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18.舞踏会(2)

 年の頃はわたくしよりもひとつふたつ下でしょうか。小柄でほっそりとした、まだ少女といっても良いくらいの方でございます。艶々とした真っ直ぐの黒髪に抜けるような白い肌、けぶるような長い睫毛と、それに囲まれた深い黒曜石のような大きな瞳、白い肌に映える赤い唇。東方の血が混じったような神秘的な雰囲気で、どうやっても目を引かずにはいられない方です。


 ――可憐というのはこういう方のことを言うのよ……!


 美しいだけならもっと美しい方はいくらでもいらっしゃるでしょうが、こんなに不思議と目が離せない方は初めてです。その不思議さがどうしてなのか、説明するのが難しいのですが。


 ――異質?


 そう、どこかこの世の方ではないような不思議な異質さがあるのです。

 ヴァシル様のご衣装に合わせたようにすっきりとした深い濃紺のドレスは光沢があって美しく、白い肌によくお似合いでございます。細い腰に結ばれたゆったりとした長さの白銀の帯は淡い金糸で刺繍がされ、動く度にふわりと揺れてドレスを華やかに引き立てます。

 この方をヴァシル様が選ばれたのだとしたら、わたくしなど目に入らないことは確実です。

 ――残念でしたわね、お父様。この方を差し置いてヴァシル様の視界に入ることさえ難しいでしょうよ。


「紹介するよ、クロエ。ファンダイク伯爵令嬢のアートゥラ・ファンダイク嬢だ。――アートゥラ、こちらはファラゼイン伯爵令嬢のクロエ・サルマ・ファラゼイン嬢だ」

「ああ、この方が……。はじめまして、ファラゼイン様」


 アートゥラ様は黒い瞳をくるりと見開いてわたくしを見ると、にこりと微笑んで軽く膝を折って会釈なさいます。僅かな動作ですが、羽のように軽いその動きに目を奪われます。こちらを見る瞳は好奇心旺盛で――なんというか、猫のような印象の方です。


「あなたのお噂はヴァシル様やディリエ様から伺っていました。お会いできるのを楽しみにしていました」


 はきはきとおっしゃる口調は可憐な容姿とは裏腹に、男性のようにあっさりしたものでございました。伯爵令嬢というには気軽なような気もします。

 どことなく、語尾に少し不思議な響きを感じました。東方の方の訛りのような。王都風ではないかもしれませんが、それもわたくしにとっては可愛らしく感じられ、東方の血が混じったような風貌に、よく合っているような気もしました。


 ――ダイクって、どこだったかしら……?


 ダイクという領地名を必死に思い出そうとしますが、さっぱり思い出せません。ファンがつく伯爵家なら古い家柄でしょうから、わかりそうなものなのですが。「ファン」あるいは「ファ」には古い言葉で「~の」という意味がございます。ファンに続くのは領地の名のことが多いのです。建国の頃からある伯爵家以上の家に多い家名でございます。貴族に疎いわたくしでも、流石にファンがつく伯爵家なら聞いたことくらいはあるはずなのですが、聞き覚えがございませんでした。

 わたくしの様子にローラがこっそり頭を抱えているのがわかります。視線で早く挨拶しろ、と促されて慌ててわたくしも軽く会釈します。


「初めましてファンダイク様。クロエ・サルマ・ファラゼインと申します。どうぞよろしく」


 つられて軽い口調になってしまいますが、この場で咎められる方はいらっしゃいません。


「あまり喋るな。ボロが出るぞ」


 背後で突然響いた声に驚いて振り返ると、ヴァシル様が立っていらっしゃいました。一瞬、わたくしの口調を咎められたのかと、どきりとしますが、その視線はわたくしを通り越してアートゥラ様に注がれていました。


「大丈夫ですよ、心配しなくてもちゃんとできますよ。ディリエ様にも褒められたもん!」


 ぷっくりと頬を膨らませて不満げにするアートゥラ様の両頬をヴァシル様は一切の躊躇いもなく片手で摘み、尖らせたアートゥラ様の唇からはぷすっと空気が漏れます。

 ヴァシル様はにやりと笑われて、少しお顔を寄せられます。

 わたくし達のさらに背後から多くの女性達の抑えた悲鳴に似た声が上がりました。

 角度に依っては口づけしたようにも見えたのかもしれません。――実際にはされていませんが。


「このような顔をするところが駄目なのだ」

「は、はなゃひて!」


 真っ赤になってヴァシル様の右手に手をかけてアートゥラ様が頬から外しました。その時初めて、ヴァシル様の右中指に嵌められた指輪とアートゥラ様の右中指に嵌められた指輪がよく似ていることに気づきました。さらに、おふたりとも左手首にも似た腕輪をされています。


