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星虹狂乱舞  作者: 朝日菜
第一章 青春の七夜星
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十二 『強欲』

「なんだと?」


 ヒナギクも辺りを見回すが、ロビーに亜紅里あぐりの姿はどこにもない。


「どうしましょう……」


 思わず口元を手で覆った。班行動がルールになっているからという理由もあるが、この町には妖怪がいる。今は黄昏時ではないから慌てる必要はないと思うが──迷子は寂しい。いくつになっても。


「ヒナギク、早速だけど手分けして探すしかないな」


「そうだな。スタンプよりも亜紅里を優先的に探す。来い、風丸かぜまる


「わ、わかった。結希ゆうき、見つけたら俺にメールな!」


「あぁ」


 ヒナギクと風丸は奥の通路へと早歩きで行ってしまった。町役場の中は走らない。そのルールもきちんと守っているが、どちらかというと守っているのはヒナギクのように見える。風丸は走り出したい衝動を堪えてヒナギクについて行っているような気がした。


「俺たちは上に行こう」


 結希は数メートル先にあるエレスカレーターを千里せんりに見えるように指差した。ロビーの真上は吹き抜けとなっており、二階と三階にはガラス張りの落下防止柵もあることから周りがよく見える。


「はい」


 不安そうな表情を貼りつけながらも強く頷き、千里は結希についていった。結希がエレスカレーターに乗り込んで、すぐ下の段に千里が乗る。

 何も考えずに下の段に乗ったが、千里が思っていた以上に結希との距離が近かった。結希もそう感じたのか不自然に何度か体を捻り、落ち着かなさそうにしている。


 ──失敗した。


 そう思って落ち込んでしまうが、結希から視線を外すことはできなかった。瞬間に振り向いて視線を落とした結希と目が合って、心臓が止まるかと思った。


「ッ!」


 びくっと肩を上げる。結希は千里のそんな反応に驚いたようで、口をぽかんと開けていた。


「あの、な、何か……?」


 結希のその反応は怒りとは無縁のもので、何もわからない千里はおずおずと結希の気持ちを尋ねる。


「いや、なんでもない」


 だが、結希はその気持ちに蓋をした。傷つけられなかったが、その反応に傷つけられた。

 結希は何が言いたかったのだろう。じっと、訝しむように結希を見上げる。自分と結希の仲なのだ。そんな関係は知らないと言われたらそれまでだが、結希には遠慮しないでほしかった。


「その、匂いが知り合いに似ていたんだ」


 千里の想いが通じたのだろう。気まずそうに視線を逸らしていた。


「匂い……」


 何も知らない世界にいる千里だったら傷ついていたかもしれない。だが、千里は知っている。


『貴方からはラベンダーの匂いがします。それは貴方の母の匂いです。その匂いを途絶えさせないでください』


 セイリュウからそう言われた。母親に似ていると言われても、悪い思いはしない。ずっと父親に似ていないと思っていた分、嬉しかった。


「あ! 別に変な意味じゃ……」


 千里の変な間を悪い方向に捉えたのだろう。慌てる姿があまりにもミステリアス男子と言われていた頃の結希とかけ離れていて、思わず眉を下げて笑ってしまった。


「大丈夫です。よく言われるので」


 スザクの匂いにも似ていると言われたことがある。結希はそのことが言いたかったのだろう。

 自分たちが〝そう〟であることに気づいてくれるだろうか。自分の存在に、気づいてくれるだろうか。


「よく言われる?」


 きょとんとした表情を浮かべる結希はまだ何も気づいていない。


「そんなことよりも、後ろ。危ないですよ」


 千里はわざとらしくならないように話題を逸らした。

 エスカレーターの終わりにも気づいていなかったようだ。危なげに下りる結希がおかしくて笑い声を上げる。しっかりしているように見えて危なっかしい──どこか抜けているところが結希の式神しきがみのスザクに似ていた。


