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16.変化

「槍試合、残念でしたわね」


 バリィが剣の相手をしてくれる合間に、少しお話をします。

 馬上槍試合はひとまず犯人が取り押さえられたこともあって、続行されたそうです。

 バリィの組からはもう一度組み直して一回戦をやり直す形となったのですが、バリィはすぐ負けたようです。ちなみにクラウディウス様は二回戦負けだそうです。次からは名乗りで勝利を捧げるなどと、言い出す雰囲気ではなかったようで繰り返されることはなかったそうです。

 ――良かった……!


「でも、あんなことがあったばかりでは仕方ないですわね」

「――いや、戦場ではどんなことも起こり得る。あの程度のことで負けるようでは、それが今の俺の実力ということだ。……精進せねばな」


 バリィの相手は結局優勝されたそうですから、それほど卑下する必要はないかと存じますが、バリィの真面目さが表れています。

 再び打ち合いながら、ふとわたくしはローラの言葉を思い出します。


「そういえば、バリィ」

「なんだ」

「ローラからバリィの気持ちに気づいてないのかって言われたのだけれど、あれってどういう意味?」

「な……!?」


 一瞬動きの止まったのを見逃さず、バリィの剣を弾くと同時に足払いを掛けて倒します。肩を押さえ、馬乗りになるように喉元に突きつけようとしたわたくしの剣を、いつの間に抜いたのかバリィの短剣が受け止めました。


「――まさかとは思いますけど、バリィ、わたくしのこと好きなの?」


 顔を近づけるとバリィは真っ赤になります。


「上からどけ……っ! こんな体勢で答えられるか……!」

「――では、わたくしが一本取ったということで。久方ぶりに一本取れましたね」


 うふふ、と嬉しくなって少し笑い、剣を引いてわたくしは立ち上がります。

 バリィは短剣を放り出すように離すと、その手で目を覆うようにしました。


「そなたのこういう所が嫌いなんだ……!」

「あら、ではわたくしのこと、嫌いなの?」

「き……っ!」


 言葉に詰まると、起き上がりふてくされたように横を向いて、あぐらを組みます。

 わたくしはその前にすとん、と座りました。


「――言ったところでどうにもならんではないか。そなたは俺を選ばないだろう」


 バリィはきっと誰よりも、わたくしがディリエお兄様のことを想っていることを知っています。


「俺だって、他の男を想い続けているような女と結婚したいとは思わない。幸せになれる気がしない」


 ――なんて乙女な。バリィの純粋さに驚きさえ覚えます。


「なんだってわたくしに友達を紹介したりしてくれたの? バリィはわたくしが他の誰かと結婚しても構わないのですか?」


 ただ不思議で聞かずにはいられません。

 バリィはやっとこちらを向いて、赤い顔でわたくしを睨みます。


「――そなたには幸せになってもらいたいと思っている。どこの馬の骨ともわからん奴に攫われるよりは、自分が認めた男の方がまだましだと思ったのだ。どこか知らない領地へ嫁入りするよりは俺が認める男とファラゼイン軍に守られてリゼインで過ごしてくれた方がよほど安心なのだ」

「――ねぇ、それってもうお父様と同じ発想よ」


 父親か、という突っ込みにバリィがむすっとして答えます。


「そなたは俺にとっては家族と同じくらい近しい存在なのだ。ローラとは違うがな。……むしろ、ローラより心配なくらいだ。あれは割と普通だし、放っておいても一人で嫁ぎ先くらい見つけてきそうだしな。――そなたは近くにいるとなにをしでかすか想像できなくて目が離せない。さっさと東の辺境に収まってくれれば、俺は西の砦を守って二度と会わなくて良いし、心穏やかに過ごせると思ったのだ。……実際、この三年それでなんとかなっていたし。正直、再会しなければいつか忘れるだろうと思っていたのだ」