 ――お揃いの物をつけられているなんて。


 するりと、ヴァシル様がアートゥラ様の横に並びます。その仕草が自然で、おふたりの仲がよろしいのがわかりました。

 わたくしなどはただ驚いて見ているだけですが、どうやらアーヴェル家の方々には慣れた光景のようです。ディリエお兄様など、微笑ましいものを眺めるようにふたりを見つめています。


 ふとヴァシル様がわたくしに初めて視線を止めました。その視線にディリエお兄様が思い出したようにわたくしの背に手を伸ばします。

 そっと押し出すようにヴァシル様にわたくしを紹介してくださいます。


「ヴァシル、覚えているだろう? ファラゼイン家のご令嬢のクロエだよ。紹介してくれと頼まれていたのだった」

「――覚えている。あまり変わらんな? 私に対する敵意は消えたようだが」


 ふん、と面白くなさそうに呟いて上から下までわたくしを眺めます。

 ――ああ、わかっていたことながら、わたくしの印象最悪でございます……! そして、ヴァシル様の冷たい視線……!


「――話は聞いている。気をつけてはいるが、相手がわからない以上、こちらもどうにもできん。せいぜい目立ってみろ。敵も動くかもしれん。……どういう結果になるかは保証できんがな。悪いが、こちらも少しやることがある。私達が近くにいない時はなるべくアーヴェルか騎士団の者から離れるなよ」

「私達?」

「私とアートゥラだ」


 ヴァシル様はご自分とアートゥラ様をまるでひと組だと主張するかのようにおっしゃいました。

 ずっと離れず一緒にいたいという、恋人自慢かしら?


「はぁ……」

「とりあえず、一曲踊ってくる。そなたの父親のせいでやらないでもいいことをやらなくてはならなくなったではないか。この借りはいつかそなたに返してもらうからな」

「え、あのぅ、おっしゃっていることがさっばりわからないのですが……」


 問い返すわたくしを無視して、ヴァシル様はアートゥラ様に手を差し伸べます。その手を取っておふたりは中央まで進み、曲に合わせて踊り出しました。

 ヴァシル様はアートゥラ様を見つめる時だけ、楽しそうにお笑いになります。そんな上機嫌なヴァシル様を誰も拝見したことがなくて、会場にいらっしゃる誰もが唖然としてその光景を眺めることになりました。

 目立てとおっしゃいますが、あれ以上目立つのは至難の技でございましょう。

 わたくしはこっそりローラに近づき、小声で尋ねます。


「ねぇ、ローラ。ファンダイク卿ってどなただったかしら? ダイクってどちら?」

 ローラは軽く溜め息を吐きつつ、教えてくれます。


「ファンダイク卿は御年九十八歳。体調を理由に表舞台から退かれて三十年以上経つわ。今活躍されている方さえわからないあなたが知らないのは無理もないことね」

「きゅうじゅうはち……?」


 人というのはそんなに長生きできるものでしょうか。先の大戦も経験し、生きていらした頃のアウレア・ルプス王を直にご覧になったことがある方、ということになります。


「ダイクはアーヴェルのすぐ近くよ。伯爵家にしては大きくない所領で、継ぐ者がいらっしゃらなかったのでアーヴェルでお預かりしていたの」

「お子様というにはお年が離れすぎていらっしゃるような……」

「実際には曾孫ね。最近見つかって養女にされたのよ」

「見つかって……?」

「――もともとはご子息が平民の使用人に手を出して産ませた子どもを、ファンダイク卿が無用な後継者争いを嫌って屋敷から出されていたようね。ところが後継者争いどころか血縁が死に絶えて、ファンダイク家は継ぐ者がいなくなった。ファンダイク卿も所領を畳むつもりで我が家に預けられていたのだけれど、最近曾孫が見つかり養女として迎えた。アートゥラ様自身、身寄りは他にないそうよ」


 そんな物語のようなお話、あるでしょうか?


