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14.馬上槍試合本戦(2)

 ええい、ままよ、と手摺りを飛び越えすぐ下のバリィの腕の中に落ちました。


「痛っ!」


 案の定、ガン、と鎧の胸に当たりますがなんとか落ちずにバリィの前に横乗りになれました。バリィは左腕でわたくしを抱きしめると、右腕で手綱を捌き、あっという間に観客席から離れ、人のいないところへ馬を走らせました。


「痛、いたたっ! バリィ、鎧痛い!」


 近くに敵がいないことを確認しバリィが馬を止め、両の手甲を外して投げ捨てると、両手でわたくしの顔をぐい、と挟みます。


「怪我は!?」

「いひゃいわよ!」


 ぶんぶんとわたくしの顔を左右に振り確認すると、やっとほっとしたように息を吐きました。頬を優しくするりと撫で、ぎゅっと抱きしめられます。


「い、痛! だから、鎧!」

「わ、悪い……」


 慌てて腕を解くと、馬を降り、わたくしを降ろしてくれました。わたくしもやっと落ち着いて、改めてバリィを見ました。相手の剣が掠ったのか、額の端に浅い切り傷がある他は、大きな怪我がないようで安堵いたします。


「良かった、大きな怪我がなくて。あれ、真剣でしたでしょう? 痛いところはない?」


 背伸びして切れたバリィの額にそっと触れると、バリィが少しだけ顔をしかめて額に触れたわたくしの手を握りました。


「いや、大丈夫だ」

「審判が確認したはずなのにどうして……、それになぜこちらに向かってきたのでしょう?」

「……わからない。ただ照り返しと盾で受けた時の音で真剣だとわかった。慌てて馬を返したんだが、体勢を崩しかけたからすぐに止められなくて。王族を狙ったのかと思ったが……」


 普通は真剣を使わないので機動性を重視し、馬上槍試合用に強度を落として軽くした盾を使う方もいらっしゃいます。エリスタル騎士団では武器以外の装備は実戦と同じものを使うことになっているそうで、それが幸いしました。


 掴んだ手を下ろすと、バリィはわたくしの手を離しました。

 その時、階上がわあっ、とざわめきました。王立騎士団がなだれ込んで、男を取り押さえたようです。――おふたりは無事かしら?

 闘技場と客席は騒然としています。わらわらと王立騎士団の騎士達が湧いて出るように現れては、混乱状態の客を治めて行きます。


「槍試合はどうなるかしら?」

 本戦が始まったばかりでしたのに。

「どうだろうな。――とりあえず、そなたは屋敷に戻った方がいいだろうが……」


 心配そうに、バリィがわたくしを見ました。なにがあったかわからない状況で、わたくしをどうしたらいいか考えあぐねているようでした。


「クロエ様!」

「バルトルト様!」


 そこへ我が家とアーヴェル家の側仕え達が捜しにきました。バリィは家の者達を見ると、少しだけ厳しい表情を緩めました。

 従者や侍女たちがひとかたまりとなって近づいてきて、誰ひとり欠けていないこと、大きな怪我もない様子にわたくしも安堵します。


「バルトルト様、あちらでソールバルグ様がお捜しでした。騎士団の控え場所にお戻りくださいとのことです」


 バリィはそれに頷きましたが、年若い従者や侍女達をちらりと見ると、馬車まで送ってくれました。わたくしを馬車に押し込んでそこに我が家とアーヴェル家の従者と侍女も一緒に入れます。


