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3.幼馴染みの騎士

 ローラの言葉通り、翌日バルトルト・ファン・アーヴェルは我が家を訪れました。

 バルトルト――バリィは、ローラのひとつ年上の兄です。アーヴェル家は子に恵まれており、五男二女の七人兄弟です。その男性最年少が、十七歳のバリィなのです。


 貴族といえど、五男ともなれば領地を得ることは、まず叶いません。自らの行く末を考えれば、跡取りのいない貴族の養子となるか、官吏か騎士となるのが通例でございます。

 アーヴェル家はかつてアウレア・ルプス王の右腕として宰相を務めた家柄で、元々武芸にも秀でた武家でもあり、王族の剣術指南も務めた文武両道の家でございます。バリィは宰相の血よりも武勇の血の方が濃いようです。官吏を目指すよりも自らの兄も所属するエリスタル騎士団に入団することを選んだのです。


 エリスタル騎士団は西の国境付近の砦を守る騎士団でございます。王都に支部があり、一年に何度かは王都に戻ってくるようですが、東の辺境地域であるリゼインに戻っていたわたくしとはなかなか会う機会もございません。

 最後にお会いしてから三年ほど経っておりました。

 



 意識する、というわけではありませんが、ローラの言葉に引きずられたのか、いつもよりは少し上等なドレスにし、昨日ローラから仕入れた最新の王都の流行も取り入れた化粧も念入りにしました。東方風の意匠を取り入れた髪飾りと腕輪を選び、つけています。これはリゼインが東部辺境だからこそ手に入り、身につけられるもの。宮廷の姫君方もまだなかなか手に入れられないはずです。繊細で異国風の飾りがお気に入りなのです。


 応接室に入ると、窓辺に背の高い男性が立って、外を眺めていました。


「お待たせしました」


 声をかけると、若い男性が振り返ります。逆光の中、振り返った姿を見て一瞬息を呑みました。


「……ディリエお兄様?」


 相手もこちらを見て一瞬目を見開き、次いでわたくしの囁きを聞くとむっとしたように眉を寄せました。


「……三年も会わないと、俺が誰かもわからなくなるようだな」


 よくよく見れば似ていないのですが、背がずいぶんと伸び、逞しくなったのでどことなくディリエお兄様に雰囲気が似て見えたのです。

 

「……バリィ、いやね、覚えてますわ。ちょっと間違えただけではないの」


 おほほ、と口元に手を当て伯爵令嬢らしく微笑んで見せます。


「お久しぶり。元気になさってた?」

「……そなた、馬で王都に乗り込んだらしいな?」


 この兄妹は本当に挨拶というものをご存知ないようです。


「いやだわ、ローラから聞かれたの?」

「いや、門番から王都にいる騎士団にはあっという間に噂が広がっているぞ。そなたの奇行は王都中の貴族が知っているだろう」

「うっ……」


 奇行とまで言われるようなことはしていないつもりですけれど、確かに王都の手前で馬車に乗り換えるべきでした。ですが、待つのが面倒だったのですもの。お父様も一緒でしたし、門番の方々は問題なく通してくださいました。……嘘です。先にひとりで到着してしまったために、実は一悶着ございました。お父様がすぐに到着されて事なきを得ましたが。


「外見はまあまあ見られるようになったが、そなたのようなじゃじゃ馬、誰も嫁になぞ、もらってくれぬぞ」


 バリィは腕組みし、ふん、と冷たく言い放ちました。今度こそ、ローラからなにか聞き及んでいるに違いありません。

 そうでした。この人はこういう人だったのです。昔から会えばなんだか意地悪なことばかりおっしゃるのでした。気心は知れていますが、甘い雰囲気になどなりようがないのです。