「その方がどうしてヴァシル様と? なぜもっと早く教えてくれなかったの、ふたりとも?」

「わたくし達もつい最近知ったばかりなので詳しくはわからないのよ。知ってからも今日まで口止めされていたし。ファンダイク卿に所領をどうすべきか相談されたうちの者がヴァシル様にご相談したご縁で、ということらしいけれど。――ダイクの所領はヴァシル様が肩代わりして買い戻されたのよ」

「え、そこまでされているの?」

「そこまでの魅力が彼女にあるのでしょうね。アートゥラ様はダイクではなく今、ヴァシル様のお屋敷にお住まいで、そこで淑女教育をされているそうよ」


 わたくしは言葉を失います。

 ――つまり、一緒に住まれていらっしゃるということ?


「ヴァシル様はアートゥラ様を奥方に迎えるつもり、ということ? アートゥラ様が伯爵を継ぐのであれば、ヴァシル様が婿入りされるということ?」


 それは、お父様が考えていらっしゃった筋書き通りとなります。伯爵家に元王族の公爵様が婿入りする、という有り得ない筋書きでございます。――相手がわたくしではありませんが。


「婿入りされるかどうかは知らないけれど。ご婚約されるつもりではあるようね」

「まぁ……、本当にそんな物語みたいなお話あるのね」


 ――恋は人を変えるのですね。あの、誰にも興味がないようなヴァシル様がそこまで執着されるなんて。


「おふたりがお幸せになれるといいわねぇ」


 思わず漏れた言葉に、ローラとバリィが顔を見合わせます。


「そなた、本気でそう言っているのか?」

「当たり前でしょう? どうして?」


 ローラから聞いたヴァシル様のご境遇を思い出すにつけ、愛する方を見つけられたのなら、ぜひお幸せになっていただきたいとわたくしも思うのです。


「そなたが紹介しろとうるさく言うから、仕方なく今日だって兄上に頼んでわざわざお会いできるよう調整してもらったのではないか」

「あっ……、そうでした。ご、ごめんなさい、バリィ。いろいろと手間を取らせて。夜勤を調整してくださったのでしょう?」

「いや……、それはいいのだが。そなた、ヴァシル様のことはもういいのか?」


 もちろんです。そもそもヴァシル様との結婚など望んでいません。どうお断りするか苦慮していたくらいですから。今回のことだって、お父様の手前、計画したに過ぎないのです。

 ヴァシル様にお相手がいらっしゃることを知っていたら、バリィにお友達を紹介してもらうこともなかったのに。そうすれば、こんなややこしいことに巻き込まれずにすんだのに、と少々腹立たしくも思えてきます。


「もうお相手がいらっしゃるのではどうしようもないではないですか。ふたりももっと早く教えてくだされば良かったのに。――お父様には早々に諦めていただきます。わたくしは全力でおふたりを応援いたしますわ」


 ローラとバリィは頭を抱えて溜め息を吐き、ディリエお兄様は横で吹き出して肩を震わせていらっしゃいます。

 ――今、笑うところですか?

 なにが可笑しかったのかわからず首を傾げていると、別の声が響きました。


「では、私の恋も応援してくださいますか?」

「クラウディウス様、ロジェ様……! ご機嫌よう」


 今日は鎧姿ではなく、貴族らしいご衣装でお越しのクラウディウス様が、同じく官吏服ではない貴族の令息然としたロジェ様と共にいらっしゃいました。


「ロジェ様、先日は守っていただきありがとう存じます。本来ならばお目にかかってお礼をいたしますところ、ご無礼いたしました」


 膝を折って挨拶し、わたくしはおふたりにとびきりの笑顔を見せます。


「わたくし、もちろんおふたりの恋も全力応援いたしますわよ。どなたにか恋をなさっていて?」


 クラウディウス様とロジェ様が、わたくしの前にすっと手を差し伸べられました。


「この間の槍試合、お忘れですか? あなたに勝利をささげたでしょう。さあ、今そのお答えを」

「抜け駆けはしない約束ではないか。クロエ嬢、先日のお話考えていただけましたか? なかなか王城へいらっしゃらないので残念に思っていたのですよ。この機会に親交を深めませんか」

