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4.三人の婚約者候補

 数日後、支部の宿舎に戻ったバリィから怒りの手紙が届きました。懇切丁寧に怒りの内容を説明し、わたくしのどこが悪いか箇条書きにして列挙してあります。なんなのですか、怖いわ。


 曰わく「そなたはなぜ俺が怒って帰ったかわかってないだろうから一から説明してやる」、曰わく「ちょっと良い話してると思ってたのに、結局がっついているだけではないか」、曰わく「同情して損した」、曰わく「そなたなんか結婚できるはずがない」、曰わく「色気のかけらもないのにヴァシル様が落ちるはずがない」、曰わく「そなたには付き合いきれない。さっさと面倒みてくれるやつと結婚しろ」、曰わく「やれるものならやってみろ。差し当たって何人か紹介してやる」……あら?


 なんだか誰か紹介してくれる流れになっています。しかも、友人で駄目ならディリエお兄様の伝手でヴァシル様にも紹介してくれるというのです。ひとり売り言葉に買い言葉です。

 この人、怒っていたのではないのかしら? と首を捻りつつも、バリィなりの心配と優しさなのだと解釈することにしました。


 手紙には三人の名があり、それぞれ会う日時と場所まで記されています。こちらの都合は無視なのですが「どうせ、ローラとしか社交の予定もないだろうから暇だろう」と書かれています。わたくしの予定まで知り尽くしているのが、腹立たしいですが今は置いておきます。


 その三人が駄目なら連絡を寄越せ、とあります。王都にいる間ならヴァシル様に渡りをつけてくださるそうです。――期間はひと月。それを過ぎると西の砦に戻らなくてはならないそうです。


 ひと月で、結婚話が出るほど仲を深められるかしら?

 でも、とりあえず頑張ってみましょう。





「……ねえ、あなた達は馬鹿なの? なにをやっているのよ」


 バリィからの手紙を見せるとローラは頭を抱えました。このところ「馬鹿なの?」と訊かれてばかりです。


「結婚相手を紹介したつもりだったのに。お茶の途中で剣の稽古をはじめるあなたとか、この粘着なのに馬鹿げた親切さが溢れた手紙を書いてる我が兄とか。なんなの?」


 なんなの、と訊かれても、わたくしが訊きたいくらいです。


「とりあえず、せっかくなのでお会いしてみようと思うのだけど、どういう方達かわかる?」

「……全部バル兄様のお知り合いね。流石というか、条件は悪くはないわよ」



 伯爵家四男 イエーレ・ファンデルー様

 子爵家三男 クラウディウス・ソールバルグ様

 男爵家三男 ロジェ・アイデス様



「男爵家では結婚するのは難しいのではないかしら?」


 わたくしはちょっと小首を傾げてしまいます。

 家格が釣り合わない方との結婚は上手くいかない例が多いのです。わたくし自身は人柄が良い方がずっと重要だとは思っていますけれど、婿に来ていただく以上相手の方が嫌な思いをされないに越したことはないのです。大恋愛の末結婚するならそれでもいいのでしょうが、そうではございません。


「あら、ロジェ様は有望株よ。わたくしが結婚したいくらいだわ」


 ローラによると、ロジェ・アイデス様は王城で官吏をされているそうです。二十二歳という若さで人事関連の部署で重職を任されていらっしゃるようです。いずれは宰相とも囁かれている能吏だそうです。


「領地経営の腕は確かでしょうし、もともとはエリスタル騎士団に所属されていたから、一通りの軍事訓練も受けていて戦場での指揮官としてもおそらく優秀でしょうよ」

「騎士団に? そんな方がどうしてお城の文官に?」

「リュカ兄様のお友達だったのよ。騎士団での事務処理能力が優秀すぎてもったいないって、噂を聞きつけたラルス兄様が引き抜いてしまったのよ」


 リュカス様はアーヴェル家の四男で王城の官吏をされています。二十二歳ということはリュカス様と同い年でございます。

 アーヴェル家次男のラルス様は今でこそ王城の図書府所属で書籍にまみれてお過ごしですが、現大公殿下が王位争いにお敗れになる以前はその優秀さは他家を圧倒するものでした。今でも事務方実務面でのお偉い様方との繋がりがあるようです。能力はあるのに家柄的になかなか出世しにくい若手をあちこちから引き抜いては密かに紹介されているそうです。

 王城の実務が回っているのは実はラルス様が配置している優秀な若手のおかげだとローラは言います。


「騎士団から出し渋ったディリエ兄様と相当やりあったみたい。最終的には本人がそちらを選ばれたからディリエ兄様も止められなかったようだけど……いまだにディリエ兄様は残念がっているわよ」


