22.舞踏会の終わり
「なんだ、これは? お前が拘束したのか?」
しばらくして魔法騎士を連れたヴァシル様がバリィと共にやってきました。足元に転がる黒い蓑虫を驚いたように見て、アートの側に跪きました。
ヴァシル様の姿を認めるとアートが両の拳を振り上げます。
「クロエに盾を反転させろって言われてやった。ヴァシル様の馬鹿……! もう舞踏会なんて絶対来ないんだから!」
振り上げた細腕を難なく捉えられ、両手をぶらんと上げた状態にされたアートは頬を膨らませて目に涙を滲ませています。
「こ、怖かったんだからっ……! 私、実戦向きじゃないのに! ヴァシル様が遅いせいで!」
怒っているアートの腕を下ろすと、ヴァシル様は少しだけ困ったように黒髪をぽんぽんと叩きます。
「大体、このお嬢様、ひどいよ! 全然人の言うこと聞かないし! あんまり深く物事を考えてないよ! 行き当たりばったり! 飛び道具でもない武器投げるとか、下策でしょ!? なんだ、あれ!? 死ぬかと思った……!」
そのままヴァシル様の胸にぎゅぅっと抱きつきます。
ヴァシル様は胸元に抱きついている艶やかな黒髪を優しく撫でると、すまなかったな、と謝っています。すると突然アートがくてっと静かになり、「くーっ」という寝息が漏れました。
――え、寝てます!?
あっけに取られるわたくしに構わず、ヴァシル様はアートを抱き上げ、立ち上がりました。
「悪いが後始末は騎士団でやってくれ。私は屋敷に戻る。――クロエ、訊いておきたいことがある。改めて招待状を送るから、後日メディシュラムの離宮に来るように」
「はい」
そのまま立ち去ろうとするヴァシル様をバリィが引き止めました。
「お待ちください、ヴァシル様。クロエに癒やしをかけてくださいませんか?」
バリィがわたくしの首辺りを示しながらお願いしてくれます。男の魔力に絞められたところが痣になっていたようです。バリィは自分の怪我より余程痛そうな顔をしています。
「……ああ、そうか」
ヴァシル様がわたくしの元に戻り、アートをバリィに一度預けると、わたくしの首元に軽く触れました。短くなにか唱えると、触れた所からふわりと温かいものが広がり、首だけでなく足首や気づかずに打ち身になっていたところや細かな擦り傷などの痛みも消えていきます。
「他にはないか?」
「ございません。ありがとう存じます」
ヴァシル様は頷くとアートをバリィから受け取り、立ち去られました。
大広間に向かいながら、わたくしはバリィに尋ねました。
「ローラは無事?」
「ああ、ヴァシル様のお側にいたからな。こちらの被害はほとんどない。流石に会場全体とはいかなかったから怪我人が多数出ているがな。……魔法騎士で癒やしができるものが総出で対応しているから問題ないだろう」
ローラはアーヴェル家の馬車で先に帰したそうでございます。
わたくしの頼みで会場に来てくれていただけに、無事だと聞いてほっといたします。
硝子が散らばったり、怪我人の血で汚れたりして、壮麗だった大広間はひどい状態になっていました。会場でお父様を捜すと、バリィがすぐに見つけてきてくれました。
「クロエ、大事ないか?」
「ええ」
お父様は声を潜めて囁きます。
「お前はすぐに帰れ。なにか聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通すのだぞ。追及されても敵わん」
わたくしが驚いてお父様を見返すと、厳しい表情で頷きます。大方のことはご存知のようでございました。
「バルトルト、すまぬが送り届けてはくれぬか? その後はアーヴェルまで馬車を使ってくれて構わぬから」
「はい」
「クロエ、儂は事後処理と緊急会議がある。遅くなるから家の者に伝えておけ。バルトルトを送り届けたら馬車はこちらに戻すように。……寄り道をせずさっさと家に帰るのだぞ」
