表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境伯令嬢は理想の伴侶を探す  作者:
おまけ2(追加の番外編など)
59/66

伯爵令嬢は友情のお茶会を開く(1)

100000PVありがとうございます。

御礼というほどのものではないのですが、番外編を書いたので読んでみてもいいな、という方はどうぞ。

※本編・番外編をお読みになってから読まれることをおすすめします。


 アスカリッド公爵ヴァシル・ロウの滞在している屋敷、通称『メディシュラムの離宮』に足を踏み入れることは、招待された令嬢方にとってまるで夢の中の出来事のようだった。


 数代前の王の愛姫に与えられたという優美な邸宅は白鷺にもたとえられている。正門の装飾からして繊細で、それが手を触れずとも光り輝きながら開いていく様はまさに夢物語のような光景だった。


 童話の城の如く開かれた門の内には緑鮮やかな庭園が広がる。背の高い生け垣にはとりどりの花が咲き乱れ、令嬢方を奥へ誘う。


「ようこそお越しくださいました」


 柔和に微笑む茶と白の斑髪の執事が、令嬢方を案内する。


 円形にぐるりと周りこむ形の生け垣は変わった趣向に思え、他の屋敷ではまず目にすることもない。不思議な世界に迷い込んだようにふわふわとした気持ちになりながら、令嬢方は最早現世へ戻れないのでは、といういささかの不安さえ胸に抱く。


 ずいぶんと歩いたような気がするが、たどりつく頃にはこの不思議な庭に魅了されていた。

 当然邸内に案内されると思いきや、令嬢方は庭園にある硝子張りの温室に招き入れられる。


 風通しよく扉や窓が開け放たれ、温室の中といっても暑くはなかった。

 優美な曲線を描く鋳鉄の梁には透明度の高い硝子が嵌め込まれ、幾何学的な光が落ちる。

 円形の天井からはきらきらとした陽光が差し込み、見たこともない異国の植物がそこかしこに植えられていた。

 鋭角な塔を持つ館が多いウィレンティアにあって、その温室の円蓋は異国の植物とも相まって、どことも言えない異国情緒を想起させた。


 透かし彫りのある白い円卓には、これもまた精緻な装飾の施された白い椅子が置かれ、卓の上には美しく花々が生けられている。

 また数々の大皿が置かれ、さまざまな、それこそ王宮もかくや、という目に鮮やかな菓子が色彩豊かに並んでいた。


 席につくと同時に、頭上からふわり、と薄桃色の花弁が降り注いだ。

 小さな歓声がそこかしこから起こる。

 花弁は見上げる天井のどこからともなく現れ、出現元を特定できない。

 驚きとともに見つめていると、ひらりひらりと舞っては、不思議なことに卓上で溶けるように消えた。その様はまるで初冬の淡雪のようだった。花弁の山はできないのに、控えめで甘い芳香だけが微かに香った。