「――ちょっと待って。三年って……、バリィ、いつからわたくしのこと好きなの?」

「そなた、本当に気づいてなかったのか!? まったく!?」

「バリィには意地悪な言い方された覚えしかありませんけれど」


 バリィは頭を抱えて深く溜め息を吐きました。軽く頭を振ると剣を拾って立ち上がりました。


「もうこれくらいでいいだろう。――帰る」


 剣を鞘に収めくるりと踵を返したバリィの腕を慌てて掴みます。バリィがびくりと震えて足を止めます。


「待って、まだお話が……」


 バリィが振り返ってわたくしの手を掴み、自分の腕から外します。強く握られた手が痛くて思わず顔を上げると、射抜くように鋭い真剣なバリィの視線にぶつかりました。


「槍試合の時、心臓が止まるかと思った。俺の目の前でそなたが傷つけられたら、と」


 握っていない方の手で乱暴にわたくしの頬に触れます。


「本当は迷っている。舞踏会には行かせたくない。……だからといって、そなたを閉じ込めておく権利は俺にはない。どうせ、放っておいてもそなたは騒ぎを起こすんだろう。なら一気に片を付けた方が早い。……舞踏会が最後だ。終わり次第俺は砦に戻る。そうしたら、そなたに会う機会も減るだろう。舞踏会の間はそなたを守るし、ヴァシル様にも気にかけてもらう。万が一、ヴァシル様に気に入られるようなら俺も安心だし、他の三人から誰かを選んでもいい。この先は安全な場所に居てくれ」


 畳みかけるように言うと、そのままバリィの顔が近づきます。


「……後生だから俺をこれ以上振り回すな」


 絞り出すような低く掠れた声がすぐ側で響きました。思わず目を閉じて首を竦めると、額に唇の感触が落ちました。

 バリィがどんな顔をしているのか見るのが少し怖くてわたくしはぎゅっと目を閉じていました。躊躇うようなバリィの吐息を頬に感じます。しかし、それ以上は触れるようなことはなく、そのままわたくしの頬と掌からバリィの手が離れるのがわかりました。


 そっと目を開けた時には踵を返したバリィの背中しか見えませんでした。バリィは一度も振り返らず庭を出て行きました。





『――だ、誰ももらってくれないなら、その、俺が、け、結婚してやってもいいぞ』


 そう言った幼いバリィの声。わたくしは唐突に、子どもの頃のことを思い出しました。


 あれは八歳の頃、ディリエお兄様のご結婚の話を聞いた日のことでした。

 なにも知らずアーヴェルのお屋敷に遊びに行った日、ご結婚の話を聞いて、わたくしは庭の片隅で泣いていました。隠れていたつもりでしたが、バリィに見つかってしまったのです。

 隣に座り、困り果てながらもどうにかして慰めようとしてくれた九歳の幼馴染みの男の子。拙い言葉で真っ赤になりながら、お嫁さんにしてくれる、と初めて、そして唯一言ってくれた男の子。


 ――なぜ、今まで忘れていたのかしら。


 あの日、悲しくて大泣きしたことははっきり覚えていたのに、その後どうやって立ち直ったのか、今の今まで忘れていたのです。

 バリィはあの頃から、もしかしてわたくしのことを想ってくれていたのかしら。

 いつも意地悪なことしか言ってくれない、と思っていましたが、それでも側にいてくれたり慰めてくれたり、わたくしの我が儘に付き合ってくれていたのです。


 額に残った、バリィの唇の感触が急に熱を持つような気がしました。頬もかぁっと熱くなっていきます。


 ――どうして、口づけなんて、したの。


 わたくしはどきどきしてくる胸の鼓動にわけがわからず、バリィの去り際の言葉を思い出しては息苦しいような気持ちに襲われ、当惑します。


 ――舞踏会が終わったら、もう会えなくなる?


 ざわざわと胸のあたりが落ち着かなくなる感じがしました。

 そうして、そのまま日々は過ぎ、バリィとは会わないまま舞踏会の日を迎えたのでした。

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