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星虹狂乱舞  作者: 朝日菜
第四章 黒百合の天狼
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十八 『地下への門』

 自分たちの先頭を走っているのは、千里眼を持つ熾夏しいかだった。熾夏はティアナたちがどこにいるのかもアリアたちがどこにいるのかも知っている。妖怪がどこにいるのかも視えているから、全員熾夏を信じて走っていた。


「妖怪は町役場に集ってる!」


「六年前も今も、集う場所は同じなのね……!」


 依檻いおりが吐き捨てるように言う。何も知らなかった千里せんりは当時地下に避難していたが、依檻は戦っていたのだろう。


「町役場に何かあるんですか?!」


 千里は何も知らない。だから尋ねたが、誰も何も知らないようだった。


亜紅里あぐりも知らないのか」


「そうだねぇ。知りたくなかったし、聞いても教えてくれなかっただろうけど……聞いとけば良かったよ」


 昨年の五月、千里はヒナギクや亜紅里と共に遠足で町役場に行っている。その日中に町役場を襲撃した亜紅里はその翌月にヒナギクと結希ゆうきと戦って自分の母親を裏切った。二人はその時のことを話しているのだろう。


「オウリュウもわからないのっ?」


「……町役場には、陰陽師の禁術も、結城ゆうき家の家宝もあるけど……」


「それを妖怪が狙う理由はねーよな」


 頼みの綱は式神しきがみの三人だったが、何があるのかは知っていても妖怪の狙いは知らなかった。


「それでも、行こう。あの場所には明日菜あすなたちがいる」


 麻露ましろの声でヒナギクと亜紅里が速度を上げた。千里も振り解かれないように速度を上げる。見えてきた町役場には熾夏の言う通り妖怪が群がっていたが、町役場を囲む結界が辛うじて町役場を守っていた。


「──ッ」


 うごうごと、うごうごと、蠢いていて。千里たちに気づいているはずなのに町役場に侵入することを諦めない。


「千里! 結界は無事なのか?!」


「無事です! 壊れる気配もありません!」


「なら明日菜はまだ生きてるんだな!」


「きっと……きっと生きてます!」


 明日菜の生死まではわからなかったが、明日菜もるいも屋上から姿を消している。中に入って逃げたのだと信じたい。


「生きてるよ! みんなね!」


 叫んだ熾夏は跳躍し、町役場の近くに建つ図書館の屋上に降り立つ。熾夏に続くと、熾夏はその淵に立って町役場に集う妖怪を見下ろしていた。


「熾夏さん……?」


 熾夏は妖怪を倒そうとしなかった。百鬼夜行中の妖怪なのだ、下手に手を出したくないのかと思ったが──そうではないようだった。


「襲い掛かってこないわねぇ」


「六年前は、町役場に集っていてもこっちに向かってきていたのに……」


 そう話している間も、町中から妖怪が集ってくる気配がする。南からも北からも。彼らがすべて集ったらどうなってしまうのだろう、そう考えたら体が強張る。


「どうする? 様子見……」


 熾夏の言葉は途中で途切れた。熾夏の傍に瞬間移動で降り立ったのが、義彦よしひこに抱えられた美歩みほだったからだ。男型の式神に抱えられた真菊まぎくも、ツクモに抱えられたはるも、タマモに抱えられた紫苑しおんも、カグツチに抱えられた多翼たいきも、エンマに抱えられたモモも来ている。


「ナイスタイミング。弟クンの方はなんとかなったって思っていいんだね?」


「えぇ」


 真菊はそれだけしか答えなかった。険しい表情のまま、町役場の妖怪を見ることなく俯いている。代わりに妖怪を凝視していたのが美歩だった。


「どう? 美歩ちゃん」


「……何かを探してるみたいだな。少なくとも敵意はない」


 美歩は、他の陰陽師おんみょうじには見えないものが見えるのだろうか。


「美歩は結希の従妹で、妖怪の声が聞こえるんだよ」


 そんな疑問が顔に出ていたのか、ビャッコが千里に耳打ちした。


「えっ、じゃあ美歩ちゃんも間宮まみや……」


「ううん。美歩は芦屋あしや家の方。間宮じゃないよ」


 確かに、芦屋義兄弟の中で最も結希に似ているのは美歩だ。綺麗な黒髪と黒目を持っている彼女はポニーテールにした髪を風に靡かせて、振り返って、ビャッコを見つける。


紅葉くれはは?」


「そこで戦ってるよ」


「じゃあ今すぐ呼んできて」


「うん、わかった」


 ビャッコは美歩の命令を拒否することなく、結希のもう一人の──間宮家の従妹を呼びに消えた。


「なんで呼ぶんだよ。陰陽師の手なら足りてるだろ」


「紅葉が結城家の人間だからだ。町役場に対して何をするにしても、紅葉がいた方がいい」


 美歩の言うことを聞いて思う。結希は従妹に恵まれているのだと。同じ片親でも千里には兄弟姉妹や従兄弟姉妹がいない。珠李しゅりのことを考えたら欲しいとは思えない、だからこの居場所を大切にしたかった。


