僕を挑発する必要はないよ」


「はぁ? 何言ってやがるんだ」


「僕に逃げる気はないから挑発の必要が無いって言ってるんだよ。君を叩きのめすって決めているんだから」


「舐めるな!」


 男は大剣を振り下ろしたが、キビットはその軌道を読んでかわすと、少し退いて距離をとった。


 ここでキビットはポケットから小さな棒を取り出した。そして棒の両端をつまんで引き伸ばす。三十センチほどになった細い棒は指し棒だった。そう、教師などが使うただの『指し棒』。これを物質強化のために魔力の膜で包む。

 魔力の淡い光は、まだ日の暮れていない明るさの中では敵の目にも映っていない。


 敵が鉄の大剣を振りかぶって突進してくる。そしてキビットの胴を両断する勢いで振り抜いてきた。


『薄く、硬く、薄く、硬く……』 指し棒を握る手に言い聞かせるように呟きながら、キビットは大剣の斬撃を指し棒で受けにいった。


 シャッ ──

 大剣に光の線が通り抜けたように見えた。

 すると一瞬の間を置いて、光が通った箇所をなぞるように大剣が折れた。


「なにぃ!?」


 その「折れた」というよりも「切られた」ようにしか見えない大剣の断面が目に入った時、男の戦意も切れていた。


「僕の枠が空いたとしても、実力不足の君たちではそこには入れないよ」


 キビットは言い放ったが、男は立ち尽くしたまま動かない。それを見てキビットは、指し棒をたたんでポケットに戻した。


「仲間を助けてやりな。今ならまだ大丈夫だろうから」


 そう言ってキビットが再び歩き出すと、戦いに気が付いて様子を見ていた野次馬たちも、見て見ぬふりで方々に動き出した。


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