閑話 ある男の独白
襲撃の裏側で何があったか。
逆恨みの独白で、暗いです。ご注意ください。
読まなくても本編に影響はありません。
――暗い。……酷く暗い。
この間から、私の周りは暗いままだ。
唯一の、光を奪われた。
私の、敬愛すべき、我が主。
それを、あの小娘が。あの若造が。
私から、奪った。
「……我が主の恨み、晴らさでおくべきか……。そなたもそう思うであろう?」
どこからか、囁く声がする。
朦朧とした意識の中で、その言葉のみがただ、頭の中に響いた。
そう、あの若造。
王立騎士団の忌まわしい白き鎧。
純白の、清廉な振りをして。
王の御為に在るはずなのに、それを果たさず。
卑怯な手を使い、奥様を誑かして。
卑怯な罠に嵌めて。
結果、我が主は薄暗い牢獄に囚われた。
――おお、なんとお労しいことか……。
「そうだ。我らで意趣返しをせねばならぬ」
そう囁かれれば、そうとしか思えない。
「アーヴェルも一連のことの首謀者の一人だ。……王に刃向かう、逆賊。彼奴らに、意趣返しをせねばならぬ」
――そうだ、意趣返しをせねば。
「馬上槍試合にあの娘が来るようだ。王立騎士団に潜り込ませた者から情報を入手した。会場には警備の者がいて貴族席には近づけない。……だが、そなたの腕があれば、本戦には残れる。そこが、狙い目だ。油断した娘を、やれ」
そう、私の腕をもってすれば。
――この、侯爵家に代々仕えた影の者の力を振るえば。
本戦に残ることなど、造作もない。
薄暗い部屋に、立ち込める煙と香り。
……なんだったろう、この匂いは。
――しかし、……ああ、そのようなことはもうどうでもいい。
ただ……、そう、我が主のために。
「審判は買収した。身分がわからぬよう、鎧や武器も用意してある。そなたはただ会場で、件の娘を見つけて葬るだけでいい」
「……もし、娘が現れなかったら?」
「それならそれで構わない。そなたはただ勝てば良い。……優勝すれば、王の御前で褒美をもらうことができる。その時、褒美の代わりに我らが主の身の潔白を主張すれば良い。王は必ずお聞きくださる」
――そうか。私が勝てば、主は救われるのか。
……ならば、やろう。
どうせ、卑怯な手をもって陥れられたのだ。こちらが同じように、卑怯な手を使って、なにが悪い?
私には、大義がある。
我が主の身の潔白を、証明するという大義。
卑怯な小娘を、若造を糺すという大義。
「万が一、失敗するようなことがあれば、この薬を呷れ。我らが主に無様な姿を晒すわけには参らん。見苦しくないよう、迷惑を掛けぬよう、ひと息で呷れ」
掌に収まる小瓶を渡された。
「……もし、この薬を使うようなことがあるのなら、その後、我が主はどうなる? 誰がお助けするのだ……?」
「安心せよ。そなたの大望は我が引き継ぐ」
「そうか……」
私が果たせなくとも。
「ファラゼインの娘を生かせば、後の世のためにならぬ。……存分に戦うが良い」
「……存分に」
「そうだ。存分に、戦え!」
小瓶を握りしめた。
――そう、私はただ存分に戦えば良い。
後はこの男が、引き継いでくれる。
この、男……。
頭が、ぼんやりとして、よく見えない。
誰だったろうか、この男は……。いや、よく知っているはずだ。
我らの仲間。――よく、知っている、はず。
「存分に、戦え!」
繰り返された言葉に、私はただ、頷いた。
――そう、誰でもいい。
私は、ただ、我が主のためだけに。
ただ、戦う。
それは、必要な戦いだ。
「さあ、行け!」
破綻した論理に気づいてない男の独白でした。
次話から本編に戻ります。