「皆様、ご機嫌よう」


 降り注ぐ花弁に目を奪われていた令嬢方は、いつの間にか近くで響いた鈴のような凛とした声音に驚き、声の主を捜す。


「わたくしのお茶会に、ようこそお越しくださいました」


 そこにはほっそりとして小柄な少女が立っていた。温室に吹き込む柔らかな風は艶やかな真っ直ぐの黒髪を揺らす。

 口元を隠す黒羽の扇子がそっと下ろされ、手元でパチン、と閉じた。

 その指先の美しさに目を奪われる。

 濃い光沢のあるドレスに映えるその指先、さらにそこにつけられた金の腕輪、金の指輪は先の舞踏会でも噂された、公爵と揃いの品。


 東方の血が混じったような神秘的な深い黒の瞳が令嬢方を見つめた。

 圧倒的な存在感に周囲は静まり返る。

 そっと微笑んだ目の、煙るような睫毛の長さに、誰ともなく溜め息が漏れた。


 見違えようもない――これが、令嬢方を招待したアスカリッド公爵の婚約者、アートゥラ・ファンダイクだった。


 それが、招待されたすべての令嬢が生涯忘れられない茶会が開始された合図だった――。






◇◇◇






 ――さて、そのひと月ほど、前。


 アーヴェル伯爵令嬢マリヌ・ローラ・ファン・アーヴェルは、所用があってメディシュラムの離宮に来ていた。

 ヴァシルと面会して用向きを済ませ屋敷を辞そうとした折、侍女姿のアートゥラ・ファンダイクに呼び止められる。


「あ、ローラ。ヴァシル様の用は終わった?」

「えぇ。これから帰るところよ」

「ちょうど良かった。少し時間ない? ソレルの新作お菓子があるんだ。ちょっとお茶してかない?」


 ファンダイク伯爵令嬢のアートゥラはローラの従兄弟である公爵ヴァシル・ロウの婚約者、ということになっている。世間の噂では、平民育ちの伯爵令嬢を淑女に育て上げる名目で、ヴァシルは片時も離さず自らの屋敷で預かって「愛でている」――ということになっている。


 ――実情は、いささか違う。


 まず、この黒髪に黒い瞳のファンダイク伯爵令嬢は、貴族令嬢らしい衣装を身につけず、使用人である侍女が身につけるようなお仕着せを好んで着ていることが多い。のみならず、実際にこの屋敷で侍女のような――その内情は下働きまで含んでいるようだ――仕事をこなしている。


 彼女の顔を知らない者が訪ねて来たら、婚約者である伯爵令嬢だとはまず気づかないだろう。それほど侍女姿は板についているのだ。


 屋敷の主であるヴァシルとアートゥラが世間で言うところの恋愛関係にあるとはとても見えないのである。ふたりきりでいる時にどう過ごしているかは、余人の知るところではないが。――少なくとも、ローラにはそういう色恋の関係には見えなかった。


 ローラがそう考えてしまうのにはもうひとつ、世間に知られてはならない事情を知っているからかもしれない。


 この黒髪の少女は、人ではなかった。


 ――その本性は猫である。


 漆黒の毛並み艶やかな黒猫だった。

 人の姿になれる獣――つまりは、魔法使いの使い魔である。


 人と猫の間に恋愛感情が芽生えるものか、ローラには判断できない。

 少なくとも、己れの場合には有り得ないように思っている。

 ヴァシルの他の使い魔に比べると、アートゥラの態度はずいぶんと気安いものだが、それでも恋愛とはどうも違うような気がする。――今の段階では。


 アートゥラが正式にファンダイク伯爵の養女となり、ヴァシルと婚約したことは既に世間の広く知るところとなった。今更、ローラが口を出すことでもない。

 この少女が人ではない、という秘密さえ守られればそれで良いのだ。


 魔力の強い使い魔がヴァシルのそばにいることは、安心材料ではあった。

 ――本当の人ならば、もっと言うことはなかったのだが。

 

 それはもう仕方ない。それでも――それがただの契約であっても――ヴァシルが生涯を共にする特別な者をそばに置く気になった、というだけでも大きな進歩であった。


 ローラはアートゥラと茶会室へ向かう。


 ローラの親友である辺境伯令嬢クロエ・サルマ・ファラゼインが、アートゥラの「友人」として頻繁にこの屋敷に通うようになって、ほぼ死蔵されていた茶会室が整えられ、本来の使用目的で使われるようになった。

 まともに使えるようあれこれ指示をしたのは他ならぬローラであった。

 であるからか、茶会室はローラ好みの趣味の良い部屋となっている。

 陽当たりも良く、居心地も良い。


 茶会室には既に茶と新作菓子の用意が整っていた。


「――あら。なにかお話があった?」


 準備万端な様子にローラは小首を傾げて、勧められた席につく。


「ああ……、うん。実は」


 手ずから茶を淹れながら、アートゥラが頷く。

 茶と茶菓子を勧め、自らの分も用意すると、アートゥラも席についた。

 ふたりして馨しい茶や宮廷料理人もかくやという美味しい茶菓子をしばらく堪能した後、アートゥラが口を開いた。


「あのさ、ローラ。この間、舞踏会行ったでしょ?」

「えぇ」


 しばらく前、大騒動になった王宮主催の舞踏会にふたりとも出席している。そのことだろう。


「……クロエって、いつもああなの?」


 ずいぶんと低い声でアートゥラが言う。


「……『ああ』って?」


 思い当たることがあったが、ローラはあえて問い返した。


「……とても、辺境伯令嬢に対して、していい態度に思えなかった」


 アートゥラの静かな声にはひんやり、という形容詞が合う。

 

