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17.舞踏会(1)

 

 舞踏会は王城の大広間で行われます。

 見上げるような高い天井から豪奢なシャンデリアがいくつも下がっています。昼間のように明々と照らし、見たこともないくらいたくさんの煌びやかな貴族達がひしめき合っています。

 中央奥、一段上がったところには立派な椅子に並んで座る国王陛下と王妃様。さらにその脇には王子様、姫君様方など、王族の方々が居並びます。王宮主催の舞踏会ですから、会場に着いたらまずご挨拶に伺います。


 ご挨拶の列にお父様と並びます。侍従長が次々に名前を呼び上げ、陛下が鷹揚に頷かれるのが見えます。たくさんの参列者すべてにお声をかけることはまず無理ですから、大抵は頷かれるだけで終了します。通常はよほど重要な地位にいらっしゃるご身分の方としかお話しはされません。さらに、このご挨拶に並ぶのは招待状を持つ者だけです。招待者は事前に申請しておけば同伴を許されますが、特別に指定された者以外の同伴者はご挨拶が免除されます。


 わたくしも幾度か舞踏会に来たことはございますが、お父様の同伴でしたので直接陛下や王妃様にご挨拶したことはございません。遠目に拝見することはあっても、このように名指しで招待状を戴いたことはございませんでした。


「ファラゼイン伯爵ならびにファラゼイン伯爵令嬢」

「本日はお招きいただき、有り難く存じます」


 お父様とわたくしは跪いてご挨拶をします。伯爵家以上は招待者が声を発することを許されています。それ以下の家格の者は陛下が直接お声かけくださる場合以外、名前を紹介されただけで下がらねばなりません。

 ――その方が気楽なのですが。


「面を上げよ」


 お父様とわたくしは、僅かに顔を上げます。わたくしをご覧になって陛下が面白そうに微笑まれました。

 わたくしは視線が合わないように慌てて目を伏せます。


「ほう。それが噂の娘か。なるほど、見目は悪くないではないか。――のう、王妃?」

 恐れ多いことではございますが、なかなか気さくな話し方をされます。

「ええ、可憐な方」

 王妃様はにこやかに微笑んでいらっしゃいます。


 ――陛下がそのお目を向けられる前の一瞬、王妃様が不愉快そうに眉を寄せられたのは気のせいでしょうか。

 お父様に一言も喋るなと強く言われておりますので、受け答えはすべてお父様がなさいます。


「勿体ないお言葉にございます」

「――確か二代前は女伯爵であったな。その娘に跡を継がせるのか?」

「私には次男もおりますれば、それに継がせる心づもりでございます」

「では嫁入り先はもう決まっておるのか?」


 お父様は真っ青になって慌ててお答えします。


「滅相もないことでございます。――これは不調法者ゆえ、領外に出せるような代物ではございませぬ。いずれ領内で縁づかせ、次男が年端も行かぬため、跡を継ぐまでの補佐をさせる予定でございます。どうぞご容赦を」

「――そうか、王族の誰かにどうかと思ったのだが」


 お父様と陛下のやり取りをぼんやりと聞いていましたが、そこで初めて意味がわかり思わず「うっ!?」と口走りそうになります。なんとか呑み込んで、震えないよう必死に抑えます。


「――身に余る光栄ではございますが、恐れ多いことにございます。王族方にはもっと相応しい姫君が宜しいかと」

「それは残念よの。のう、王妃?」

「……ええ、本当に」

「東の辺境伯との繋がりが出来れば儂も安心なのだがな」


 ――お父様、全然信用されていないではないですか!? もっと上手くやれているのかと思っておりました……!


「元より忠誠をお誓い申し上げております。死力を尽くして東をお守りし、ご用命とあらば不肖の身、いずこなりとも馳せ参じる所存にございます」


 元々、先の王位争いの時には辺境の防衛を言い訳に中央の争いには出られないと、中立の立場を取りどちらにもつかなかったため、ファラゼイン家は忠誠を疑われているようです。王都では大公派であるアーヴェル家とも親しくしておりますし、疑われても仕方ないのです。本来ならば人質代わりにわたくしを差し出せと命じられてもおかしくない所なのでございましょう。

 わたくしは冷たい汗が流れるような心持ちとなります。しかし、それを悟られるようなことは決してあってはなりません。シュテンベルヘン伯爵夫人仕込みの笑顔でやり過ごします。