「おい。何考えてんだよ」


「きゃうあ?!」


 膝カックンされた。それをするのはこの場に一人しかいない。がさつで乱暴なゲンブだ。


「べ、別に何も考えてません……!」


 急に近づかれると困る。自分が自分じゃなくなるような感覚がするから。


「てめぇ変な顔してたぞ」


「してません!」


「……ゲン、センリに意地悪しないで」


「はぁ?! してねぇだろ?!」


 ゲンブはオウリュウを捕まえようとオウリュウの方へと歩いていく。離れてくれて良かったのか、良くなかったのか。なんとも言えない想いでオウリュウの首根っこを掴んだゲンブを眺めていると、「はっはぁ〜ん」と謎の声が寄ってきた。


「せっちゃん、ラブですな?」


「はえ?!」


 顎に手を添えてニヤニヤ笑っている亜紅里になんて言えばいいのだろう。否定も肯定もしたくない、そもそも千里はこの手の話が苦手だ。今まで誰かに話すことなく終わってしまった恋がいくつかあるから。


「いいなぁ〜、相思相愛で」


「えぇ?!」


 そうではない、と言えばいいのか。そうなのか、と尋ねればいいのか。言葉に詰まっていると、「おいオウリュウ! あいつの方が千里に意地悪してんぞ!」と──オウリュウをぶんぶんと振るゲンブが視界に入った。


「あ〜あ、あたしもあんな風に心配された〜い」


「おい。あいつはちゃんと心配してたぞ」


「でも愛してくれないんだも〜ん」


「…………当たり前だろう」


 本気で言っているようには聞こえない、逆に精一杯ふざけている亜紅里とそんな亜紅里に腹を立てつつどこか悲しそうなヒナギクは一体誰を思い浮かべているのだろう。瞬間、結希も図書館の屋上に辿り着いた。

 二人は美歩と話をする結希を無言で眺め、町役場へと逸らす。顔には出さなかったが、その沈黙と視線で誰のことを話していたのかわかってしまった。


「だから、あの結界を壊していいか聞こうと思ってた」


「えっ」


「一応まだ中に涙先輩と明日菜ちゃんと風丸かぜまるクン……というか土地神様と涼凪すずなさんがいるんだけどね」


「なら駄目だ!」


 勢いよく拒否している。中にいるのが彼女たちではなかったら結希は同じ勢いで拒否しただろうか。


「だよねぇ。あの四人は逃げてって言われても逃げるような人たちじゃないもんねぇ」


 彼女たちが妖怪と戦う術を持っているからか、熾夏はそう言う。


「妖怪を中に入れて好き放題させて百鬼夜行が終わるなら結界を破ってもいいと思うんだけど、地下に通じる門が破られない保証なんてないからさ。破ったら私たち全員中に突っ込んで妖怪が地下に行かないように肉の壁になるしかないんだよ。それをもう察しちゃってるっぽいんだよねぇ」


 地下にはかつての千里のように避難している町民たちがいた。彼らを守る為の盾にならばなれる。だが、四人ならば──


「涙先輩の連絡先は知ってるから、もう聞いた。そしたら『不許可です』だってさ。勘弁してよ、じゃあ殺すしかないじゃんねぇ? あの敵意の欠片も見当たらない妖怪たちをさ」


 ──結希たちが妖怪を殺さない為に、抵抗せず地下へと続く門を守ることを、拒否するだろう。そういう風に守り合っているのだ、結希と明日菜は。その関係を知っているヒナギクと亜紅里が諦めてしまうのは無理もない気がした。


「美歩、妖怪は『ドコ』以外言ってないのか?」


「言ってない。だから、もしかしたら町役場じゃない場所に奴らの探し物があるのかもしれない」


「それを俺たちが見つけることができたら……」


「交渉できるかもね。共存しようって」


 胸が締めつけられたのに、千里の目の前に一筋の光が射す。

 本当に、そんなことができるのだろうか。本当に、戦わなくてもいいのだろうか。共に生きてもいいのだろうか。


「交渉じゃなくて〝約束〟よ」


 影が射した、視線を上げると降下する火影ほかげと火影に抱えられている紅葉がいる。戻ってきたビャッコは、未だにオウリュウの首根っこを掴んでいるゲンブの下へと直行していた。


「それはくぅがしてあげるから」


「交渉なのか約束なのかは任せるよ」


 それができるのは結希と美歩だけだ。二人は視線を交わし、再び妖怪を注視する。


「きゃあぁあぁああ?!」


 悲鳴を上げながら落ちてきたのは、狐の背に乗った心春こはるだった。顔を上げるとタマ太郎たろうが図書館の上空を飛んでいる。心春はタマ太郎から落ちてきたようだ。


「心春?! ポチ?! なんで……!」


「あ、あの! ポチ子が……! ポチ子が町役場の中に入りたいって……!」


 ポチ子、というのは心春が乗っている狐の名前だろう。その独特のネーミングセンスで誰が名づけたのかをすぐさま察する。


『あの中に、妖怪の探し物があるはずなの』


「え、ポチ子……? 喋った……?」


 結希は驚いたようにポチ子を見下ろしているが、驚いたのは千里だって同じだ。知らない誰かが喋ったのだと思ったのだから。


『わたしの飼い主は神様なの。神様がこの町に用があったんだけど、結界のせいで誰もこの町に入れなくて困っていたの。だからわたし、ママに拾われてと本当に良かった』


 ポチ子がママと呼ぶ相手は、鬼と戦った際に亜紅里と共に乗せてもらい、結希をここまで連れてきた九尾の妖狐だった。九尾の妖狐はその言葉を聞いて、その九つの尾を嬉しそうに揺らしている。


