5.晩餐会
ここからまた本編に戻ります。
最初にお会いする予定なのはロジェ・アイデス様でございます。
数日後、アーヴェル家での晩餐会に招待されました。
表向きは、家族ぐるみでお付き合いがあるローラの友人であるわたくしが晩餐にご招待されていた夜、たまたまリュカス様がご友人を連れて帰宅された、という設定です。
アーヴェル卿と第二夫人、そして長男のヨナスバルト様は現在ご領地にいらっしゃいます。次男のラルス様は王城に泊まりこまれることが多く、めったに屋敷には戻られません。ディリエお兄様は王都にいらっしゃる時でもほとんど騎士団の支部の宿舎で過ごされているようですし、バリィも同様です。必然、晩餐会を取り仕切るのは四男のリュカス様となります。当然、リュカス様も事情は全てご理解いただいてご協力してくださっているようです。
わたくしのお父様はといえば、王城でのおつきあいがあって出かけている夜でした。朝食の席で、今夜はアーヴェル家で夕食に招かれていることを伝えると、特に疑問にも思われず「よろしく伝えてくれ」とだけおっしゃいます。
わたくしは午後のお茶の時間くらいにアーヴェル邸に伺い、ローラの自室で飾り付けられました。
ローラが自分の側仕えの侍女にわたくしの髪を結わせ、王都の流行を取り入れた可憐ですが華美ではない絶妙な化粧を施すよう指示してくれます。持参の髪飾りと装飾品を付けると、化粧をしてくれた侍女とローラが鏡の中のわたくしを見て「ほうっ」と溜め息を吐きました。
「クロエ様、本当にお美しくなられましたね。この異国風の飾りもなんてお似合いなのかしら……」
髪を結って化粧をしてくれた侍女のエマはローラに昔から仕えていて、わたくしもよく知っています。お世辞だとはわかっていますが、褒められれば嬉しいものです。
「うふふ、いいのよ、お世辞なんて言ってくださらなくても」
「いいえ、本当に似合っているわ」
横で見ていたローラが真面目な顔で頷いています。
――あら、わたくし、まんざらでもないのかしら?
「あなたね、もう少し自分の美しさを自覚した方がいいわよ」
「――そんなことなくてよ。社交界ではいつも田舎者って馬鹿にされてますし、わたくしだって現実は見えてるつもりよ」
「……あなた、美しいのをやっかまれているのに気づいてなかったの?」
ローラは呆れたようわたくしを見ます。
――まさか、本当にやっかまれている、なんてことがございましょうか?
「まあ、ぼんやりしてるから侮られている、とも言えるけれど。だからつけ込まれて馬鹿にされるのよ」
「うっ……」
我が親友は手厳しいのです……。
「伯爵令嬢らしく見えるかしら?」
「色気は皆無だけれどね。ぼんやりを育ちの良さと勘違いはしてくださるかもしれなくてよ」
「……うぅっ。あなた達兄妹はもう少しわたくしに優しいことをおっしゃってくれてもよいのではなくて?」
「バル兄様とわたくしはこれ以上ないくらい優しくしていてよ? あなたに付き合えるのはわたくし達くらいよ。とりあえずできる限りの協力はするわ」
持つべきものは優秀な親友ですわね。
そうこうするうちに、リュカス様とアイデス様が到着されたようです。わたくしはローラと共におふたりのいらっしゃる部屋に向かいました。
「お兄様、お帰りなさいませ。ロジェ様、ご機嫌よう。お久しぶりでございますわね」
ローラがおふたりに挨拶します。
「ただいま、ローラ」
「マリヌ・ローラ嬢、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「ええ、わたくしは変わりございませんわ。それより、ロジェ様は少しお顔の色が優れないようですわね。お仕事のし過ぎではございませんか?」
「あはは、大丈夫だよ。仕事が忙しいから外に出られなくて、すっかり色が白くなってしまっただけでね。バルトルトがいたら手合わせでもしてもらったのだがね」
微笑まれて、アイデス様はふとわたくしの方に視線を向けました。肩口で切り揃えられた髪がさらりと揺れ、切れ長で怖いくらい怜悧な目が、暫しこちらをじっと見つめてきます。
「――今日はお友達をご紹介くださると聞いて、仕事を早めに切り上げて来たんだよ」
ローラが笑顔でわたくしをそっと押し出します。
「紹介が遅くなりましたね。わたくしが特に仲良くしています、お隣のファラゼイン家のご令嬢です」
「お初にお目にかかります、ロジェ・アイデス様。クロエ・サルマ・ファラゼインと申します。リュカスお兄様、ご無沙汰しております。本日はお招きいただきまして、ありがとう存じます」
わたくしは最大限優雅に挨拶をしました。リュカス様とアイデス様が少し目を見はるように頷きます。
「これは……、あなたのお噂はかねがね伺っております。初めまして」
アイデス様は面白そうに口元を緩めました。――どんなお噂なのかしら……?
「クロエ、ずいぶん綺麗になったじゃないか。驚いたよ。これは紹介するのがもったいないな。私をお婿さんにしないかい?」
リュカス様が冗談めかして片目を瞑りました。
「まあ、ご冗談を。ヨゼフィーネ様に言いつけますわよ」
リュカス様には長年おつきあいされている恋人がいらっしゃいます。婿入りされるご予定ですが、ご領地が遠いので、ご自分の補佐をさせているラルス様が了承せず結婚を引き伸ばされているのです。あんまりヨゼフィーネ様をお待たせするのはお気の毒というものです。
わたくしが少し睨むようにすると、リュカス様は軽く肩を竦めました。
「おお、我が幼馴染み殿は怖いね――さあ、立ち話はこれくらいにして晩餐を始めよう」
リュカス様のお言葉で、晩餐会が始まりました。
2019.3.17 諸事情ありまして、リュカスの恋人の名前を変更しました。