31.光る人
さて、残されたわたくしを光る方が興味深そうに眺めています。琥珀色だと思った瞳はよくよく見るととても不思議な色合いをしています。金、赤、薄い緑が入り混じった複雑な色で、窓から差し込む光の加減なのか、時折色が変化します。このような美しい瞳は見たことがございません。
「アート、こちらの令嬢はファラゼインの者か?」
声にも不思議な響きがございました。低く落ち着いた声は頭の奥の方へ、また胸の奥の方へ、染み渡るような響きなのです。ずっと聞いていたくなるような――こう言ってはなんですが、天上から響く神々の声のような神々しい響きなのでございました。
「そうだよ、よくわかったね?」
わたくしがその声に胸を打たれているというのに、アートはまったく無頓着にお話されています。
「クロエにそっくりだ」
「そっくりもなにもクロエだよ?」
「同じ名なのか? クロエ・ジャード・ファラゼインはたぶんもうこの世にいないはずだが。ジャードではないだろう?」
その名前にびっくりいたしました。クロエ・ジャード・ファラゼインは二代前の女伯爵、お父様のお婆様、つまりわたくしの曾祖母にあたる方でございます。
「曾祖母様をご存知なのですか? クロエ・ジャード・ファラゼインはわたくしの曾祖母です」
わたくしは驚いて光る方を見つめます。この方の外見からすると、生前の曾祖母にお会いできるはずがございません。
「わたくしは曾祖母からお名前をいただきました。クロエ・サルマ・ファラゼインと申します」
「そうか……、曾孫か。それだけの時が経ったのか」
懐かしそうに目を細めてこちらをご覧になる方に、わたくしは落ち着かない気持ちになります。
「クロエ……ジャードとは瞳の色が違うな。綺麗な榛色だ」
綺麗な、というのはこの方のような瞳を言うのです。きらきらと色を変える瞳に見つめられては魅入るよりなく、わたくしの瞳の色などを褒められるのは逆に恥ずかしいような気がいたしました。
――この方は、どなたなのでしょう。
助けを求めるように、アートを見ます。アートは溜め息を吐きました。
「クロエはアウレア・ルプス王の使い魔の狼の話は知ってる?」
「もちろん、この国に生まれた子どもで黄金狼のお話を知らない者は少ないと存じます……」
言いかけて、はっとします。
「まさか」
――お父様が以前、おっしゃっていませんでしたか?
ヴァシル様の側に黄金狼がいるのを見た、と。
「……まさか」
お名前はギルウィス、と。
――ギルウィスはアウレア・ルプス王の使い魔の名です。
「たぶん、そのまさかだよー」
「今はお前が伯爵か?」
「いえ、伯爵位は父が……」
答えながらもわたくしは目が回るような気がいたします。
――あの伝説の黄金狼と話をしている? まさか!
だってこの方、狼ではないではないですか。人ですわよ?
――いえ、アートやフェデリタースを見ているので、使い魔が人になれることは知っていました。ただ、物語では一貫して狼の姿で書かれ、人の姿の記載はございませんから、少々混乱したのです。
「いずれクロエがバルトルトを婿に取って伯爵を継ぐよ」
「いえ、わたくしは補佐です。弟がおりますから……」
「ファラゼインとアーヴェルが結婚するのか。それはめでたいな。ヴァシルが喜ぶだろう」
「まだ結婚するとは……」
――どういう状況なのでしょう、これは?
きらきらとまばゆい光を放つこの方は、確かに黄金狼の名に恥じない存在でございます。その方と、ぞんざいな口をきけるアートの度胸が信じられません。
「……ギルウィス様?」
「使い魔だから『様』はいらないよ。ギルでいいでしょ? ねえ、ギル?」
「ああ、好きに呼べ」
「ギル……」
呟いて、畏れ多さに僅かに震えるような気がします。
名を呼ぶと、ギルウィス――ギルは微笑んで頷きました。そしてふと、扉の方を見ます。
「……ああ、アート、来たようだぞ。邪魔者は退散しよう。フェデリタースの様子でも見に行くか」
ギルは立ち上がり、アートに手を差し伸べます。アートがその手を取りました。
「そうだね。――じゃあクロエ、頑張って」
繋いでいない方の手をひらひら振ったと思うと、ふたりの姿はふっと掻き消えました。
「え? ええ!?」
――なに! なにが起こったのですか!?
ひとり、部屋に取り残された方は恐慌に陥ります。
――消えた!? 人が。目の前で!?
「兄上、お呼びですか?」
その時、扉が叩かれ、バリィの声がいたしました。
「――兄上? 入りますよ?」
返事がないことに不審そうな響きがした後、扉が開かれました。
「……クロエ?」
親しい人の驚いた声を聞いた途端、わたくしは涙目になりながら、バリィの胸に思わず飛び込みました。
「バリィ! どうしましょう、消えてしまいました! な、なにがあったのでしょう!?」
「なにが!? なにがあったって、そなたこそなにがあった!? なぜ、ここにいる!?」
受け止めたバリィに両肩を掴まれ、引き剥がされて正面から顔を覗きこまれますが、わたくしは混乱しております。
――なぜ、ここにいるのでしたっけ?
「わ、わたくし? わたくし、さっきまでアートと一緒にいて。そうしたら、アートとギルが消えてしまったのです」
「ギル? ああ、ギルウィスか? あれは神出鬼没だから魔法で消えたり現れたりできる。ギルウィスに会ったのか?」
「はい。曾祖母様にそっくりだと言われました……。そうですか、魔法……」
バリィの手が温かくて、答えてくれる落ち着いた声に、ようやくわたくしも落ち着いてきました。
「アートと来たのか? そなた、なぜここに? ……まさか東になにかあったか!?」
わたくしは胸の前に手を組んで、ほっと息を吐きます。
「いいえ、リゼインは変わりございません」
つられたようにバリィも息を吐きました。
「そうか。――それなら、なぜ」
「わたくし、愛の告白に」
目的を思い出して、思わずするっと呟いてしまいました。
「……は?」
バリィがわけがわからない、というようにこちらを見下ろしておりました。
――アート、あなたのせいで台無しですわ。




