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26.作戦会議

 わたくしとローラが揃うと、アートは机の上にバサリと大きな地図を広げました。ウィレンティア国内が詳しく出ているものです。おそらく騎士団などが戦術を立てる際に使われるものでしょう――つまり、このような瑣事に使われるようなものではなく、大変高価な物でございます。

 アートは慣れた調子、むしろかなりぞんざいな扱いでございました。


「ローラ、ここから一日二日で行けるアーヴェルの別荘はある?」


 急に呼び出されて未だ困惑した様子ながら、ローラは尋ねられたことに対して地図を指して即座に答えます。


「セイネの別荘かしら。ここからなら馬車で一日足らず、朝早く出ればお茶の時間には着くわ」


 ローラが指差したのは王都から南方に少し行ったところ。南の山岳地帯までは行かないところですが、高原にあり過ごしやすい別荘地でございます。


「突然行っても大丈夫なところ?」

「管理する者を置いているから、先触れさえ出しておけばすぐにでも使えるけれど……」

「一週間後くらいなら大丈夫だね? 私とクロエとローラで行くって伝えておいてくれる?」

「それは構わないけれど、別荘に三人で行くの?」

「ううん。行くのはローラだけ。現場不在証明の偽装工作をしてもらう」

「げんじょうふざい……?」


 わたくしとローラは聞いたことがない言葉に、声を揃えて中途半端に問い返してしまいます。


「犯罪が行われた時に現場にいなかった証明をして無罪を装うこと」

「は、犯罪じゃございませんでしょう!?」

「要は私達がローラと一緒に居たことにしてもらうの。辺境伯にばれないように。その間私達は西の砦に向かう。ローラ、クロエの親友でしょ? 協力してよ」


 バリィに告白するために直接西の砦まで行く、というわたくし達にローラは呆れたように溜め息を吐き、頭が痛そうにこめかみを押さえました。


「――元はと言えば、うちの愚兄のせいね。……いいでしょう、協力するわ。ただいくらなんでもふたりきりで行くのは無謀ではないの? メディシュラムに来るのとは違うのよ」

「フェデルを貸してもらえるよう、ヴァシル様に頼んでみる。クロエがいくら強いと言っても、流石に私だけじゃ不安だからね」

「賢明ね」

「……フェデルとは?」


 納得している風のローラに対してわたくしはついていけていません。


「フェデリタース。ヴァシル様の使い魔。黒いのいたでしょ?」

「ああ、護衛の。フェデリタースというお名前でしたか」


 ヴァシル様に影のように付き従う黒ずくめの護衛の男性でございます。未だに使い魔だと言われても実感が湧きません。人ではないようには見えないのです。しかし、佇まいから既にただ者ではない雰囲気を持っています。相当腕が立つ、と感じておりました。


「あとはヴァシル様に一筆書いてもらう。街道は王が整備したものたけど、直轄地だけじゃなくて他領を突っ切る形になる。関所は三カ所、そこで止められるのは面倒だからね」


 アートは地図の王都から左手――西側に向かう一本の線を辿りました。主な街道は王都を中心に十字方向にそれぞれの騎士団が守る東西南北の砦まで伸びています。西の砦までは直轄地を出ると三つの貴族の領地を突っ切る形になっています。作る時と維持に国から費用は出ていますが、王の直轄地以外の場所はそれぞれの領地を持つ貴族が半分ほど費用を負担します。領地をまたぐごとに関所が設けられており、通る者はその都度、通行税を支払う必要がございます。不審な者はそこで足止めされて先へ進めなくなります。


 わたくしはリゼインから王都までしか移動したことがございませんが、西の砦までの道のりも東とそれほど変わらないかと存じます。距離は東から王都までよりは少し短いはずでございます。


「馬車で行くのですか? 西の砦までだと何日くらいかかるのでしょう?」


 東の辺境にあるリゼインまでだと十日ほどはかかります。西の辺境に行くのもやはり、少なくとも一週間はかかるはずです。行程を考えるとうんざりしてきます。


「馬車では行かない。時間がかかるから馬を使う。貴族の馬車なんか襲ってくれと言ってるようなものだもの。護衛の数が必要になるし、故障でもしたら余計に時間がかかる。グラウコスも貸してもらえるよう、頼んでみる。街に泊まりながらだと四日くらいかな」

「では行き帰りを考えて、わたくしが別荘に滞在する期間は二週間程度でよろしい?」


 ローラが別荘に滞在する期間を確認しました。管理人やアーヴェル家に伝える必要がございます。


「一応。もう少し早く戻る予定だけどね。戻り次第連絡するから、待機していて」

「馬で行くならわたくし自分の馬を……」

「表向き私達は別荘に遊びに行く予定だよ? 王都からクロエが乗ってくるわけにもいかないし、疑われるからやめた方がいい」

「でも、ヴァシル様の馬をそんなに長期間お借りするのは……」


 アートはにやりと笑いました。


「あの人はなにもする気ないんだから、それくらいはしてもらう。ハヤテの速さについてきてもらわないとならないし、並みの馬じゃ駄目だ。ヴァシル様には他の馬もいるから、緊急の時はそれに乗ってもらう」


