13.馬上槍試合本戦(1)
眼下の闘技場では本戦の準備が整いつつあります。何本も並べられていた柵は取り払われ、広い空間ができていました。予選では馬を守るため、また効率を考えて互いに柵に隔てられ、柵沿いにすれ違うように対戦するのですが、本戦はより実戦に近い形で正面から相手に当たります。
ここからは自分が持ち込んだ武器の使用が認められています。ただし刃を殺したものに限り、対戦ごとに最初に審判が確認します。「槍試合」という名の通り、かつては槍のみを使用して行われましたが、今は弓矢などの飛び道具以外なら武器はどれを使ってもよいことになっています。槍と剣を使用する方が多いようでございます。
闘技場の様子を眺めながら、左側にロジェ様、右側にイエーレ様が座りました。
「――先日は申し訳ございませんでした」
右手のイエーレ様が苦い顔で謝罪なさいます。
「ローラ嬢が相当憤慨されていたと聞きました」
「いえ、誰も怪我がなくて幸いでしたわ。どうぞ、お気になさらず」
「改めて謝罪いたします。――次なにかあった時は必ずお守りいたします」
わたくしはただ微笑みました。
――またなにかある方が困ります。
「――始まりましたよ」
ロジェ様の声にわたくし達はお話をそこまでにして闘技場に注目いたします。
五ヶ所で同時に一回戦が始まります。本戦からはそれぞれ名乗りから始まります。自らの武器を掲げ、大音声で所属と名前を告げる様子はいにしえからの一騎打ちの作法でございます。
「ああ、クラウディウスですよ」
五組目、一番最後に名乗りを上げるのはクラウディウス様でございます。ちょうどこちらからもクラウディウス様の正面が見え、煌めく白銀の鎧姿が凛々しく堂々としていらっしゃいます。
「我こそはエリスタル騎士団、クラウディウス・ソールバルグ!!」
よく響く声が自らの名を告げ、一度切ると長槍を掲げてさらに続けます。
「この戦いに必ずや勝利し、クロエ嬢に捧げる!!」
「は、はい!?」
会場の観客からはどよめきと、女性の黄色い声が上がりました。
――馬上槍試合大会では、名乗りの際、意中の女性に想いを告げることもございます。しかし、まさかわたくしがそのような機会に直面しようとは。
かぁっと、熱くなる頬を両手で押さえ、わたくしは絶句しました。騎士物語ではよくある場面ですが、自分が当事者だとなんと恥ずかしいことか。
――ディリエお兄様がそうされることを想像して、もし自分だったらどんなに嬉しいだろうと考えたこともございましたが……、実際されてみるとまったく違いました。
羞恥で死ねる、と存じます。
それにバリィがわたくしを好きだなんて、そもそも前提が間違っています。クラウディウス様はからかうために仰々しい真似をなさっているようですが、バリィが気にするはずもなく、またわたくしもクラウディウス様の想い人でもないのですから、舞い上がって嬉しがることではなく、単なる公開処刑のようなものです。
「……あいつ、抜け駆けはなしだと言ったのに」
イエーレ様とロジェ様がわたくしを気の毒そうに見遣ります。
「……ど、ど、どうぞお気遣いなく……」
過たずこちらを真っ直ぐ見つめていらっしゃったクラウディウス様はにやりと笑ったように見えました。
――家名を言われなかったことがせめてもの救いでしょうか。
あっという間に勝って一回戦を終えると、クラウディウス様が意気揚々と控え場所に下がっていかれました。
「いかがですか? 騎士に勝利を捧げられるお気持ちは?」
面白そうにロジェ様が尋ねてきます。
「う……、からかわれないでくださいまし。いたたまれなくて死にそうです……」
もしかして、これ勝ち上がる度になさるのでしょうか?
……勘弁してください!
