29.魔法騎士団の仕事
二日目も朝早くから移動します。宿で朝食を取り、部屋を引き払って出発します。
直轄地から他領に入るため、午前のうちにひとつめの関所に到着しました。
「魔法騎士団の方ですか?」
ヴァシル様からの証書を見せ、門番の兵士に確認されます。受け答えはすべてアートがしてくれます。
「はい。魔法騎士団のヴァシル・ロウ副団長の使いで西の砦へ向かいます」
「……証書に間違いはないですね。どうぞ、お通りください」
魔法騎士団のローブとヴァシル様の証書のおかげで問題なく通ることができます。
関所がある街は宿場でもあるため賑わいがございます。関のある門を抜けると、市場のように露店が立ち並ぶ界隈に当たりました。野菜や果物、燻製肉などを売る店や雑貨店、布地や中古服を売る店、武器屋や宝飾品店もございます。露店ですから高級品はめったにございませんが、覗くだけでも楽しくなります。
食材店だけでなく、腸詰めや串に刺した肉を焼いたり、パンのようなものを売っている屋台もたくさんあります。いい匂いにお腹が鳴ります。ただ、こういう店があること存じておりますが、実際に買ったことはございません。
「ちょっと早いけど、なんか食べる? 次の街まで少しあるんだよね」
どうやって買うのかわからないわたくしに、アートがいくつか見繕って買ってくれます。
手渡されたのは焼いてぶら下げられた大きな塊肉をそぎ切りにしたものを薄いパンのようなもので巻いたものと、チーズを小麦粉で作った皮で包んで油で揚げたもの、果物の果汁を絞った飲み物でした。
そぎ切りにした肉は脂身が少ない部位ですがパサパサはしておらず、いくつかの香辛料と塩で濃いめの味付けがされており、噛むと口のなかに旨味が広がりました。熱々の揚げ物はチーズがトロッとしてやけどしそうです。
屋台のそばに簡素な椅子と机が置いてあり、そこで食べることができました。
「……美味しい」
「でしょう? できたてだから美味しいよね。お貴族様のフルコースも悪くはないんだけど、こういう安いご飯も意外と美味しいんだよね」
伯爵令嬢としては絶対に口にできない物でございます。にこにこしてすべて食べてしまいました。
「……良かった。お嬢様だからこういう食事なんか嫌だって言われたらどうしようかと思った」
「軍の糧食に比べたら段違いに美味しいですわ」
「……糧食なんて食べたことあるの?」
「今も持ってます。わたくし、野営訓練もしましたから野宿でも大丈夫ですわよ」
「……クロエって本当にお嬢様なの? 野宿なんて嫌だよ。私は布団で寝たい」
貴族にしか見えないとか完璧なお嬢様とか言ってくれていたのに、アートの中でわたくしのお嬢様度がどんどん下がっていっているようです。
関所の街を抜けると、しばらく森の中を貫く道を通ることになりました。道は舗装路ではなくなり、馬車の轍の深いものになります。真ん中や端の通りやすい場所を選びつつ、馬を走らせます。
地平線まで森なのではないか、という深い森を大きなまっすぐの街道が通ります。広く取った道の両脇に迫る森の木々に日差しが遮られ、木漏れ日がちらちらと足元に落ちます。街の喧騒はとうに過ぎ去って、ただしんとした森の濃い緑の香りが立ちこめています。森に入ってから気持ちが良いのですが、どこか背中が落ち着かない感じがいたします。なぜでしょう。
「……フェデル、この辺り?」
「そうだな」
フェデリタースとアートが短いやり取りをした後、少し緊張した空気が伝わってきました。
――そう、静かすぎる。
鳥や獣の声が間遠に聞こえてもおかしくないのに、しんとして一切聞こえません。
わたくしは腰に下げた剣の柄に右手をかけました。
「クロエ、少し仕事を片付けることになりそうなんだけど、いいかな? それほど時間は取らせないから」
走りつつ、アートがわたくしに声をかけてきます。
「仕事、とは?」
「魔獣退治。魔法騎士団に依頼がかかってるやつ。通りがけに遭遇したらついでに片付けるようにヴァシル様から言われてて……ああ、来た」
アートが右手の森の奥に目をやります。馬の手綱を引き、足を止めるのを見て、わたくしとフェデリタースも馬を止め、アートの側に馬を寄せました。
