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ローラの長い一日(3)

「マリヌ・ローラ様にお会いしたいという方が訪ねてきているようなのですが……」

「ええ、ソレルね。こちらで待ち合わせをしていたの。連れてきてくださる?」


 遠慮がちに尋ねたセシリアに、鷹揚に見えるよう頷いた。セシリアはほっとしたように、息を吐いた。ローラが他言無用で、と最初に断ったから気にしたのだろう。


「あの方はヴァシル様のところの方でしたものね。そういえばマリヌ・ローラ様も親しくなさっているのでしたね」

「親しいというと語弊がありますけれど。……まあ、よく知ってはいます。それにソレルは服に詳しいですから、話していると参考になるのです。女性ものですが、気にしないで通してくださると助かるわ」

「かしこまりました」


 セシリアが店員に目配せすると、すぐに部屋を出て行き、ソレルを連れてきてくれた。

 笑顔で入室してきたのは、茶色と白の斑髪の二十代後半に見える青年だ。


「ローラ様、久方ぶりでございます」

「ご機嫌よう、ソレル。待っていたのよ」


 遅いわよ、と少し睨むと軽く肩を竦める仕草で微笑んだ。そのまま、セシリアの方にも挨拶する。


「セシリア夫人、ご無沙汰しておりますね」

「ようこそお越しくださいました、ソレル様。……本当にご無沙汰ですわ。公爵閣下は新しい御衣装はお作りになられないのですか? 前回がいつでしたか、思い出せませんわよ」


 こちらも深く笑んで、冗談のような軽い調子で恨み言を言う。


「我が主は出不精でいらっしゃってね。あまり御衣装を作られても箪笥の肥やしになるばかりで、衣装も泣くのではないですか?」

「あなた様でも結構ですのよ。新しい服をお作りになったら? いろいろ新作もございましてよ?」

「大変興味の惹かれるお話ですが、残念ながら今日はこちらのご令嬢のお供でしてね。またの機会に」


 貴族の従者に対しては、セシリアも少し気軽な口調になるらしい。供と言いながら、ソレルはローラの隣に腰掛ける。出された茶をゆっくりとした手つきで手に取った。


「お供がずいぶんとゆっくりなお出ましね」


 ローラが小声でソレルに話しかければ、気を利かせたようにセシリアは小物を揃えている店員の元に向かい、少し席を外してくれる。


「これでも、最速で来たのですよ? まだ二の鐘も鳴ってないじゃないですか。馬車なら往復で二刻はかかるところを半分で来たのですから、褒めてください」

「……そんなことより、早く事情を説明なさい」


 苛立つローラに、ソレルは笑って目を細めた。しかし、柔和な微笑みとは裏腹に返事は素っ気ないものだった。


「今はまだ、事情は説明できません。それに関してはヴァシル様の許可を得ていませんから。今日はお菓子の感想を伝えに行く、といって出てきてますしね。あなたのご要望通り、ここに来ることは内緒で」


 フェデリタースにしてもソレルにしても、主に対する忠誠心が厚くて融通が利かない。出てきてくれただけでも良しとしなければならないだろう。ローラは舌打ちしたいところを必死で抑える。


「……なら、言えることはなんなの。ここまで来たのだから、協力する気はあるのでしょう?」

「対象に似合う色、足の大きさ、細かな体型などはお教えできます。……事情を訊かないでくださるなら」


 ――そう、一番の問題は靴だった。服や小物の大きさに関しては多少の融通は利くが、靴だけはなんともならない。手持ちのものと合わせてもらうこともできるが、できれば靴も衣装に合わせたいものだ。


「……それだけでも、助かるわ。正直困惑しかなかったの。そもそもどんな服をどれだけ、どの組み合わせで用意すればいいのよ。『どこに出しても恥ずかしくない服』ってなによ? 夜会なの? 昼食会なの? それともお茶会? それによっても違うし、なんで十着も必要なの? 小物は? 装飾品は? 合うものを持ってるのかいないのか、寸法は? あの手紙、ひとっつもまともなことが書いてないじゃない!? なんであなたが持って来ないのよ!? フェデリタースじゃ事情の訊きようもないじゃない!」


 小声に抑えてはいたが、一度疑問を口にすれば、とめどなく溢れてしまった。

 ソレルは気の毒そうにローラを見ながら、それでも優雅に茶を飲んだ。そんな暇があるなら答えろ、とローラは凶悪な眼差しでソレルを睨む。


「使いの人選に関してはヴァシル様のご指示ですから、私にはなんともできません。服に関しては、女性ものについてヴァシル様もよくわかっていらっしゃらないので、適当なものでも大丈夫ですよ。十着というのは、ご自分の基準で替えの服を、というくらいのおつもりでしょう。数に深い意味はありません。……そうですね、舞踏会でも使える正式な夜会服とそれより軽めの晩餐会用をそれぞれ三着、軽い昼食会やお茶会でも使えるものを二着、普段使いのものを二着でどうですか。どれも小物から靴まで一式、下着も必要です」