 わたくしは急に馬鹿馬鹿しくなり、溜め息をつきました。バリィ相手に少々気合いを入れて着飾った自分の出で立ちが空回りしているようで、なんだか恥ずかしくもなります。


「……いつまでも立ち話というわけにはまいりませんね。お茶を淹れますから、どうぞお座りになって」

「ああ……、では一杯いただこうか」

「お父様にはもうお会いになった?」

「ああ、先ほどご挨拶してきた。明日には支部の宿舎に戻るからな、お会いできて良かったよ。すぐに王城へ向かわれるそうだな。お手合わせ願えなくて残念だった」

「そう。バリィはこの間、王都に戻られたばかりなのよね? あなたもお忙しいわね」

「まあな」


 わたくしは手ずからお茶を淹れます。普通の貴族では側仕えのやることですが、我がファラゼイン家では主人自ら客をもてなします。王都の貴族相手では侮られることもあるので相手によりますが、アーヴェル家の方々はごくごく親しい関係ですし、ファラゼイン家のやり方にも慣れているので自然と茶器に手を伸ばしてくれます。

 ひと口飲んで、わずかに目元の力が緩んだように見えました。不味くはなかったようです。


「バリィ、少しお時間あるかしら?」

「一刻ほどならかまわないが」

「では、わたくし着替えて参ります」

「ぐふっ……? 意味がわからんが」


 一瞬、バリィが噎せました。ごほっと咳き込んでわたくしを見ます。


「お茶を飲んで少し待っていてください。すぐ戻りますから」

「ま、待て。なにをする気だ!?」

「お父様の代わりにわたくしがお手合わせ願います!」

「!?」


 わたくしは言い置いて、さっと席を立ちました。





「……で、なぜこうなっているのだ!?」


 庭で上段から打ちかかったわたくしの剣を受け止めながら、バリィは疑問を全面に押し出します。


「問答無用! 真剣に勝負なさいまし!」


 わたくしは弾かれた剣を握りなおし、その体勢から踏み込むと、下段からすくい上げるように剣を振ります。


「だから、意味がわからんと言っているではないか!」


 すっと体を引いて剣先を避け、バリィは新たに構え直しました。

 わたくしはそのまま突きに入ります。バリィはそれも巧みにいなして逆に剣を滑らせ、鍔まで寄せると絡めるように動かしてわたくしの剣を手から弾き飛ばし、空手になったわたくしの首もとにピタリと、剣を向けました。


「勝負ありだな。……なんの真似だ、これは?」


 息も切らしていないのが憎らしいものです。

 わたくしの方は息を切らせて、自分の剣を拾いにいきます。子どもの頃はわたくしの方がずっと強かったのに、十歳を過ぎるころから簡単には勝てなくなりました。わたくし、今だって決して弱い方ではないのですが、やはり最強と言われるエリスタル騎士団に所属して毎日訓練されている人は違いますわね。しかも武芸に秀でたアーヴェル家の血筋です。

 拾った剣を一振りして鞘に収め、バリィを振り返ります。


「王都までの旅ですっかり身体がなまってしまったのです。少しは運動になるかと思って」


 ちょっと小首を傾げて可愛らしく笑いかけると、バリィは盛大に溜め息を吐きました。


「ほとんど馬で駆けてきたくせに、なにが運動不足だ。――そなたに色仕掛けは無理だ。やめておけ」


 まあ、兄妹揃って同じことをおっしゃるのですね。


「あら失礼ね。わたくしに見惚れていらっしゃったくせに」

「な……っ! 見惚れてなどいないぞ! そなたのような跳ねっ返りに誰がっ……!」

「わたくしだって、いざとなれば伯爵令嬢らしく振る舞えますわよ。――さあ、もう一本!」

「どこの世界に剣で打ちかかる伯爵令嬢がいる!? というか、稽古で真剣を持ち出すのはやめろ!」

「あら、真剣でなくては真剣さ度合いが変わってくるではないですか」

「駄洒落か!? いいから稽古用の剣を持ってこい! 怪我させそうで怖いんだよ!」


 そう言いながら、真面目に相手をしてくれるところがバリィのいいところでもあるのです。


 半刻ほど打ち合い、流石のバリィも軽く息を切らせています。良い運動になりました。

 芝生に行儀悪くふたりで座り込みます。並んで座っていると子どもの頃に戻ったようでした。

 