――ギャア、と遠くで鳴き声が聞こえます。
先ほどまで静まり返っていた森の奥からざわざわと複数の気配が伝わってきます。
ギャアギャアという鳴き声も次第に近く、数が増えていきます。
「遭遇しなきゃ、やらなくていいって言われてたんだけど……」
アートが半透明な魔力の黒い盾を出して半円形に大きく変形させ、自分と馬を覆うようにしました。フェデリタースは馬を降りると盾の中に馬を入れ、手綱をアートに渡します。
「お前がいるからだろう」
「私のせい!? ……まあ、仕方ないか。フェデル、頼んだよ。クロエ、こっち入って」
フェデリタースは頷き、アートの盾を出ると剣を抜きました。わたくしはアートの盾の中に入って尋ねます。
「集まっているのはなんですか?」
「報告だとベックスース。ただ、数は多い」
ベックスースならリゼインでも出ることがあります。頭が鳥で体が猪のような魔獣でございます。嘴の下に猪の牙のようなものがあり極弱い毒があります。頭は鳥に似ていますが飛ばないですし、体は中型犬ほどなのでさして強い魔獣には分類されていません。通常の剣が通用し、魔法騎士でなくとも倒せる魔獣です。
魔獣駆除は、直轄地なら王立騎士団の仕事です。余程強い種でなければ通常の武器で倒せますし、弱い魔獣なら武術に心得のない平民でも力任せに倒すことができます。直轄地以外では領地軍の仕事ですが、余裕のない領地や領地軍では対応できない強い魔獣の場合、魔法騎士団に依頼することになります。魔法騎士は各地に派遣され、魔獣の駆除も請け負っているのです。
魔法でなければ太刀打ちできない強い魔獣は人里近くにはめったに現れません。リゼインでは魔獣駆除は伯爵軍の仕事でした。人が立ち入るような場所に現れる魔獣の駆除は、新人の訓練にも使われることから、それほどの腕は必要ないのでございます。
東街道は魔獣駆除が進んでいるので道中遭遇することはほぼございません。しかし、リゼインは田舎なので少し街を外れるとよく出ますし、わたくしも何度か倒したことがあります。
「ベックスースならわたくしでもお役に立てます。お手伝いしますわ」
わたくしは剣を抜き、アートの盾から出ました。
「危ないと思ったらすぐこっち来て」
「ありがとう。そうします」
鳴き声が耳をつんざくように響きます。いよいよ、近づいてきます。
「フェデリタース、どれくらいいそうですか?」
「おそらく三十から五十」
「五十!?」
伯爵軍では十人単位で相手にする量です。
――それをふたりで?
目をむいたわたくしの前に、複数のベックスースが藪をかき分け飛び出して来ました。フェデリタースが群れに突っ込むように駆け出し、その剣が一閃しました。
一気に五頭ほど、ドッと音を立てて倒れました。
なにが起きたか、動きがほとんど見えませんでした。
――恐ろしいほどの手練れ。
一閃するごとにベックスースがばたばたと倒れていきます。呆気に取られて一瞬出遅れました。
ぴょーんっ、とわたくしの手前でベックスースが跳ね上がります。わたくしは目の前の一頭の胸を刺し貫くように確実に仕留めました。
フェデリタースが五、六頭一気に片付け、取りこぼしたものをわたくしが一頭ずつ倒します。ただ、すべてのベックスースがこちらに向かってくるわけではございません。妙なことに、わたくし達を無視する動きをするものがいます。
通常、ベックスースは人を見つけると襲いかかってきます。基本的には直進しかしないので、動きの予測は立てやすく、一撃で倒す技量があれば駆除は難しくありません。それが、わたくしとフェデリタースを無視してアートの方に引き寄せられるように突っ込んでいくものが何頭もいるのです。
振り返れば、まっすぐ盾に突っ込んでは弾き返されています。
「なぜ、近くのわたくし達を無視してアートに?」
フェデリタースは一切表情を変えないまま、造作もなく片付けていきます。
「魔獣は魔力の強いものに引き寄せられる性質があります。あれの魔力量は普通ではないですから」
伯爵軍には魔力がある者がいないため、特定の誰かに引き寄せられるということがございませんでした。
「魔力あるものを食らえば、それだけ強くなれます」