 わたくしの初恋のお兄様――ディリエお兄様がお認めになっているなら、それはもう優秀な方なのでしょう。バリィ、よくぞ紹介してくださった、というものです。


「イエーレ・ファンデルー様はバル兄様と同い年よ。今は王立騎士団に所属されているわ。同じ伯爵家ともあって、兄様と一番仲良くされているの。背が高くて明るくて、お話ししやすい方よ」


 ファンデルー家は由緒ある家柄ですが、大公派だったために今は難しいお立場だそうです。ご領地のデルーは王都にほど近いところですが、あまり大きくはございません。あえて他の独立騎士団ではなく王立騎士団を選ばれたのはご実家のお立場を少しでも良いものにされるためかもしれません。

 ただ王立騎士団内でのご出世は難しいでしょう。他の独立騎士団と違って王立騎士団はほとんどが貴族の子弟が占めます。要職は宮廷で力を持つ貴族が占めるようです。実力よりも宮廷での力関係が如実に現れるところでもあります。


 我が家のように前回の王位争いに中立の立場を取り、領地も豊かな辺境伯の婿養子には喜んで来てくださるかもしれません。


「クラウディウス・ソールバルグ様はエリスタル騎士団でバル兄様と同い年、同期の方よ」

「ソールバルグ卿ってご領地はどちらだったかしら?」

「西部のシーランよ」

「シーラン……ああ、西の辺境伯のご領地の近くにあったような……?」

「……あなた、もう少し地理をお勉強なさいな。どの家がどこの領地かくらい頭に入ってないと社交界で困るでしょう?」

「困るほどお付き合いがないから大丈夫。微笑んで小首を傾げていれば、やり過ごせますわ」


 にこりと微笑んで小首を傾げて見せます。ローラは呆れたように盛大な溜め息を吐きました。


「だから侮られるのよ。――領地経営を手伝うつもりなら、当然知っておくべきことでしょう?」

「領地内のことなら隅から隅まで把握していますわ。実際行ったことがない領地名は覚えにくいの。他領にはなかなか行けないでしょう」

「行ったところしか覚えられないってどうなの……。あなたって、本当に興味あることしか覚えないのだから。逆に自領ならすべて見て回ってるというのが驚愕だけど……。貴族の社交は領地経営する上でも重要なのはわかっているでしょうに」


 実際、ローラはウェレンティア内の数多ある大小の貴族をほとんど把握しているようでした。ローラに聞けば大抵のことがわかるので、わたくしは自分でほとんど覚えようと思ったことがありませんでした。


「それで、クラウディウス様ってどんな方?」

「一言で言えばいたずらっ子」

「はい?」

「とにかく楽しいことが大好きなの。イエーレ様とつるんでよくバル兄様がいたずらを仕掛けられていたわ。バル兄様はどこか真面目なところがあって、小さな頃はあなたに剣で勝てないような鈍臭いところもあったでしょう? 格好の餌食だったわ」


 バリィ、散々な言われようです。実の妹は容赦がございません。


「今は、剣の腕も互角になってしまっていたずらを仕掛ける隙がなくなってつまらない、って先日お会いした時はぼやいてらしたわ」

「そんな方とよくお友達でいるわね」

「本人達は腐れ縁だっておっしゃるけれどね。クラウディウス様はなんだかんだおっしゃっても正義感の強い面倒見が良い方だから。兄様とも馬が合うのよ」


 とりあえず、どの方も年頃も近く結婚相手として条件も良さそうです。ローラの印象も悪くないようですし、どなたかわたくしを気に入ってくださる方はいらっしゃるかしら?


 わたくしはエリスタル騎士団の支部にいるバリィに宛ててすぐさま了承の手紙を出しました。あとは準備をして当日を待つばかりです。

(クロエの残念な認識)


アイデス家→「あっ……、すみません、存じ上げませんでした……。でも、ディリエお兄様が認めてらっしゃるなら、そりゃあもうきっと、素敵な方ですわ!」


ファンデルー家→「わたくしだって、流石に古い伯爵家ならわかります! ご実家、大変そうですわね……(大公派だから)」


ソールバルグ家→「えぇと……、西の辺境伯家なら存じ上げてます! その近くならなんとなく、場所はわかりました!」


◇◇◇


クロエはこれから三人の婚約者候補に会うことになります。

その前に次話は番外編的な閑話が入ります。

クロエの過去とか。箸休め的にどうぞ。

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