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2.いざ、王都へ!

 馬を全速力で駆け通しにすれば王都まで三日ほどですが、馬車の旅では十日ほどかかります。

 ぱかぱか揺られる車内で酔いながら、既にうんざりしています。よっぽど自分で騎乗する方がましです。三日目にして、明日からはもう騎乗して王都に向かうのだと密かに決意しました。だからといって、王都が待ち遠しいわけではありません。


 正直申し上げると、わたくしはヴァシル様が苦手なのです。お会いしたのは数回ですが、どれも印象が良くありません。

 あの気難しく冷たい印象の男性を籠絡せよと言われても、まったくその気になりません。


 あのディリエ様――そう、なにを隠そうわたくしの初恋のお兄様――の従兄弟とは思えない冷たさといったら。穏やかなディリエお兄様の、爪の垢でも煎じて飲めばいいのですわ。しかも女と見れば虫けらでも見るように冷たい目をされるのです。きっと目の前で服を脱ごうが、まったく心動かされないに違いありません。どう誘惑せよとおっしゃるのでしょう。


 考えれば考えるほど、溜め息しかでません。


 百歩譲ってあの方がウィレンティアを守れるほどの力をお持ちなら、勝手に守っていただけばいいのです。ウィレンティアが守られれば、必然リゼインも守られるではありませんか。武力でご助力するのはやぶさかではありませんが、色仕掛けで自分だけ守られるのは卑怯でもあります。


 ――わたくしもファラゼイン一族の娘、必要とあらば馬に乗り剣を取って戦うことも厭いません。むしろ、その方が性に合っています。

 わたくしはそこで、妙案を思いつきました。


 ――いっそ、自分でさっさと相手を見つけてしまえばよいのではないかしら?


 婿に入ることに問題がなく、家格も合う方と既成事実を作ってしまえばお父様も否とはおっしゃれないはずです。ただ、そんな都合の良い方、いらっしゃるかしら?

 お父様が聞いたら卒倒しそうなことを、この時わたくしは本気で考えていたのです。三日も馬車に閉じ込められた欲求不満が思考能力を低下させたに違いありません。





 翌日、侍女が起こしに来る前に乗馬服に身を包み、騎乗して一路、王都に向けて走り出しました。ファラゼイン伯爵令嬢たるもの、常に身近に乗馬服は置き、最低限の糧食と水、身の回りのものを小さく纏めた軽い荷物と財布は手元にあります。敵に襲われた時、ひとりでも数日過ごせる準備は欠かせません。鞍の付け方も小さな頃から叩き込まれてひとりでも乗馬の準備はできますし、愛馬も必ず連れてきています。


「お嬢様!?」


 気づいた侍女や従者達の声はあっという間に後ろに飛び去ります。


「先に行って待っています! あなた達は後からゆっくりお越しなさい!」


 わたくしは後ろに向かって叫ぶと、笑顔で朝靄の中に飛び込みます。なんて気持ち良いのかしら! やっぱり乗馬は朝早くが一番ですわ。


 結局、次の街で追いついたのはお父様だけでした。


「おま、お前は馬鹿なのか!? 年頃の貴族の娘がひとりで飛び出すなど、正気か!?」


 ぜえせえと息を切らしながら、お父様は怒鳴りました。この程度で息を切らしているようでは、戦場でお役に立てないのではないのかしら。


「お父様も息を切らすなど、お年を召しましたわね。わたくし、その辺の破落戸に負けるつもりはございませんわよ。ファラゼイン伯爵令嬢たるもの、有事には剣を取って戦えと教えたのはお父様ではございませんか」

「今は有事ではない! お前など、嫁に出せるか! だから婿を取ると言っておるのだ!」


 まあ、失礼な。ただの親馬鹿ではなかったのですね。


「黙っておればそれなりに見えるものを……」


 お父様は大きく溜め息を吐いて、頭を抱えました。早くも現実が見えてこられたようですね。よい兆候です。


「さあ、お父様、先を急ぎましょう! いざ、王都へ!」


 婿探し、頑張りますわ!





「ねぇ、ひとりで馬で王都に乗り込んだって聞いたけど、まさか本当じゃないわよね?」


 王都に戻って数日後、友人のマリヌ・ローラ・ファン・アーヴェル嬢がお茶会にやってきて開口一番そう言いました。


「ローラ、久しぶりに会った友人に対して、挨拶もなしとはずいぶんではなくて?」


 ローラににこりと笑いかけると、ローラもにこりと微笑み返します。


「質問に答えないとは、本当のことなのね。正気とは思えないわ」

「あら、ひとりではなくてよ。お父様も一緒でした」

「……馬車で来ない時点で普通ではないわよ」

「あなたもたまには乗馬でもしては? 清々しくてよ」


 うふふ、と笑いかけるとローラは呆れたように苦笑しました。


「相変わらずね、クロエ」


 マリヌ・ローラは勝手知ったるお隣の、アーヴェル伯爵のご令嬢。初恋のお相手、ディリエお兄様の妹で同い年の十六歳。同じ伯爵令嬢でもあるし、子どもの頃から知っている親友でございます。