「どちらの手をお取りになるか? 恋を応援するというなら、あなたに恋をしている私こそ応援してください」


 さあ、一曲踊ってください、と声を揃えておっしゃるおふたりは、だんだんと周囲から注目を浴びてきています。


 おふたりはバリィかイエーレ様から今日の計画を聞いていらっしゃるのでしょう。目立つための芝居だとはわかっていますが、どう対応すべきか困ってしまい、バリィの方をそっと窺い見ました。わたくしと目が合ったバリィはふいっと視線を逸らしました。


 わたくしは再び先日のことを思い出し、なんだか急に悔しく、そして悲しくなってきました。

 ――バリィはわたくしが誰と踊ってもいいというのでしょうか? ……わたくしに口づけしたくせに。

「俺を振り回すな」と言ったバリィの声を思い出して苦しくなります。それを振り切るように、わたくしは片方の手を取りました。


「――お友達に、ということでよろしかったのですよね? それならば一曲お願いいたします」

「喜んで」


 やけになって掴んだ手はロジェ様のものでごさいます。驚いたようにそれをご覧になるクラウディウス様に、わたくしは微笑みかけました。


「クラウディウス様もお友達ということでよろしければ、この後ぜひ一曲踊ってくださいな」

「約束ですよ、必ず一曲で戻ってください」

「ええ、お待ちになっていて」


 ロジェ様に手を引かれて中央の方へ向かいます。ちょうど次の曲が終わるところで、入れ代わるように一曲踊り終えたヴァシル様とアートゥラ様が仲睦まじそうに腕を組んでディリエお兄様の方へ向かって行きます。

 すれ違い様にヴァシル様が小さくお声をかけてくださいました。


「せいぜい目立てよ」


 その横でアートゥラ様がにこりと笑って可愛らしくほっそりとした手を振ってくださいます。おふたりの踊りは軽やかで上手で、とても目立っていました。――あれ以上目立つのは無理にございます。そう考えていましたが、幾人かこちらを悔しそうにご覧になっていらっしゃるご令嬢の視線が刺さりました。


 ――あらまあ、ロジェ様も人気がございますわね。

 そんなことに気を取られているうちに、新たな曲が始まり踊り出します。わたくしの好きな速い曲です。しかしロジェ様も得意なのか、上手にお相手を務めてくださいます。


「バルトルトと喧嘩でもしましたか?」


 踊りながら、ロジェ様が話しかけます。ふたりの距離が近いので、それほど大きな声でなくお話ができます。


「いえ、そういうわけではないのですが……、少し気まずくて」

「漸くバルトルトの気持ちに気づいたから?」


 それにはお答えしないでいると、ふふっと少し笑われました。


「私達も多少はお役に立てたかな?」

「お三方とも、ご冗談が過ぎますわ。いくらバリィをからかいたいからってあんなにたくさんお花や贈り物をしてくださったり、バリィの前で挑発されたり……」

「――半分は本気なんですけれどね。あなたと仲良くなりたいのも本当ですよ」

「結婚してくださらないのに、からかわないでくださいまし」

「それを言われると面目ないですね」


 踊りながらふと、壁際のバリィが目に入りました。ヴァシル様やアートゥラ様となにやらお話ししていてこちらは見ていません。


「――あなたはどこにいてもバルトルトを気にしている」


「え?」

「気づいていないのですか? 鎧姿だって、すぐに見つけてしまうし、あの時近くにいた私達や自分よりバルトルトの安全を気にしていたでしょう?」

「それは……、鎧は胸にアーヴェル家の紋章がありますし、真剣をお持ちだったおふたりよりも怪我をしている確率が高かったから……」

「後ろ姿でもすぐにわかったではないですか」

「あの……、ディリエお兄様もすぐにわかるのです。アーヴェルの方は幼い頃から親しくしていますから。エリスタル騎士団の鎧姿は目立ちますし……、バリィだけが特別ではなくて」

「確率、とおっしゃいましたがそんなこと瞬時に考えていなかったでしょう。それに、バルトルトが飛べと言ったら迷いなく飛び込んでいかれたではないですか。――目の端に入って、あの時は肝が冷えましたよ」