 的確な指示に、ふんふんと頷いていたローラだったが、最後の言葉にひっかかりを覚える。


「――下着?」


 正式な夜会服には、それに合わせたものが必要だから当然用意するつもりだが、まさか普段用まで用意する必要があるのだろうか。


「そう。普段着用も用意した方がいいと思います。だいたいの寸法はわかりますから。はっきり見たわけじゃありませんけど」

「見たわけじゃないって……、当たり前よ。ヴァシル様のお相手でしょう? なにを言っているの、あなた」

「必ずしもお相手とは限りませんけどね。……まあ、直接見なくても外見から推測はできます。貴族らしい服は一切持っていない人だと仮定してください。装飾品の類も」

「貴族らしい服は一切持っていない……?」


 その問いに関しては、ソレルはもうなにも答えようとはしない。疑問に思うローラを置き去りに、ソレルは部屋に並ぶドレスに感心したように頷いた。


「あちらに並んでいる服は流石ですね。どれもヴァシル様好みです。ヴァシル様のお名前を出したのですか?」

「まさか。さるお方、としか伝えていないわ。……まあ、あなたも来たことだし、最初から夫人にはばれている気もするけれど。他言無用とは伝えてあるわ」

「結構です。……ローラ様があの中から選ぶとしたらどれですか?」


 ローラは目星をつけていたものの中から四、五着候補を上げると、ソレルはふむ、と頷いた。


「良いと思います。その中から三着選ぶなら――」


 ソレルは当人を知っている。その上で更に合いそうな物を選んでくれた。


 夜会服やその小物を選び終えると、セシリアに告げて、晩餐会用やお茶会用、それと普段着の既製品を用意してもらう。

 普段着に関しては一点ものではない既製品でも大丈夫だろう。

 ソレルが伝えた下着や靴の大きさで頃合いの物も選ぶ。夜会服用のコルセットの付け方などをソレルに質問され、流石のセシリアも絶句しているのが面白いといえば面白いことだった。


「あなた、まさか女性の着付けまで手伝う気じゃないでしょうね」

「下着を付けていれば手伝っても問題ないのでは?」

「あるに決まっているでしょう!?」

「そうですかね? ……まあ、後学のためです」

「なんの、よ!?」


 そうしている間に外は暮れ始め、昼三の鐘が鳴った。

 はっとしてソレルに帰るよう伝える。


「ごめんなさい、あなた晩餐の支度があったわね。今からでも間に合うかしら?」

「大丈夫です。今日は来客もないので。最速で飛んで帰ります」

「……助かったわ。ありがとう」

「晩餐が済んだら馬車でフェデリタースが取りに伺います。遅くにお伺いすることになりますが、そのおつもりで」

「ええ、遅くても構わないわ。そう伝えて」

「かしこまりました」


 フェデリタースは愛想の欠片もないが、一方ソレルは対照的で、にこやかに笑うと一礼して去っていった。

 生憎高額すぎて全額は用意できなかったため、支払いに関しては手付け金だけ払って、あとは後日まとめて支払うと約束する。本来、衣装を受け取る時に全額支払うものだが、今回ばかりは融通を利かせてもらう。信頼関係があると、このあたりのことで融通が利くので助かる。まあ、身許も知れているので、向こうもあまり心配はしていないようだった。

 明日届けてくれるというセシリアに無理を言って持ち帰りたいと伝える。次々と購入したものを店員が箱に梱包してくれる。十着の服と下着から小物まで、すべて入れるとものすごい量になった。ローラが乗ってきた馬車では乗り切らないだろう。途方に暮れかけていると、店の馬車に積み込んで、一緒にアーヴェル邸まで運んでくれるという。普段からお届け用に店には馬車が用意されていた。

 店員達が、延々と馬車に箱を積み込んでいるのを眺めながら、ローラは申し訳ない気持ちになる。もうとっくに店が閉まる刻限は過ぎている。これは残業だ。


「午後中かかりっきりになってしまって申し訳なかったですわね」

「いえ、こちらこそお買い上げありがとう存じます。……ただ、新しい事業についてはまだご内密にお願いします。他店に真似されてもかないませんから」


 あれだけの商品が用意されている段階なら、なまじなことでは真似できないだろう、今はもう宣伝する時なのでは、などとローラは思う。が、商売にもいろいろ相応しい時期というものがあるのだろう、と他言無用を約束した。お互い様である。


「またのお越しをお待ちいたしております」

 店員一同に見送られ、アーヴェル邸に戻った。



 家の者に目を丸くされながら、大量の荷物を運び入れ、フェデリタースが到着するやいなや、またそれを馬車に積み込む。御者台から会釈したフェデリタースを見送って、やっと息をついた頃には、王都の閉門である晩二の鐘もまもなく鳴ろう、というところだった。

 フェデリタースは無事帰れるだろうか、と思いつつ、貴族令嬢としては恥ずかしくも、ローラのお腹は威勢良く鳴った。

 夕飯を食べそびれていたのだ。

 厨房の者になにか用意してもらおう、と軽く伸びをしてローラは屋敷に入った。やっと、ローラの長い一日が終わるのだった。

 ――とにかく、満足する仕事ができた。

 そう思い、大きく息を吐いた。





 ひと仕事終えて爽快に目覚めた翌日だったが、再びヴァシルからの手紙が届いた。次は侍女服を五着ほど用意してほしい、とあって今度こそ令嬢らしくなく、盛大に頭を抱えたくなったのだった。

 その後も次々と無茶な頼み事をされることになるのだったが――それはまた、別の話。



このあと、ローラは結局ヴァシルの屋敷の鍵をもらうことになりました。

それに付随して(主にアートゥラ関係で)更にいろんな無理難題を押し付けられることになります。「アートに礼儀作法を教えろ、ですって!?」とか、「適当な設定を作っていろんなところで噂としてばらまけ、ですって!?」とか……まあ、いろいろ。頑張れ、ローラ!


(裏話的蛇足)

ローラがこの番外編で用意したドレスは、本編17話から始まる舞踏会でアートが着ているドレスです。実はアートのドレスの方が先で、アートとヴァシルの婚約の話が出た時に、それに合わせてヴァシルの舞踏会用の服を仕立てたのです。

また、本編35話の晩餐でクロエが貸してもらったドレスも、ここで選んだものでした。


次話はクロエの父、辺境伯が主役の番外編です。

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