 貴族のご令嬢方にはどうも気の合う方がなかなかいらっしゃらず、王都でお友達といえばまず一番はローラなのです。

 わたくしはお茶とお菓子を勧めながら、今回王都に戻った理由を友に嘆きました。ローラは、ヴァシル様を婿に、というところでなんとも言えない表情になりました。


「……難しいのではないかしら? あなたに色仕掛けができるとは思えないし、だいたいヴァシル様が結婚するとも思えないし」


 ヴァシル様の母君はアーヴェル家から王族へと嫁がれました。ローラはヴァシル様の従兄妹に当たります。わたくしよりも従兄弟であるヴァシル様のことをよく知っているはずです。


「そうでしょう? あの方、男色ではなかったかしら? 女性に一切興味ないわよね?」


 ずいぶんあけすけな物言いではごさいますが、気の置けない友との他愛ないおしゃべりです。どうぞご容赦ください。

 ヴァシル様には実際、そんな噂もあるのです。今は大公殿下の離宮にお住まいですが、屋敷には男性の使用人以外、侍女のひとりも置いていないようでした。

 社交界には滅多にお顔を出されませんし、出ても女性に甘い笑顔のひとつも見せたことはございませんから、あまりに憧れる女性達の間では憎らしさもあってそのように噂されているのです。


「……あら、そんなことなかったと思うわよ。昔、恋された女性もいたようですし、最近は女性の弟子を取ったり、侍女を置いたりされてるようだから」


 まあ!? すっかり女嫌いだと思っていました。


「あら、わたくし、昔、ずいぶん冷たくされたような……」

「それはあなたがディリエ兄様にべったりで、ヴァシル様に敵意むき出しだったからでしょう?」


 そ、そうだったかしら?


「ヴァシル様、決して悪い方ではないのだけど……、父君である大公殿下の第一夫人のことでだいぶご苦労されたから女性不信なところはあるわね。あとあの容姿でしょう? 少しでも優しくすると勘違いしてのぼせ上がる令嬢があとをたたなくてうんざりされてたわ。ご自身が第三子ですし、爵位はあっても一代きりで、領地という領地も持たない公爵であることもよく理解されてて、ご結婚は最初から望まれてないと思うわ」

「そうなの? 知らなかったわ……」

「あなたねえ……。ヴァシル様のこと誤解しているようだけど、そうではないのよ。昔から事情を説明しようとしても聞きもしなかったのだから。いいこと? この機会によくお聞きなさい」


 それからローラはヴァシル様のご様子を色々教えてくれました。流石は従姉妹でございます。





 なんでも、大公殿下の第二夫人の子息であるヴァシル様は第一夫人に疎まれ様々な嫌がらせを受けて育たれたそうでございます。また、王位継承権もお持ちの王族であられたのに、父君の王位争いのせいで王宮を追われ、潔白を表明するために自ら騎士団に入団された経緯もございます。まだ十代の前半でめまぐるしく境遇が変化されたのです。


 女性に対する素っ気なさにしても、生い立ちからの女性不信と隙あらば近づこうとする面倒な女性達に対する牽制の意味もあったようです。……わたくしに対する態度はもう少し意味が違うように思いましたけれど。


 なるほど、子どもの頃はそのようなご事情もよく存じ上げず、わずかな印象でずいぶん誤解していたことがわかりました。聞けば聞くほど、お可哀想なご境遇です。つい同情してしまい、心の中ではヴァシル様にご助力したい思いでいっぱいになってしまいました。


 アーヴェル家は伯爵家ながら王家に縁深い間柄で、そのご縁でヴァシル様の母君はアーヴェル家から嫁がれたのでございます。特にディリエお兄様とヴァシル様は年が離れた従兄弟ながら親友のような仲のいい兄弟のような関係でございます。アーヴェル家は誰よりもヴァシル様のご事情を把握されてますし、常に味方なのです。


 ただ、同情と結婚は別問題です。


「そういうことなら、やっぱり他に結婚相手を探す方が手っ取り早いわね。どなたかいい方知らないかしら?」


 わたくしより王都の事情に詳しいローラならちょうど良いお方を紹介してくれるのでは、と期待すると、それならとローラは手を合わせました。


「うちの兄様はどう?」

「え!? でもディリエお兄様はご結婚されてたわよね? もしかして離婚された!?」

「いやねぇ、しないわよ離婚なんて。あなた、本当にディリエ兄様しか眼中にないのだから……。ほら、いるでしょう? 年頃も近くて、五男だから婿養子にも出せる、ちょうどいいのが」

「あぁ……」


 確かに条件だけならこれ以上ないくらい良いお相手ではあります。お父様もアーヴェル家には一目置いていますし、実現するなら否とはおっしゃい難いでしょう。


「そうねぇ……」


 あっという間に興味が失せたわたくしのあからさまな態度に流石のローラも苦笑します。


「あれでも結構もてるのよ。騎士団所属で剣術も申し分ないし、この辺で手を打っておきなさいな。幼馴染みで気心も知れているし、王都に馬で乗り付けるような伯爵令嬢を相手にするような方が他にいらっしゃると思って?」


 ローラの物言いも大概だとは存じます。


「うーん……、どうかしらねぇ……」


 ヴァシル様より気が進まない相手です。こちらの手の内を知り尽くされているという点ではヴァシル様以上に色仕掛けは通用しないし、そもそもわたくしの好みではないのです。


「よーく見ればディリエ兄様に似てないこともないし。今屋敷に戻って来てるから明日にでもこちらに挨拶に寄越すわ。とりあえず会って久しぶりにお話でもしなさいな」


 そうして翌日、わたくしの幼馴染み、ローラのすぐ上の兄が我が家を訪ねることとなったのでした。

 

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