「クロエ、今日も短剣は持っているな?」

「ええ」


 本日もスカートの中に隠し持っています。バリィは馬車内に置いてある長剣の位置をちらり、と確認し「よし」と頷きました。


「とにかく今日は真っ直ぐ屋敷へ戻れ。帰ったら一歩も外へ出るなよ。――フィン、必ず無事に送り届けろ。頼んだぞ」


 バリィが我が家の御者に出すよう促し、馬車は動き出しました。





 夜遅くになってお父様が屋敷にお戻りになりました。戻るなり、怒鳴られます。


「お前、目立つなとあれほど言ったではないか!」

「わたくし、なにもしてませんわよ。不可抗力でございましょう?」


 わたくしが不満混じりに答えると、盛大に溜め息を吐かれて、ドサリと長椅子に腰掛けました。


「ソールバルグ子爵の子息とはどういう関係だ?」


 あ、そちらですか? すっかり忘れていました。


「どういう関係でもございません。今日初めてお会いした方ですわ。バリィのお友達だと紹介されましたけれど」


 ――嘘はついていません。


「まさかとは思うが、あれはお前のことではないだろうな?」

「あれ、とはなんでしょう?」

「クロエ嬢に捧げる、というやつだ!」

「さ、さぁ? 別のクロエ様ではございませんの? よくある名前ですもの。おほほ……」


 とりあえず笑って誤魔化しておきます。


「……まあ、それはいいだろう。――それより、今日は肝が冷えたぞ。儂は王族をお守りせねばならんから、どんな様子か直接確認できなくてな。怪我はないと聞いたが」


 お父様の案じるような視線に、わたくしは微笑んで頷いて見せました。


「王立騎士団のイエーレ・ファンデルー様と王城官吏のロジェ・アイデス様が近くにいらっしゃったので庇っていただきました。おふたりともバリィのお友達でしたのよ」

「ファンデルー伯爵の子息か。確か、この間送り届けてくれた王立騎士団の騎士だったな」

「はい。警備の担当が貴族席だったので、巡回がてらお声掛けくださったのです。先日のことを気にかけてくださいましたので、少しお話しいたしました。おふたりとも、ちょうどバリィの試合をご覧にいらしていて。良かったらご一緒に、とわたくしの席で観戦していたのです」


「そうか。ロジェ・アイデスとはアイデス男爵の子息か。随分優秀だと聞くが……、お前、あまり軽々しく年頃の男子と口を聞くものではないぞ。誰になんと噂されるかわかったものではないからな」

「バリィのお友達ですのよ。そのようなご心配は無用ですわ」

「――まあ、バルトルトの友人なら身元は確かだろうが……、お前はヴァシル様に娶せるつもりなのだから、妙な噂が立っては困る」


 まだ諦めてはいらっしゃらないようですね。

 わたくしはそれについてはもうなにも言わず、微笑むに留めて、今日の事件について尋ねました。


「――そういえば、あれは何者でしたの? 審判が確認したはずなのに真剣を持っていました」

「……デスメト侯爵の手の者だったようだ」


 お父様は先日の観劇会で襲われた件はご存知です。ただ、イエーレ様に内密に、と言われましたので偶然居合わせてたまたま錯乱された侯爵夫妻に襲われたというようなことしかお話ししてありません。


「――デスメト侯爵の? でも……」

「審判を買収して武器を持ち込み、所属を隠して偽名を使ったようだ。流石に侯爵軍の者なら通すようなことはしなかっただろうが。お前、個人的に恨みを買うようなことをしたのか?」

「……先日の観劇会で襲われました。ですが、それ以前にお会いしたことはございませんし、そもそも侯爵は拘束中でございましょう? 牢の中から指示などできないでしょうし……」

「侯爵が拘束されたことへの個人的な意趣返しではないか、と王立騎士団から説明はされたが――正直、詳しいところがわからん。犯人が自ら毒を呷って死んでしまったからな」

「まあ……」

「審判も取り押さえられたが、金で買収されただけで詳しいことは知らんという。王宮主催の槍試合の審判が簡単に買収される方が問題だがな……」


 官吏自体の質が低下しているということになります。それだけ王宮や王族に不審者が近づける要因となり、買収という行為そのものよりもそちらの方が問題でございます。


「まあ、後のことを調べるのは王立騎士団の仕事だ。ただ全容が掴めていない以上、念のためお前は舞踏会まで一歩も家を出るな。舞踏会も行くな、と言いたいところだが、中止されない以上、欠席は許されん。とりあえずはそれまで自宅待機だな」

「えぇ……?」

「これ以上出歩かれてなにか起こされてもかなわん。アーヴェル家へ行くのも遠慮しろ」

「ええ……!?」


 ローラに会うのも禁止!? それにそんなに閉じ込められたら息が詰まります。遠乗りに行きたい!


「お前はもっとやることがあるだろう。貴族の娘として相応しい立ち居振る舞いをもっと学べ。シュテンベルヘン伯爵夫人を呼んでおいたから、明後日からしっかり学ぶように」

「う……、はい」


 それから延々、貴族の娘とは、伯爵令嬢の振る舞いとは、とお説教をされたので槍試合の結果についてお尋ねする隙がございませんでした。後日、ローラにでもお手紙で尋ねるしかないかしら、と考えていましたら、さらに上の空だと叱られました。

次話は一回本編をお休みして、別視点の閑話を挟みます。

だいぶトーンが違うので入れるかどうか迷ったんですが、入れてみます。

……暗いです。暗いのが苦手な方は一話飛ばして、本編の続きをご覧ください。

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