 迷いなく、というのは間違いです。一度断りましたし、実際痛かったですもの、あの時少し後悔しました。


「あなたも少しご自分の気持ちに素直になった方が楽になるのではないですか?」

「――わたくし、いつでも正直な方ですわよ。物言いが直截過ぎるとよく怒られますし」

「……そうですか。ではまだ気づいていないだけなのでしょうか」


 それ以上、ロジェ様はお言葉を重ねることはございませんでした。そのまま、踊り続けます。早い曲で足元が忙しく、沈黙が苦にはなりません。踊りに集中すると、重苦しい胸の内がだんだん楽しく軽やかになっていきます。

 ――わたくし、やっぱり体を動かしている方が向いているようです。難しいことを考えるのも駆け引きも面倒です。


 楽しくなって一曲踊り終え、曲が途切れたところで、別の方にぐいっと腰を抱き寄せられました。ロジェ様の手からわたくしの手を奪い取られる形になります。

 見上げるとクラウディウス様の面白くなさそうなお顔がございました。


「一曲だけの約束ですよ。私の番だ」


 ロジェ様は少し苦笑されるとわたくしの手を離し、順番を譲られました。


「――どうぞ、楽しんで」


 軽く手を振り、戻っていかれます。

 すぐに次の曲が始まりました。これもやはり少し速い、明るい曲調でございます。


 クラウディウス様は槍試合で本戦に残るような武勇に優れた方です。少年のような振る舞いとは相違して機敏で隙のない動きをされ、それでいてわたくしの相手をなさる余裕もございます。

 むすっとあからさまに不機嫌そうなお顔をされているので、観念して声をかけてみます。


「――なにがそんなに御不満なのですか?」

「なにもかもですよ。ロジェ殿に先を越されたのも、バルトルトがちっともこちらを見ないのも、あなたが私に靡かないことも」


 ――子どもですか。

 わたくしはなんだか面倒になってきました。

 会場に目をやれば、遠くからロジェ様の時とは別のご令嬢方に睨まれていますから、クラウディウス様もまあまあおもてになるようでございますわね。


「充分目立ちましたから、そのお芝居、終わりにしてくださって結構ですわよ」

「――お芝居じゃないですよ。本気で婿入りしてもいいと思っていますよ」

「父を説得する気がございますの?」

「ああ……、そういえばファラゼイン卿には睨まれました」

「決闘して刺し違えるくらいのお気持ちが必要ですわよ」


 そこでやっと少しだけ笑われました。


「……それは怖いですね。――でも、本当にあなたが私を見てくれるなら、本気で奪いに行きますよ」

「――わたくしのこと、よくご存知ではないでしょう? 本気でおっしゃっているのですか?」

「よく知ってますよ。どれだけあいつの親友をやってると思っているのですか? バルトルトがどんな顔であなたの話をしているか。お会いする前から気になって仕方なかったのですよ。こんなに私に合わせて踊れて会話までできるようなご令嬢、他にいませんしね――あなたにとっても私は悪くない条件のはずですよね。そもそも、紹介して欲しいとおっしゃったのはあなたの方ではないのですか? なぜ、そのように牽制なさるのですか?」


 条件だけなら、悪くないのです。――それでいいと思っていたのですが、少しわからなくなってきました。


 ――本当に、わたくしはそれでいいのでしょうか。


「……バリィをからかいたいだけではないのですか?」

「何度も申し上げているでしょう。私は、あなたを気に入ったのですよ。――私との結婚を、真剣に考えていただけませんか?」


 そこで曲が終わりました。足を止めて体を離しましたが、クラウディウス様は手を離してはくださいませんでした。

 わたくしはいたたまれなくて、目を伏せます。

 そのまま手を引かれて中央付近から離れ、アーヴェル家の方々がいらっしゃる方へと向かいました。

 バリィは、やはりこちらを見てはいませんでした。


 ――なぜ、こんなことになってしまったのかしら。

 一月ほど前の、自分の馬鹿な思いつきを呪いたくなります。


「――クラウディウス様」


 お名前を呼びかければ、期待に満ちた笑顔がわたくしに向きます。


「少し……考えさせてくださいませんか」

 少しだけ笑顔が翳りましたが、クラウディウス様は微笑みました。


「――もちろん。良いお返事をお待ちしていますよ」

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