次々と勝負がついていき、次の組にバリィが出てきました。白銀の鎧がすぐに目につきます。
「あ、バリィです」
「え、どこですか?」
イエーレ様は見つけられないようでした。他の領地軍に似た色合いの鎧やマントがあったのでわからなかったようです。わたくしはバリィの場所を教えます。
「ほら、三番目に入って来た、手前の列の……」
「ああ、本当だ。よく見えましたね」
バリィは涼しい顔をしていますが、こちらは一切見ません。わたくし達に背を向ける形で所定の位置に着きました。赤いマントが翻ります。
武器の確認が終わり、五組並んだところで、再び名乗りでございます。順々に名乗りが続き、バリィも名乗ります。騎士団員や領地軍など、騎士や軍人が大多数の中、バリィの相手は珍しく個人出場の者らしく、粗末な鎧姿でただ名前のみ名乗りました。バリィの武器は長槍、相手は剣でした。
審判の合図と共に一斉に相手に向かって走り出します。バリィも体勢を低くし、長槍を構えて馬を走らせ相手に向かいます。バリィの突き出した槍をかわしてすれ違い様剣を繰り出し、それをバリィが盾で受けます。
ガン、と甲高い音が響きました。
盾で受け損ねた剣が軌道を逸れて、ハッと顔を引いたバリィの兜を掠ります。兜が跳ね飛び、バリィが一瞬体勢を崩しました。
「バリィ……!」
体勢を崩しながらも反対方向に駆け抜け、持ちこたえて馬首を返し、すぐさま中央に戻ろうとします。試合前は涼しく見えたその顔はずっと険しいものになっていました。当然、相手も馬を止めて方向を変えると思いきや、なぜかそのまま駆け抜けます。
「!?」
剣を持ったまま、こちらに真っ直ぐ駆けてきます。
わたくしの両脇で息を呑むような気配がし、ふたりがサッと立ち上がりました。
バリィの対戦相手はそのまま二階席のすぐ側まで迫ります。二階席とは言っても、それほど高くは作られていません。馬上の人はすぐ下に見えます。
剣を逆手に持ち替え、腕を上げるのが見えました。ギラリ、と剣の刃が照り返す陽の光が目を刺しました。
微かに焦ったようなバリィの声が遠くでしました。
「クロエ……!」
イエーレ様が剣を抜きわたくしの前に出ると、ロジェ様がわたくしの肩を掴むように抱き込みます。同時に、ぶん、という風切り音がして手から放たれた剣がこちらに飛んできました。椅子が倒れ、わたくしは地面に押し付けられます。
ガチッという音と共に、すぐ側に剣が落ちました。イエーレ様が叩き落としたのです。半ば地面に刺さった剣を立ち上がり様にロジェ様が掴んで拾い上げ、構えました。
慌ててわたくしも顔を上げると、変わった形の暗器を手にした男とイエーレ様が切り結んでいました。階下では馬に突っ込まれた観客達から悲鳴が上がります。
一瞬なにが起きたか理解しかねましたが、男が剣を投げ、わたくし達がその剣に気を取られる隙に二階に飛び移ったのだとわかりました。
その身の軽さ、扱い慣れた特殊な武器の素早い動き。
男の気配に、背筋が粟立つような殺気を感じました。
――相当な、手練れ。
イエーレ様を掠めた刃がそのマントを引っ掛け切り裂きました。
――真剣!?
イエーレ様がサッと避けた隙に横様からロジェ様が剣を繰り出します。男の手から放たれ、ロジェ様が拾い上げたその剣もまた真剣でした。
――バリィは刃を殺した槍で真剣の相手をしたのですか!?
これだけの手練れ、対したバリィが一撃で斬られてもおかしくありませんでした。そのことにわたくしはぞっとしました。
「バリィに怪我は……!?」
地面に手をつき跳ね起きると、戦う三人を避けて手摺りに走り寄りました。
「クロエ! 無事か!?」
すぐ下からバリィの声が響きました。
「バリィ!」
馬を寄せたバリィが槍を地面に刺し、手を空けてこちらに伸ばしてきます。
「クロエ、飛び降りろ!」
「え!? 嫌よ!」
「いいから降りろ! 受け止めるから!」
――受け止めると言っても鎧姿でしょう!? 痛いに決まっています!
馬上に上手く移れれば、それほど高さもないのでできそうではあります。
しかし、この場には我が家の従者達やバリィから預かったアーヴェル家の侍女もおります。それを放り出して自分だけ逃げることには躊躇しました。
思わず背後を振り返り、従者達の姿を捜したわたくしに、更に強いバリィの声が響きました。
「まずは自分の身の安全を考えろ! そなたがそこに留まると、使用人もそこを離れられない! とにかく降りろ!」
わたくしは迷いましたが、バリィの言葉も一理あります。
さっと目を走らせ、ファラゼインの従者の顔を捜しました。青い顔をした従者と目が合います。わたくしが目配せをして軽く頷くと、真っ青な顔のまま従者も僅かに頷いて、傍らで震えるアーヴェルの侍女の手を取りました。
――ファラゼインの使用人は皆、優秀です。
目配せひとつでなにを指示したかわかるでしょう。
幸いと言ってはなんですが、暴漢はおふたりが引きつけてくださっています。
わたくしが次の行動を起こすのを見れば、自分がなにをすべきかすぐにわかるはずです。
わたくしはもう背後は振り返らず、手摺りに手をかけました。