「そなたは子どもの頃からちっとも変わらんな」

「そうかしら? あなたはずいぶん強くなりましたね。背も高くなったし。目線が合わなくていやだわ」

「そうか?」


 バリィは少しだけ照れたように笑いました。こういうところは素直で変わらないと思ってしまいます。


「……ねえ、バリィ。わたくし戦場でもお役に立てるかしら?」

「!? 戦に出るつもりか!?」

「――例えば、のお話ですわ。もし戦でも起こってお父様になにかあれば、ファラゼイン伯爵軍はわたくしが動かさなければなりません。ファラゼイン一族の者として、戦場に出ないで見てるわけにはいかないの。……少しは戦えるかしら?」

「……あれだけ訓練された軍だ。そなた自ら陣頭に立たなくても王のお役には立つと思うが」

「そういうわけにはいかないの。伯爵というのは皆の命を預かってこそ、伯爵なのです。領主というのは自ら範を示さなくては領主と認めてもらえないでしょう? わたくしは、そう教えられました。お父様になにかあれば、エミエールが成人するまでの間、わたくしが領地を預からねばなりません。お兄様亡き今、いざとなればわたくしがリゼインを、王命があらば王家をお守りしなければならないの」


 言っているうちに、手が震えてきました。バリィが気づかなければいいなと思いましたが、バリィはわたくしの手に目を遣りました。痛ましそうな表情になり、そっと目を伏せます。

 

「兄上のことは残念だったな……。ご冥福をお祈りする。しかし、ファラゼイン卿もまだまだお元気だし、そなたが然るべき家から婿を取れば、婿殿が守ってくれるだろう? そなたがそんなに強くある必要はないではないか」

「……わたくし、守られるだけは性に合いません。今まで幸せに暮らせた分、領民にお返しせねばなりませんし。それにわたくしのようなじゃじゃ馬のところに婿に来てくださる方がいらっしゃるかしら?」

「自覚はあったのか……」


「――だから、バリィ、ヴァシル様にお会いする方法ないかしら?」

「……は? ……今、そういう流れだったか!? なぜそうなる!? だから、色仕掛けは無理だと言っただろう!?」

「お父様はなぜだかあの方を買っているの。挑戦するくらいはしてみてもいいのではないかとも思うのです。わたくしの魅力にヴァシル様が惹かれないとも限らないでしょう?」


 ――魅力なんてないことは、わかっています。

 ただ、わたくしに色仕掛けは無理だ、と繰り返すバリィに若干の悔しさや対抗心を抱いたのは否定できません。つい、そんなことを言ってしまいました。


「な、なんだと?」

「――それともバリィがどなたか婿入りして楽したい騎士様をご紹介してくださらない? なんなら領地経営はわたくしがしますから、黙って美味しいご飯が食べられて喜ぶような三男とか四男とか五男とかのお友達とか」


 あのお父様が簡単に諦めるとも考えられないのでした。今のところ、ヴァシル様はその気ではないようですが、お父様のしつこさに、いつ首を縦に振るとも限りません。その前になんとしても相手を見つけなければなりません。それに、ちょうど良いお相手が見つからず、もしもヴァシル様に実際にお会いすることになったとしたら、父の無謀な申し出をきっぱりとお断りしてくださるようお願いするつもりです。


 そして、これはもう後から考えると我ながら後悔するしかないこととなるのですが――あわよくば、誰か良い方を紹介してくれないかしら……、という底の浅い思惑がつい重ねて漏れてしまったのでした。


 バリィは途中で不機嫌になり、プンプンという音が出そうなほど怒り出して帰ってしまいました。


 ――あんまりあからさまだったかしらね?

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