 長期間乗るなら慣れた自分の馬の方が楽ですが、あのような立派な馬なら否やはございません。馬で行けることになってほっとしました。


「問題はクロエの格好だよね」

「乗馬服では駄目ですか?」

「この辺乗るならそれで問題ないけど、どこからどう見ても貴族のお嬢様でしょう? 普通、貴族のお嬢様は街道を馬で走ったりしないんじゃない? ものすごく目立つよ」


 ローラに無言で生温かい視線を向けられます。わたくしは気づかない振りでリゼインからの道中、馬で来たことは黙っておきます。


「女性が馬に乗ってると、とにかく目立つんだよ。商人の格好すれば目立たないかとも思ったんたけど、それにしては馬が立派すぎるし、裕福な商人は基本的に馬車を使うしね。あとは騎士か軍人なら女性が馬に乗っていてもおかしくはないんだけど、王立騎士団とか独立騎士団の格好は偽装できないし、ばれた時に面倒だからね」

「ファラゼイン伯爵軍の兵士の服ならわたくし、持っていますけれど」

「……なんでそんなもの持ってるの?」

「時々訓練に混じったりするので作らせたのです。兵士には見えますし、マントや盾を持たなければファラゼインとは特定しづらいと存じます」

「うーん、じゃあ、中はそれにしよう。念のため、魔法騎士団のローブも用意する。制服は特注品だから時間的に用意できないけど、ローブなら予備があるから。魔法騎士団には他の騎士団や軍に比べて女性も多いし、ただ兵士服を着てるだけよりは疑われないと思う。貴族の乗馬服よりはましじゃないかな。ヴァシル様の使いで西の砦に行くということにすれば関所も問題なく通れると思う」


 クロエに平民の真似をしろ、というのは到底無理だから、とわたくしを上から下まで見てそうアートが呟きます。

 ――そんなに貴族らしいかしら? 貴族らしくないとよく言われるのですが。

 その他細かいところを打ち合わせて、一週間後出発することにしました。





 帰りがけにアートからは招待状と同じような小さい長方形の紙を渡されました。昨日と今日使った招待状と同じつるりとした質感のしっかりした厚い紙で、裏面に紋章が描かれているところも同じでございます。表面には日付はなく、ただわたくしの名前が書かれていました。


「これはこの屋敷の門の鍵。前回のは一回限りのものだけど、これはこの先ずっと使える。これがあれば玄関先までは勝手に入ってきていい。クロエ専用のだから他の人に渡したり無くしたり、絶対にしないで」


 手を出すよう言われ、右手を差し出すとアートが細い針を取り出しました。


「人に渡すようなことはしないと思ってるけど、万が一奪われた時のことを考えてクロエ専用にさせてもらう。……悪いけど、少しだけ血をもらうよ」


 人差し指の先にごくごく細い針を当てる手がぶるぶる震えています。刺す前からぎゅっと眉根を寄せて痛そうな顔をしていて、見ているこちらの方が心配になるくらいでしたので、思わず声をかけます。


「あの、自分でやりましょうか?」


 ――刺されるこちらも怖くなりますから。

 明らかにほっとした顔で、針を渡されます。


「ごめん、助かるよ。ほんの少しでいいの。血が出た指先を裏面の紋章に当ててもらえれば」


 不思議な方です。

 本当に人を傷つけることを極度に恐れているようでございます。


「なるべくならこういうことはしたくないんだけど、クロエを認識させるためには一番手っ取り早いんだって」


 痛そうにこちらを見ているアートの前でそっと指先に針を当てます。ちくり、とした痛みと共に少しだけ血が滲みます。それを言われた通り、紋章に押し付けました。


 一瞬、ふわりと紙全体が光った後、何事もなかったように紙は落ち着きます。血を付けたはずなのに、紋章に汚れらしき汚れが見えないのも不思議でした。

 アートが用意していた布を指先にぎゅっと押し付けてくれます。血はすぐに止まり、傷跡もほとんどわからないくらいでした。ごく細い針でしたので傷という傷ではございません。


「これも魔道具だから定期的に魔力を注ぐ必要がある。手首の魔道具の魔力を補充する時に一緒にするよ。これはこの屋敷の者とアーヴェル家の者と魔法騎士団のごく一部の者しか持ってない。それ以外の人は、招待した人以外手紙の取り次ぎさえ直接はできないようになってる。ここに来る時は必ず持ってきてね」


 ずいぶん信用してくださった、ということです。少し嬉しくなると同時に、ヴァシル様がそこまで警戒されて人を避ける必要があることに、気の毒な心持ちになりました。

 どういう仕組みなのか尋ねると、アートは詳しく知らないようでした。


「この屋敷じゃ魔道具はヴァシル様にしか作れない。仕組みはよくわからないけど、それを門に翳すと呼び鈴みたいのが鳴って来客がわかるようになってるの。それで裏門を開けて馬車を入れて、庭を通る間に玄関に迎えに行くようになってる」


 それで、門番もいないのにすぐに知らせが行ったのでしょう。

 なるほど、と頷いて、もらった鍵を大切にしまいました。

(素朴な疑問)


クロエ→「げんじょうふざいしょうめい……とかよくぽんぽん出てきますね」

アート→「アリバイ工作は綿密にしないと!」

ローラ→「なんでそんなに楽しそうなの……」


◇◇◇


たぶんアートはミステリー小説好きです。


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