百妖ひゃくおう君のそういうところ、やっぱり似てるなぁ」


 結希に聞かれないように呟く。聞かれたら説明しないといけない。その説明はできないのだから。

 結希はじっと千里の方を見つめていたが、何も聞いてこなかった。


「二階のどこから探そうか」


 結希の方も話題を逸らして辺りを見回す。千里も辺りを見回したが、どこに何があるのかわからなかった。


「ごめんなさい。私、町役場に来たの初めてだからよくわからなくて」


「そっか。じゃあ俺についてきて」


 結希は町役場のことを熟知しているようだった。血が繋がってないとはいえ町長の甥だ。真剣な表情で思考しながら先に行く結希の後を追いかけた。


 結希はあまり人がいる方向には行かず、そちらの方に視線を移すと窓口がずらりと並んでいることに気づく。

 二階は役場本来の役割を果たしているらしい。ならば三階だろうか。結希もそう思ったのか、三階へと向かうエスカレーターに足を乗せようとして動きを止めた。


「ッ!」


 ぶつからないように足を止める。何を思ったのか、結希は振り向いてこう言った。


神城かみじょうさん、先に乗って」


 その意味はわからなかったが、千里は言われた通りに先に乗った。下から敵が襲ってくるならば話は別だが、自分が先に行くならば──襲いかかってくる敵をセイリュウたちのように薙ぎ倒したい。そんな気持ちで辺りを見回す。

 千里の思いが通じたのか、ロビーにいくつか存在する小さな通路に──茶髪をおさげに結んでいる少女、亜紅里がいた。


「あっ!」


 結希も亜紅里に気づいたようで、二人で同じ方向を見つめる。亜紅里は関係者以外立ち入り禁止と書かれている看板が置かれた通路の入口で見知らぬ少女と話していた。あれは他校の制服だろうか。転校生の亜紅里が何故他校の制服を着た少女と話しているのだろう。

 瞬間、少女が亜紅里を引っ張って通路の奥へと姿を消した。


「え?」


 何故。どこに。二人をよく見ようとして身を乗り出そうとした千里はバランスを崩す。


「神城さん!」


 自分はとても運が良かった。背後に立っていた結希に抱き留められた千里は、結希に抱えられながらエレスカレーターを下りる。


「風丸に電話してここで待っててくれ!」


 スマホを押しつけられた。結希はあっという間に離れていき、聞こえているうちに「はいっ!」と力強く返事をする。


 ぞくぞくした。そう言ったら、結希に怒られて軽蔑されるだろうか。


 ぞくぞく。ぞくぞく。それ以外のどんな言葉でこの感覚を表現したらいいのかわからない。

 不快ではなかった。生まれて初めての主からの命令、必要とされている快感、これは本来の神城千里の感覚ではない。式神として目覚めた神城千里の感覚が喜んでいる。だというのに、自分はこんなにも簡単な命令をすぐに実行しない。


 自分のことばかりで嫌になった。結希から押しつけられたスマホのボタンを押すと、すぐにホーム画面が出てくる。ロックをかけていないらしい。あの一瞬で設定を変えたとも思えない。自分の主のことなのに意味がわからなくて理解に苦しむが、SNSのトーク画面に移動する。


「…………」


 いけないことをしている気分になった。トーク画面の一覧を見て、すぐにホームにある登録されたアカウントの数々を見て、そのほとんどを十人以上もいる百妖義姉妹たちが占めていることを知られても良かったのだろうか。それともまったく気にしていないのだろうか。

 トーク画面に戻ると、最新の方に堅苦しい文を見つけてしまった。


『本日はお越しいただきありがとうございました。早速本題に入りますが、《陽陰フェスティバル》が終わった後、楽屋に来てください。スタッフにはカナセの弟だと言えば通れるようにしておきます。それでは、後半もお楽しみください』


 カナセという字面と内容で連想されるのは全国的に有名なアイドルグループ《Quartzクォーツ》のカナセだ。もう意味がわからないが、フルネームのアカウントだったおかげで百妖義姉妹のものだと断言することができた。


