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閑話 王の沙汰

 イエーレ・ファンデルーは通達に目を通し、僅かに眉を寄せた。

 なるべく表情が変わらないよう咄嗟に抑えたが、内心「これほどの処分か」という思いがつい現れてしまった。



『デスメト侯爵並びに侯爵夫人の処刑は三日後とする。

 一族郎党余す者なくすべて捕らえ、詮議の後、罪に応じて処分を言い渡す。

 侯爵軍に関しても引き続き反乱等起こさぬよう監視すると共に、縮小解散の目処を早急に立てるよう申しつける。

 領地は当分の間直轄地とし、派遣する者に関しては随時追って沙汰する。

 王立騎士団については、捜査尋問の手を緩めぬよう、重ねて厳命する』



 舞踏会の翌日、徹夜で事後処理に当たり、ようやく午後交代で仮眠を取った。

 起きて招集を受けた夕方、保留されていた王の沙汰が下った。

 異例の速さだった。

 

 ――三日後、とは。


 もちろん、一週間前には既に決まっていた処分ではあるが、実行までは通常もっとかかるはずだった。それを、昨日の事件の処理も終わらないうちに、王直々の沙汰が下ったのだ。臣下の責は領主の責とはいえ王族に直接刃を向けたわけでもなく、侯爵夫妻の違法薬物売買だけでは、本来処刑に至るほどではなかったはずだ。侯爵夫妻拘束後の事件は侯爵の指示とされ、また王宮主催の行事を騒がせたことが不敬罪にあたるとの判断のようだ。

 イエーレは王立騎士団の末端騎士であるから、上がどのような情報に基づきその処断に至ったかの経緯はわからない。イエーレの知らない他の罪状や王族を脅かすなんらかの計画があったのかもしれない。もしくは以後同様の事件が起きることに対する見せしめか。

 ただ印象としては、苛烈な処分と言えた。王は相当お怒りのようだ。

 国民向けに書かれた同様の内容の触れが、数刻も経たない後に王都の住民にも通達されるそうだった。


 イエーレは同僚に気づかれないよう、小さく溜め息を吐く。

 今後しばらく仕事に忙殺されることがうんざりであり、侯爵一族に下される処分を思うと胸が重い。

 罪を犯していたのは侯爵夫妻であるのだから、致し方ないこととはいえ、処刑されるよう仕向けたのが自分だと思うとやはり、やりきれない思いに囚われた。


 計略は思った以上に上手く働き、侯爵夫妻が速やかに捕らえられたことまでは順当だった。ただ二度に渡るその後の襲撃に関しては後手に回ってしまった。

 結果として王家と王立騎士団の面子を潰される形となった。

 だからこその、迅速苛烈な沙汰であったのだろう。

 

 イエーレの隊は侯爵夫妻を捕らえた功績により、その後の失態は不問に処された。隊長は異動を申し付けられたが、一応は栄転という形になっている。この辺りの処分を翌日一気に行うことも相当異例と言えた。

 槍試合や舞踏会の会場警備計画を立てたのはそれぞれ別の隊だった。その隊は隊長が降格、隊員も身分に応じて減給が申し付けられている。イエーレはひとまずそれらの処分からは免れた。貴重な情報提供者として、多少の昇格さえあった。


 ――危ういな、と思う。


 侯爵夫妻の罪に関しては、バルトルトを通じてさる人から得たものだった。功を焦る上司を上手く焚き付け、自ら潜入する形となって罠を仕掛けた。

 だがこれが侯爵臣下が起こした襲撃へとつながり、結果としては王家や王立騎士団の威光に傷をつけることとなったのだ。


 ――このような、間諜のような真似は、危うい。


 今回はたまたま自身に累が及ばない形が取れた。しかし、王立騎士団内での大規模な処分に巻き込まれたりしていたら、ただでさえ立場の悪い実家に迷惑がかかるところだった。


 今回のようなやり方が危ういことはわかっていた。

 必要なことではあったから実行した。

 

 ――国を守るためとあらば。


 だが、王立騎士団に所属したまま、いつまでそれを続けられるものか、と思う。

 

 いっそ、ファラゼインの婿に収まってしまう方が楽なのでは、と苦笑が漏れる。

 ファラゼインの身内になってしまえば、今のように窮屈な形でややこしい手を使うことなく、大手を振って国の防衛ができる。東の辺境を守る、ひいてはそれが国を守る、という単純明快な仕事に専念できるのだ。

 親友のために、クロエに手を出すことだけはすまい、と誓ってはいるが、いっそその誓いを破ってしまう方がどれだけ楽だったか。


 ――美人は好きだからな。すべての女性は皆、美しい。


 イエーレの、無意識のうちに口から零れている女性賛美は本物だった。それに嘘をついたことはない。イエーレにとって女性はあまねく美しく、また可愛い子猫だった。

 罠に嵌めた子猫を思うと、少しだけ胸が痛んだ。


 王立騎士団内にいてその動向を探る者は必要だ。

 貴族で固められた王立騎士団は、だいぶ腐っている。敵に簡単に情報が漏れていた。内部に裏切り者がいるに違いないことはわかった。

 その動向を探る役が、イエーレなのだ。

 たぶん、イエーレには向いている仕事だった。口先で、人を動かすことに天分というものがある。

 

 ――実家のために。


 領地に引っ込んだままの家族のことを思う。


 ――上手く、やらねば。周囲に気づかれないよう。


 イエーレは大きく息を吸うと、気を引き締めて、割り当てられた仕事に向かう。

 もうしばらくは今回のように面倒なことはやりたくない。

 

 とりあえず、一連の事件は昨日をもって終結した。

 侯爵夫妻は捕まり、暴走した臣下もすべて死ぬか捕らえるかされた。


 イエーレの仕事は、後は事後処理のみである。

 王立騎士団が侯爵領へ大量に投入されているため、王都に残る隊は必然仕事量が増える。

 その仕事量にはうんざりするしかないが、同時に仕事に忙殺されれば、自らの罪悪感に囚われなくてもすむ、と感じた。


 ――その方が、いい。


 女性に会っている暇もないことが、残念でしかないな、とイエーレは軽く笑った。

次話からまた本編に戻ります。

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