「他の令嬢方のこと?」


 言わずもがなのことを更に口にすると、にこりともせずアートゥラが頷く。

 ローラは僅かに苦笑した。


「……まあ、そうね。いつものことかしら。クロエはあまり気にしていないようだけど」

「クロエもそう言ってた。――でもね、私はそうは思えない」


 アートゥラは、普段はわりとぞんざいな口調や態度で、あまり深刻になる性質たちではない。――そう、見える。

 けれど、時折恐ろしいほどくらい目をする時があった。

 今が、まさにそれである。


「……私はさ、上流階級のことも身分のこともよく知らない。階級とか身分とか、理解できないところも多いし、正直面倒だとも思う。でも、一応序列については習ったよ。辺境伯っていうのは侯爵相当だって、聞いた」

「そうね。明示されているわけではないけれど。慣例で言えばそうでしょうね」

「貴族にとって、序列は『絶対だ』ってことも習った。基本、上の人に逆らってはいけないんだよね?」

「まあ、そうね。意味もなく逆らえば場合によっては手討ちになっても文句は言えないのが普通ね」

「だよね。大多数が自分より身分が下の人達から、明確な理由もなく侮辱されているんだよ。そういう意味でもクロエはもっと怒っていいんじゃないの?」

「……どうかしら。そのあたりは本人にしかわからないことだから、私がとやかく言うことではないわね。――ただ、あまり響いてないのは本当よ」


 実害がない令嬢達のやっかみ混じりの陰口など、多少うるさいとは感じていても本当にどれほどのものとも思っていないだろう。


 ローラはここ数年、そのことでクロエを心配したことはない。

 実際、実害はないのだ。


 クロエ・サルマ・ファラゼインという令嬢は本人は気づいていないが、社交界では否応なく目立ってしまう存在だった。


 目を引く容姿に、最新の衣装や見たこともない装飾品を着こなし、舞踏を踊れば難しい拍子でも難なく軽やかに踏む。口を開けば男性にも負けない政治や経済の話題が豊富で、知識人とも対等に話すことができる。良家の子息と気軽に会話し、怖じ気づくところもない。家柄も建国以来の生粋の貴族令嬢で、非の打ち所がないのだ。本人が自分の資質に無頓着だから余計に、目立たないでいられるわけがないのだ。


 なぜ目立っているか理解していない上に、居丈高に出ることもないのでやっかみ混じりの陰口を叩かせる隙がある。――いやむしろ、他の令嬢方は陰口くらいしか叩くことができないのだ。非の打ちようがないために。


 気の弱い令嬢ならそれを気に病むだろうが、クロエは特に気にしない。

 だから、ローラも心配はしていないのだ。


 しかし、新参の「親友」であるアートゥラはそうではないらしい。

 昏い目のまま、ゆっくりと口角が上がる。


 ローラは、ひやり、と室内の温度が下がるような感じがした。

 

「……あなた、怒っていたの?」

「そうだよ。気づかなかった?」


 アートゥラは微笑みながらローラを見た。


「私はね、ローラ。本当のところは身分がどうこうってことよりもね、集団で陰口を叩く連中が心底許せないってだけなんだよ。――クロエは『親友』なんだから。私の親友に対して無礼を働く人間を、野放しにする気はない」

「……放っておいても実害はなくってよ?」

「実害はあるよ。――私を怒らせた」


 ローラは大きく溜め息を吐いた。

 頭が痛い。

 ――嫌な予感しかしない。


 案の定、アートゥラはにっこりと笑った。


「――手伝ってよ、ローラ」


 ――なぜ「嫌」と言えないのだろう。


 ローラは天を仰ぎたくなった。損な性分だ。


「あそこにいたご令嬢、すべての情報を教えて」

「……なにをする気なの。闇討ちとかなら、やめてちょうだいよ」

「そんなことしないよ。――正々堂々貴族令嬢らしい方法で、今後二度と陰口なんか叩けないようにしてあげるつもり」


 ローラは頭を抱えたくなった。――完璧な貴族令嬢なので、やらないけれど。

 小さく息を吐いて、こめかみをそっと揉んだ。



短編のつもりだったのですが、ちょっと長くなってしまったので分割しました。あと三話ほど続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