伯爵令嬢は友情のお茶会を開く(3)
「……気が狂うかも……」
数日後、さまざまな書類に埋もれてアートゥラが呻いている。
再び、メディシュラムの離宮である。
突っ伏したその手には先日の衣装もろもろの見積書が握られている。
「金額のことかしら?」
目の下に黒々と隈を作ってげっそりとして見える黒髪の少女に、ローラはいささか同情しないでもない。
――しかし、アートゥラが自分で言い出したことだ。自業自得、とも言う。
「金額もそうだし、覚えることの膨大さもそうだし……! や、やれる自信がなくなってきた……! なんなの……!? 貴族令嬢って、なんなの!? なに、このお約束の山……! 用意するものの多さ……! 気が狂う……!」
「『正々堂々貴族令嬢らしい方法で』と言ったのはあなたよ」
「うっ……!」
「やめるなら今よ」
「や、やめ、やめない………、やめ……、うーん……」
「やめないなら、始めるわよ」
「は、始めるってなにを?」
「事前情報の確認と想定問答に決まってるでしょう」
更に積み上げられた書類に、アートゥラが小さく「うへぇ」と呟いた。
早速ローラの厳しい指導が始まり、合間にまた「うへぇ」と言うものだから、ローラに怒られる。
しまいにはローラは頭が痛そうにこめかみを揉み出し、諦めてソレルの淹れ直したお茶を口にした。
想定問答に関しては宿題とし、次回までに暗記してもらうことにした。
「それにしても、会場はどうするの。ヴァシル様に許可はいただいた?」
ソレルの美味しいお茶は、双方のささくれ立った心を癒やす。
ひとまず令嬢らしさを取り戻したローラは心配そうにアートゥラに尋ねた。
「屋敷内は駄目。庭までならギリギリいいらしい。……雨が降ったらどうしよう」
「庭って言ったって……、ちょうど良いところなんてあったかしら?」
庭園はヴァシルの使い魔であるフェデリタースの管轄だ。
庭いじりが趣味の使い魔をヴァシルが自由にさせているから、ほぼ一般的とは言えない有り様に改造されてしまっていて、まともに人を呼べるような広場のようなものはほとんどない。
「でも、この屋敷をどうにかするのは人員的に無理だよ。人を呼ぶには粗が目立ちすぎる。幽霊屋敷の噂が広がる未来しか見えない……」
元々は王族の離宮だった屋敷である。広さだけはそこそこあるのだが、ヴァシルが人間の使用人を厭うため、使い魔達が整備している。そのふたりにしても、一方は庭いじり、一方は料理に力を入れすぎているため手が回りきらず、使用されない区画の荒み方はなかなかのものだった。
「そもそもさー、ヴァシル様があんまりいい顔しないんだよねー。基本的に親しいお客以外は呼びたくない人だから」
「ファンダイクのお屋敷はどう? 王都にあったでしょう?」
「うぅん、どうかなー。ファンダイクも更に使用人減らしてるから屋敷は似たり寄ったりだしなー。邸内の粗探しされて痛くもない腹を探られるのも嫌だし。貧乏伯爵令嬢って言われるのがオチな気がする……。それにおじいちゃんにあんまり迷惑かけたくないんだよねぇ……。ほら、いつぽっくり逝ってもおかしくないお年だから……」
アートゥラの養父となったファンダイク伯爵は御年九十八歳。
ああ、とそれを思い出してローラは頷いた。
「温室はどうですか?」
お茶を淹れ直しながら聞いていたソレルがふいに言った。
「あそこならフェデルが手入れしてますから、使えると思いますよ」
「ああ……、確かに。温室なら多少の雨でも大丈夫か」
アートゥラが頷く。
ローラは首を傾げた。この屋敷に通うことが許されてそれほどの年月は経っていないから、温室があることなど知らなかった。
「温室? なんて、あったかしら?」
「あるんだよー。なんでも、アーヴェルのお屋敷にあるのと同じ人が設計したらしくてさ、フェデルが結構大切にしてるの。珍しい植物がいっぱいあるらしいよ。アーヴェルにもあるでしょ? 温室。それとほぼ一緒だと思うよ。そっくりなんだって」
アーヴェル家の王都の屋敷には立派な温室があった。有名な技師が設計したという外観もさることながら、庭師が丹精に世話をした植物が素晴らしい温室である。ローラは自宅を思い出して、広さを考える。――悪くない。
そこでアートゥラが、なにか思いついたのか、ぱっと明るい顔になる。
「あっ、ならちょっとやってみたいことあるなー。魔力と交渉は必要だけど」
「魔力?」
「うん、イリュージョン的な」
「いりゅうじょん?」
「できるかなー? ヴァシル様に相談してみよっと」
また借金が増えるのでは? という言葉は賢明なローラは口にしなかった。
当人がやる気になってるならやらせた方がいい。ただ規格外のアートゥラのことだ。それが貴族の範疇に入ることかは詳しく確認しておく必要はある、と思った。
そのあたりは後日確認するとして、まずやらなければならないことを指摘する。
「――それならまず、フェデリタースに許可を取る必要があるのではなくて?」
アートゥラがはっとしたように一瞬にして渋い顔になる。
偏屈なフェデリタースへ許可を取ることを考えたのか、もう一度だけ「うへぇ」と呟いた。
シュテンベルヘン夫人に特訓を受けている割には、感情が表情と口調に出過ぎる。このあたり、もう少し注意させないと、とローラは改めて思った。
そこからほぼ一週間、アートゥラはさまざまな準備に追われた。
――その忙しさに、時々自分はなにをやっているのだろう、と思っているのか、遠い目をして立ちすくんでいることも多い。時を追うごとに幽鬼のようにふらふらとしてきている。
そんなアートゥラをローラは追い立てるように準備に向かわせた。
――やると言ったら、やる。それがマリヌ・ローラ・ファン・アーヴェルだった。
「お茶会の招待状? アートが主催なのですか?」
ローラとアートゥラの計画などなにも知らず、いつものように遊びに来たクロエはアートゥラからある『お茶会』の招待状を手渡しで受け取った。
「あんまり日がなくて申し訳ないんだけど、その日あいてる?」
招待状の日付は一週間後である。
「えぇ、今はそれほど忙しくはなくて。アートの誘いでしたらもちろん喜んでお邪魔いたしますが――」
クロエは不思議そうに小首を傾げた。
「あのヴァシル様がよく許可なさいましたねぇ。――それに、アート、こういう催しはお嫌いではなくて?」
どことなく痩せたようなアートがげっそりとした表情で頷く。
「……うん、嫌い。二度とやりたくない」
「そんな、やる前から……。なら、やらなければよいのでは……?」
「いや。やむにやまれぬ事情があって」
しかし決然とした雰囲気で言い切る姿に、更にクロエは首を傾げる。
「そうなの……? わたくし、アートやローラとだけお茶ができればその方が楽しくて充分なのですけれど。――でも、滅多にないことのようですから、楽しみにしていますね」
「……うん。とびきりお洒落してきて」
クロエはくすくすと笑みをこぼした。
「えぇ。そういたします」