確かに、ベックスースの動きを見るとまずアートに向かうのが大多数で次がフェデリタース、わたくしにはたまたま進路にいた場合だけ襲いかかっているようでございます。こちらに襲いかかるものが少ないだけ、戦いやすいです。フェデリタースがこぼしたものを仕留めて行けばよいのですから。
しかも、わたくしに近づいてくるように見えても、途中でなにかに弾かれたように進路を変えるものが多く、ほとんどわたくしが剣を振るうことはございませんでした。
あらかた片付けるのに、一刻もかかりませんでした。辺りは死屍累々でございます。
――なんという手際の良さ……。
おそらく伯爵軍では交代で働いても半日仕事でしょう。それをたったふたりでわずか一刻で仕留めてしまいました。
目につく限りはすべて片付けると、フェデリタースは剣を一振りし血糊を払います。三十以上の魔獣を斬ったのに、血曇りも刃こぼれも一切ない煌めく剣を鞘に納めています。その剣もただの剣とは思われませんでした。
フェデリタースの剣はアートの武器とは違って指輪に収納されませんが、魔法騎士が使うような特殊な武器に違いありません。
わたくしはほとんど役に立たないまま、戦闘は終了いたしました。しばらくすると倒れていた死体は溶けるように消え、後には親指の先ほどの大きさの魔石に変化しました。通常の獣と魔獣の違いは、この魔石に変化するかしないかの違いだと聞いたことがございます。
剣を納めると、フェデリタースは魔石を拾い始めます。魔獣を倒して役所に持っていくといくらかのお金に換えてくれるのです。必ずしも役所への報告義務はなくても良いのですが、今回は魔法騎士団への依頼なので完遂した証拠として拾う必要があるのでしょう。
わたくしも目につく範囲のものを拾いました。すべて拾えたかはわかりませんが、やはり五十近くあったようでした。かなりな量の魔石を抱えて、三人分の馬を預かるアートの元へと戻りました。
「クロエ、怪我はなかった?」
「ええ、大丈夫ですわ」
大量の魔石を見せるとアートは喜色満面でいそいそと袋を取り出し、入れるように指示します。アートはずっしりとした袋を抱きしめるように受け取ると、ハヤテの物入れにくくりつけました。
「フェデル、これフェデルの分ももらっていいんだよね?」
「ああ、構わない」
「クロエは何個いる?」
「わたくしも必要ないですわ。いくらも役に立ってなかったですし。役所に届けるのでしょう? 全部どうぞ」
「いいの!? やったー!」
――ちょっと引くくらい喜んでいます。
「あの……、謝礼が出たところで騎士団の任務でしょう? それをそのままもらえないのでは?」
「伯爵軍じゃどうか知らないけど、魔法騎士団は片付けた分だけ、そのまま支給なの。交渉次第で取り分が増える」
「でも、アート、あなた魔法騎士団に所属しているわけではないのでしょう?」
「外部の者でも倒せば支給されるよ。それに私は一応ヴァシル様の従者扱いになってるから大丈夫」
「それにしたって、ベックスース程度ではたいした額ではないでしょうに……」
「なにを言ってるの!? 貴重な臨時収入でしょ!?」
――伯爵令嬢がなにをおっしゃっているのでしょう?
「稼げる時に稼いでおかないと!」
実際に働いているのはフェデリタースだけのような気がしますが。
率先して役所に駆け込み、代金を受け取ると頬を紅潮させて「うふふー」と歌い出しそうに浮かれています。
――ヴァシル様に似た顔であまり浮かれない方がよろしいのでは?
翌日も同じように二カ所で魔獣駆除をしつつ、関所を越えます。魔石をお金に換えるごとにアートの機嫌が良くなっていきます。
――アートと旅をするのも考えものでございます。もしかして毎回魔獣に遭遇することになるのでしょうか?
魔力があるものに寄ってくるのなら魔法使いは旅をするのも大変でございます。
「そうだね。魔法騎士が王都付近以外を移動すると、自動的に魔獣退治するようになっちゃうらしいね。それが目的なことも多いけど。探す手間がかからなくていいらしい」
――そういう問題でしょうか?
三日目の夜には西の辺境伯の領地スヘレスヒルトに入りました。
既に日は暮れかけていたので関所のある宿場町で宿泊し、西の砦のあるエリスタルには明日向かうことになりました。