「結界のせいで町に入れなかった神の使いってことは、その神は土地神様じゃないってこと? 土地神様じゃない神がなんの用で陽陰町に?」


 食らいつくのは熾夏だ。同じ狐として感じるものがあるのだろう、天狐の子孫の亜紅里は考えることを放棄しているようだったが。


『そんなに不思議なことかしら? この町はこの国の中心にあるのよ?』


 その事実を深く考えたことは一度もなかった。


『だから千年前の妖怪もここに来たのよ』


 ポチ子は心春を乗せたまま結希と美歩の間まで歩く。月夜つきよ幸茶羽ささはが回復してくれたおかげなのだろうか。心春は半妖はんよう姿に変化へんげしていないが、戦ってもおかしくないくらいの意志の強い真っ直ぐな双眸で町役場を見つめている。


「熾夏さん、涙にもう一度連絡を」


「オーケー」


 状況が少しずつ変わってきた。結希は熾夏に差し出されたスマホを耳に当てて、紅葉と火影に視線を送る。次に美歩を含めた芦屋義兄弟たちに視線を送り、六人が頷いたことを確認した。


「涙! 悪いけど門を守ってくれ!」


 涙の言葉は聞こえないが、結希は覚悟を決めたようだ。少なくとも涙一人には地下へと続く門を守るように頼んでいる、それが言えるほどの信頼関係が二人にはある。


『…………俺は結希の兄でもあります。昔のように〝涙〟で結構です』


 六月──ヒナギクと結希、そして亜紅里が戦った日に、涙が結希にそう言っていたことを思い出した。思えばあの頃の結希と涙の間には壁があったような気がする、それはもう今はない。


「これは向こうが使った方がいいかもね」


 真菊が懐から取り出したのは、五十枚はありそうな札だった。それは、火影が手渡した紅葉の札だった。


「確かに、退魔としても使えるからね」


 作った本人である紅葉もその効果を保証していた。涙たち四人が戦うよりも、退魔の札を張るだけの方が何倍も安全だろう。


「涙、今から紅葉の札をそっちに送る。効果が切れたら張り直してほしい」


 結希が大切だと思う人たちには生きていてほしい。そう願っているのはきっと千里だけではなかった。


『承知です。……結希たちは、そこで待機です』


 結希はスピーカーに切り替えたらしい。涙の声が聞こえてくる。


「悪いけどできない」


『何故ですか。ならば不許可です』


「町役場の何処かに妖怪が探しているものがあるらしいんだ。涙や……紅葉に心当たりがあるならそんなに時間をかけなくても済むと思うんだけど」


「くぅにはないけど、強いて言うなら……」


『高確率で禁術庫です』


「……こいつらが狙っていたとこじゃない?」


 紅葉が親指で雑に指差したのは、芦屋義兄弟たちだった。そして千里は亜紅里へと視線を移す。亜紅里も覚悟を決めた表情をしていた。


「じゃあ、俺たちはそこに直行しよう」


「そうね。……じゃあ、〝破るわよ〟?」


 結希が芦屋義兄弟たちに視線を送った理由はそれだった。結界を破る方法は、結希や紅葉よりも彼女たちの方が熟知している。


「頼む」


「破るのは私たちじゃないけどね。妖怪が多すぎて近づけないからここにいる誰かに頼むけど、あそこにある石を破壊して」


「あれって……」


「町役場の結界の起点となっている石。五個ある内の一個よ」


「……なんであんたがそんなこと知ってるのよ」


 紅葉は結城家の人間として知っていたようだ。だが、真菊は「モモがそういうのを見ることができる陰陽師だからね」としか答えない。


「あれを壊せばいいのね」


 仕方がないとでも言うように溜息を吐いたのは紅葉だった。

 紅葉は真菊から札を奪って、軽くそれに息を吹きかける。


「まさか」


 指で弾くように札を飛ばした紅葉は的確に石を撃ち砕いた。その威力は凄まじく、あっという間に結界が揺れる。


「ッ! 崩れるぞ!」


 視界に入ったのは、結界の上に乗っていた妖怪たちが次々と落下していく様だった。爆音を立てて崩れていくそれを見守っている暇はなく、「千里!」と呼ばれた千里は結希の下へと走る。


「はい!」


 今から送る、と話していた時から覚悟していた。


「涙たちに札を!」


 地下に行って門を守ることを。明日菜を守ることを。告げられた瞬間に芦屋義兄弟たちから札の半分を手渡される。


「承知致しました!」


 姿を消した。戦わず、札を貼り続けるだけならば──この心も痛むことはないだろう。

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