 結希は好きな人ではない。ただの主だ。その主の交友関係をここまで見てしまって罪悪感に苛まれるが、スマホを投げ出すわけにはいかない。

 風丸を探して電話をかけ、風丸が出るのを待った。


『結希! いたか?!』


 すぐに電話に出た風丸は完全に千里を結希だと思っており、結希のアカウントからかけているのだからそれは当然のことだとすぐに気づく。


「あっえと神城です!」


『えっせっちゃん?! どうしたんだよ結希は?! あいつも迷子?!』


「いえ、阿狐あぎつねさんを見つけたんですけど知らない子とどこかに行ってしまって……それで小倉おぐら君に電話をと告げて追いかけてしまって……」


『ど、どゆこと……? てか今どこ?』


「あっ、三階です!」


『わかった今行く!』


「はい! ロビーにいますから!」


『オッケー』


 通話が切れた。何も考えずに電話したせいで変に緊張してしまったが、言われたことはきちんとできた……気がする。


 大きく息を吐いて動けずにいると、すぐに風丸とヒナギクが三階まで上がってきた。共にエスカレーターから離れて結希を待つと、結希と亜紅里も戻ってくる。これで、五人全員が揃った。


「あっちゃん!」


「亜紅里! 貴様、班行動もできないのか!」


 風丸が声を上げ、ヒナギクが亜紅里を責める。


「ごめん」


 それは、いつもよりも低めな亜紅里の声だった。何があったのかはわからないが、亜紅里は心の底から申し訳なさそうにして身を縮めている。そんな亜紅里を見て、結希は亜紅里の腕を離した。


「悪い、亜紅里。痛かったよな」


 謝るが、亜紅里は応えない。怒っているのではなく、誰の声も聞こえていないようだった。


「……本当に、見つかって良かった」


 そんな亜紅里の態度が気になるが、それが千里の本心だ。亜紅里に聞こえていなくても、自分の思いをきちんと伝える。


「甘いぞ、神城千里」


 ヒナギクから小言を言われたが、風丸が間に入ってヒナギクを諌めた。


「もういいじゃん、ヒナ。終わったことなんだしさ。それよりも結希、俺ら一階でスタンプ見つけたんだ。だからさっさと次行こーぜ」


「ほんとっ? わぁーっ、じゃあ次はどこに行こっかなぁ!」


「貴様の意見はもう聞かん!」


「えぇー! ヒーちゃんのケチ!」


 先ほどの態度はどこへ行ったのか、いつものように逆三角形の笑顔を見せた亜紅里が結希の背後から飛び出してくる。


「ねぇねぇ! 警察署は?!」


「駄目だ! 貴様はもう何も言うな!」


「せっちゃんは?」


「えっ?! 私は本当にどこでも大丈夫です!」


「千里! 私はもう貴様か副会長の意見しか聞くつもりはない! どこでもいいからさっさと言え!」


「えちょっと待てよ俺は?!」


「聞くわけないだろう!」


「は、白院はくいんさん落ち着いてください!」


 話し合いにもならない話し合いだった。それを少し離れた場所から見守っている結希はどこか疲れたような表情をしており、ガラス張りの窓へと視線を移す。

 ここではないどこかを見ているようだった。それがどこかは言えないが、年不相応の大人びた表情は、スザクよりもセイリュウに似ていた。


「……百妖君?」


 それが少しだけ恐ろしくて思わず声をかける。


「えっ、何?」


 声をかけられるとは思っていなかったらしい。驚いた様子の結希は、この遠足を他人事のように捉えている気がした。


「あ、そうだ、これ」


 握り締めていたままのスマホを返す。受け取る為に近づいた結希はまったく顔色を変えておらず、千里が何を見たのかも、気づいていなかった。


「ありがと」


「いえ」


 短い会話だ。その会話を三人が黙って聞いている。


「ゆうゆう、せっちゃん。あたしら友達なんだからもっと仲良さそうにしよーよー」


「仲良さそうにするって仲悪そうだな!」


「もちろんヒーちゃんも友達だよ? ぐっちーは知らないけど」


「どうして?!」


 亜紅里に右手を掴まれる。ヒナギクは左手を掴まれたらしく、互いに亜紅里から離れることができなかった。


「ゆうゆうはぁ……」


 亜紅里は視線をゆっくりと移して結希の姿を視界に入れる。


「……何」


「……くひひっ。ゆうゆうは〝特別〟だよ!」


 その〝特別〟の意味を千里が知る日は一生来ないだろう。大切に思っている相手のすべてを知ることはできない。父親のすべても、母親のすべても、スザクのすべても、セイリュウやビャッコやゲンブのすべても。知ろうとするのは強欲なことだ。

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