「それは心強いことよ。今後もよしなに頼むぞ」


 柔和に微笑まれていますが、流石は大公殿下と王位を争って勝利された方、見た目通りとはいきません。ですが、ひとまずこの話題は終わったと見えて、内心胸をなで下ろしました。

 ここで、側に控えていた侍従長がなにか耳打ちされました。


「――そうか。ならば先に通せ」

「はっ」


 侍従長が下がると、陛下はお父様に向かってにこやかに頷きました。


「本日はゆるりと楽しむように」

 終了とのお言葉にわたくし達は再び深く頭を下げました。

「御前、失礼致します」


 ご挨拶は通常混乱や争いを避けるため、身分に関係なく到着した順に行われますが、高位の方によってはこの限りではございません。よほどのご身分の方がご到着されたのでしょう。

 わたくし達は邪魔にならないよう、急いで御前を下がり移動しました。正直、これ以上ご挨拶が長引かなくてほっとしたところもございました。


「――儂は他に挨拶せねばならないところがある。お前は目立たない所にいるように」

「はい」


 お父様を見送って、会場内で見知った顔を捜します。壁際に寄りながら、ざわざわと落ち着かない会場に、わたくし達と入れ違いのように現れたお方がどなたなのかすぐに判明しました。


「ヴァシル様よ……」

「お珍しいこと」

「ずいぶん久方ぶりにお顔を拝見いたしますわ……」


 女性の囁きがやけに多く、また驚きに満ちたものが大半でございます。

 ここ数年、このような場にはいらっしゃったことがないのでございます。わたくしもずいぶん久方ぶりに拝見いたします。


「まあ、女性……!?」

「同伴されているのはどちらの方……!?」


 囁きから、なんと女性同伴で現れたとわかりました。


 自然と会場がヴァシル様を通すように中央を開けて二分されていきます。その道を通って、美しい濃い金色の輝きが通り過ぎます。ヴァシル様は背の中ほどまで伸びた金髪を精緻な彫り物をされた髪留めで留められ、落ち着いた濃紺の衣装をお召しになっています。一見飾り気がないようにも見えますが、同色の刺繍や抑えた金色の縁飾りなどが良くお似合いで大変品の良いご衣装です。これでもう少しにこやかにされればと存じますが、そのお顔は無表情に近く、少しも楽しそうではないところがなんとも残念でございました。


 ヴァシル様を追う視線と同じくらい多くの視線が入り口付近の壁際に注がれています。視線の先に背の高いディリエお兄様を見つけて、条件反射のようにたちまち胸が高鳴ります。同時に一緒にいるバリィが見えて、先日のことを思い出しきゅっと胸が痛むような気がいたしました。


 そちらに向かわない道理はございませんので、すぐに足を向けます。ディリエお兄様がご一緒なのは奥方ではございません。ずいぶんと小柄な黒髪の女性とにこやかにお話しされています。よくは見えませんが、皆様が遠巻きに注目されていることから、どうやらヴァシル様が同伴された女性のようです。


 ――お父様、女性同伴の方の目に留まれ、というのはずいぶんと難しい注文ですわよ……。

 わたくしはそんなことを考えながら、ディリエお兄様達の所まで辿り着きます。一緒にローラがいるのも見えました。女性はディリエお兄様やバリィの影に隠れるように立っています。


「――やあ、クロエ。久方ぶりだな。元気にしていたかい?」

「ご無沙汰しております、ディリエお兄様。わたくしは変わりございませんわ。――今日は奥様はご一緒ではなくて?」


 バリィの方を見るのがどうも気まずく、視線を外してしまいますが、それよりも一緒の女性が気になります。


「エリスタルにいるよ。今回は連れてきていない。今日はエリスタル騎士団として招待されているんだ。団長の名代でね」


 ローラはアーヴェル伯爵夫妻の同伴で、バリィはディリエお兄様の同伴で来ているようでした。ローラは嫌がっていましたが、わたくしどなたが誰かさっぱりわからないこともあって、頼み込んでローラにも来てもらったのです。


「――あの、その方……」


 背の高いディリエお兄様とバリィが目隠しのように隠している女性が気になって仕方なく、ご挨拶もそこそこについお尋ねしてしまいます。


「ああ」


 女性をわたくしに見えるようにひょい、とずれてくれます。そこにいた女性にわたくしは思わず目を見張りました。

ここから物語は折り返しで、後半に入ります。

やっと、ヴァシル様登場……。

そして次話から新キャラ投入です!

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