帰ったらいろいろ聞くことがある、と低く念を押されてわたくしは内心ヒヤリとしながら微笑んで頷きました。
「お父様もお気をつけて」
お仕事に向かわれるお父様を見送って、バリィとファラゼインの馬車で帰ることになりました。
会場の後始末や事情聴取などは王立騎士団と魔法騎士団で受け持つそうでございます。ディリエお兄様は団長の名代ということもあって会議に出席を求められているそうですが、同伴で来ていたバリィはエリスタル騎士団としての仕事は特にないようでした。
馬車の中はふたりきりでございました。バリィは外を見て口を開かず、馬車の中の沈黙が息苦しいくらいです。
黙って向かい合って座っていると、バリィの破れて血に染まった袖に目が行きます。アートの巻いた布は外され、破れ目からは肌が見えました。
「……あの、バリィ。怪我は大丈夫?」
「ああ。ヴァシル様に治していただいた」
問いかけには答えてくれました。バリィはやっとこちらを見ると、すぐに目を伏せます。
「……せっかくのドレスが台無しだな」
バリィの血がついて汚れてしまったところに目を留めて気になったようです。魔法使いの男に引きずられて汚れたり破れたりしたところもあり、バリィのせいだけとは言えません。無惨な状態ではありますが命が無事なのですから良しとします。
「ドレスなどいいのです。助けてくださって、ありがとう」
「いや、結局俺はなにもできていない。……怖い思いをさせてすまなかった」
バリィが追いかけた敵は魔法使いの使い魔だったようです。王立騎士団と追い詰めると自ら命を絶ったそうでございます。後に残ったのは蛇の死骸だけだったそうです。
あとふたり、侯爵軍の者が紛れていたけれど、そちらも王立騎士団に拘束されたそうで、とりあえずデスメト侯爵に関連する者はすべて捕らえたようでございました。
ひと通りのことを説明されると馬車の中にまた沈黙が落ちます。
「……バリィ、いつ発つの?」
「……明日だ」
「明日……、そう」
バリィは最後まで視線を合わせてはくれませんでした。わたくしは溜め息を吐いてから、一度目を閉じ、ゆっくりと開いて真っ直ぐバリィを見ました。
「……道中、お気をつけて」
できる限り優雅に、貴族の令嬢らしく微笑みました。
翌日は朝早くから起きて手紙をしたため、エリスタル騎士団の支部へ届けてもらいました。バリィ宛てとクラウディウス様宛ての二通でございます。クラウディウス様にははっきりと求婚されましたのでお断りの旨を、バリィに対しては紹介してくださった三人に結婚のお話はお断りすること、便宜を図ってくださったことに対するお礼を書きました。
「朝早く発たれたそうでして、直接お渡しできませんでした」
ディリエお兄様はまだいらして、数日後に砦へ戻られるということで、手紙を預かってくださったそうです。それなら時間はかかりますが、確実にクラウディウス様とバリィの元に届くでしょう。
「そう、……それで結構よ。御苦労でしたわね、ありがとう」
使いに出した者を労いました。
その日の夕刻には王都に国王陛下直々のお沙汰が下りました。
侯爵夫妻や一連の襲撃事件に関与した者がすべて捕らえられたこと、細かな罪状や処分などについてのお触れが出ました。
一応は、事件の首謀者はすべて捕らえられ、事件は終わったこととなったのです。お父様が言い渡したわたくしの外出禁止令も解除され、とりあえずは自由に出歩けるようになったのでございました。
お触れが出るのと同じ頃、執事がヴァシル様からの招待状を届けてくれました。昨日の今日で、ずいぶんと性急なことでございます。
招待状はヴァシル様のお住まい、メディシュラムの離宮へ招待する旨が書かれていました。わたくしひとりで来るようにとございましたので、お父様と共にではなく指定された日にわたくしだけで伺うことになりました。
ひとまず舞踏会はここまで。
次話、王立騎士団騎士イエーレの、ひとりごと多めの閑話が入ります。




