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星虹狂乱舞  作者: 朝日菜
第三章 黄金色の星団
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序幕 『最古の式神』

 陽陰おういん学園の文化祭、そして自分の誕生日からあっという間に一ヶ月が経過する。千里せんりの身の回りで変わったことは一つもなく、結希ゆうきの身の回りでも変わったことは感じられない。

 ただ一つ挙げることがあるならば、結希が伯母夫婦の家である結城ゆうき家から百妖ひゃくおう家に戻れたことだろうか。


 裏切り者の陰陽師おんみょうじからの襲撃を受け、全焼したと言われているそれの復活は焼けなかった方が良かったとはいえいいことではあるだろう。外観の一部が燃えただけで実害はほとんどなかったらしいが、そう公表せざるを得なかったほどに強力な炎を出すことができる人魂の半妖はんよう依檻いおりの力が千里には眩しく見えて仕方がない。

 千里と結希の担任でもある依檻が結希や家族を守る為に命を懸けて戦ったことは──信じられるが想像することはできなかった。


 千里は自分以外の半妖の戦いを火影ほかげ以外できちんと目撃したことがない。それをどうにかしたいとは思っているものの、結希には文化祭のあの日から何も言えていなかった。

 学校で会えば普通に会話をする結希には。毎日毎日何事もなかったかのように、普通の男子高校生として振る舞っている結希には。今日もスザクを呼び出して命を懸けて半妖の義姉妹たちと共に戦っている結希には。


 ほんの少し前ならば隣にビャッコがいて戦い方を教えてくれたが、ビャッコは今、先月から本格的に戦いに参加するようになった紅葉くれはに呼ばれていて式神の家にはいない。

 セイリュウは町外で妖怪を調査している結希の母親の朝日あさひに呼ばれており、ゲンブは町長の妻として前線に出れない紅葉の母親の朝羽あさはに呼ばれていないみたいだが、今日も一人で妖怪退治に出かけてしまっているようだ。


 本気で妖怪を退治したいなら、ゲンブのように一人で森に出るべきだろう。千里がそうしないのは、妖怪に対する恐怖心がまだ僅かにあるからで。勝手なことをしてセイリュウやビャッコやスザクからの信頼を失うことに対する恐怖心もそれなりにあった。


 一歩も動けそうにない。十月となって真っ赤に染まった森を千里以外誰もいない式神しきがみの家の中からぼんやりと眺める。

 こうしている間にも結希や百妖家の半妖たちは戦っているのに──自分は一体何をしているのだろうと、不意に思った。


「たっだいまぁー!」


 普段よりも楽しそうなビャッコの声が背後から聞こえてくる。振り返るとスザクもおり、ビャッコとスザクの間には見ず知らずの少年が立っていた。


「え?」


 少年は小学校低学年ほどの見た目のスザクよりも背が高く、中学生くらいのビャッコや千里とほとんど変わらない背丈だろうか。すべての式神が実年齢と見た目年齢が異なっているが、少年は見た目は少年でもビャッコと違ってまったく少年らしさはなく──セイリュウを青、スザクを桃、ビャッコを白、ゲンブを黒とするならば、少年はどこからどう見ても金だった。

 地毛であろう金色の髪と同色の大きな瞳は一番に目を引くが、左側は長い前髪によって隠されている。ただそれだけで表情が上手く読み取れなくなるが、一目見ただけでも表情が乏しい少年であることは感じ取れた。


 青く大人びたセイリュウや、赤く素直なスザク、白く無邪気なビャッコや、黒く荒ぶるゲンブとは違う。紫の孤独なカグツチとも違う、金の無垢な彼は一体誰なのだろう。

 間宮まみや家の式神であることは、同じ間宮家の式神の血を引く千里にはわかる。彼には神々しさと高貴な印象を抱くが、スザクやビャッコ以上に間宮家の式神のマスコットのように見え──傍にいてくれると何故だか妙に安心した。


「あ、千里はオウリュウに会うの初めてだったよね!」


「オウリュウくん、ですか?」


 今までで一度も聞いたことがない名前だ。


「そう! ずっと色んなとこ旅してるからいないのが普通なんだけど、さっき帰ってきたの!」


「……うん。帰ってきた」


 高くもなく低くもない、普通の少年の声が聞こえてくる。オウリュウはじっと千里を見つめており、「……センリ?」と問うた。


「あ、はい! 神城かみじょう千里です! 初めまして!」


「……初めてじゃない」


「え、そうなんですか?!」


「……センリがこれくらいちっちゃい時に、見た」


 オウリュウは手で自らの腰辺りを差す。


「……だから、二度目まして?」


 そう首を傾げるオウリュウは、少年らしいというよりも幼児らしかった。

 息を呑むほどに美しい風姿をしているのに、背丈に合わない山吹色の狩衣と何も履いていない素足がオウリュウをさらに幼児らしく見せており──思わずオウリュウを抱き締めたくなって必死に堪える。


「オウリュウ?!」


 次に帰ってきたのはセイリュウだった。セイリュウはオウリュウを見て完全に驚いている。千里とセイリュウが出逢ってから半年が経過して帰ってきたのだから、本当に普段はまったくこの家にいないことが見て取れた。


「……セーくん、お土産」


「要りません」


 真顔で即答したセイリュウは、服の中から何かを取り出そうとするオウリュウを止めて「で、今回はなんの用件で帰ってきたんですか」と尋ねる。

 オウリュウは間宮家の式神だ。ここにいることが普通で、帰ってくることが普通でもあるはずなのに、セイリュウはオウリュウを用がないと帰ってこない式神であると認識しているらしい。


「……百鬼夜行」


 その返答に全員が固まった。

 セイリュウも、スザクも、ビャッコも、千里も。


「……来る、から」


 オウリュウの確信を持った言い方になんと返せばいいのかわからなくなった。


「……この町の妖怪、みんな凶暴」


 その事実を千里は知らない。


「……この町の妖怪、他の町の妖怪よりも強い」


 その事実も千里は知らない。


「……だから、オーは帰ってきた」


 千里はその理由さえも上手く理解することができなかった。千里の困惑を感じたのだろう、セイリュウは息を吐きながら淡々と答える。


「オウリュウは、千年前に召喚された世界最古の式神です。主を持たない野良の式神でもあり、式神の中では最も珍しい大太刀持ちの式神でもあり、最強と呼ばれても過言ではない実力の持ち主です」


 セイリュウがそう言うのだからそれはきっと真実だ。千里はその真実を飲み込んで、首を傾げる。


 セイリュウが死神と呼ばれていること、そしてその理由を千里は知っているから。そのセイリュウよりも長く生きているならば、オウリュウはセイリュウよりも死神ということになるから。セイリュウが死神と呼ばれる理由なんて、どこにもないということになるから──。


「本格的に始まるんだな」


 ゲンブの声が聞こえてきた。ゲンブはオウリュウが帰ってきたことに一切驚いておらず、むしろ恐ろしいとも呼べるほどに好戦的な瞳を見せている。



「妖怪殺しの大戦争が」



 全員が沈黙で返す。その沈黙は重い重い沈黙だった。


 千里が呑気に生きている間も世界は異様な速度で廻っていく。戦う者は戦い、傷ついていく。のんびりとしている時間はどこにもない、千里は現段階で完成形になっていなければならない。

 盗み見たセイリュウとビャッコの表情は、強ばっていた。その強ばりと沈黙は、千里に何もかも手遅れであることを突きつけていた。

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