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12.エリスタルの騎士

 暫く待っていると、兜と手甲だけ外した鎧姿のバリィが観覧席にやってきました。後ろに同じエリスタル騎士団の鎧に身を包んだ男性を伴っています。

 明るい茶色の髪を短く刈り込み、快活そうな笑顔が爽やかです。


「クロエ、友人のクラウディウス・ソールバルグだ。クラウディウス、こちらがファラゼイン伯爵令嬢のクロエ・サルマ嬢だ」


 ソールバルグ様はわたくしの前にさっと片膝を立てて跪くと、わたくしの手を取り、軽く額に押し当てられました。騎士が女性にする挨拶でございます。一瞬、ロジェ様にされたように口づけられるのでは、と身構えてしまいましたが、ごく一般的な挨拶にほっとします。

 すぐに手を離してくださり、顔を上げるとにこりと笑います。


「はじめまして、クロエ・サルマ嬢。お会いできるのを楽しみにしておりました」

「お初にお目にかかります、ソールバルグ様。本日は本戦出場、おめでとう存じます。どうぞ、こちらにお掛けくださいませ」


 わたくし達は昼食の席に着きます。ソールバルグ様は従者の少年に持たせていた昼食をこちらの側仕えに渡してくださいます。わたくしとバリィが持ち込んだものに加えると簡易的な机の上ながら、なかなか豪勢なご馳走が並びました。とは言っても野遊びのようなものです。パンに具材を挟んだものなど簡単に手でも食べられるような物を用意させてあります。あとは果実やパイなどの甘味も並べられます。支度さえできれば給仕の必要もないので、側仕え達にも後ろの方で食事するよう指示します。


 わたくし達だけの席で、ソールバルグ様とバリィが予選会の様子や本戦に残った者で誰が有力かなど話すのを聞くのも楽しく、気安い昼食となりました。

 多すぎるかと思った食事も戦闘態勢の若い騎士がふたりもいらっしゃると、瞬く間に平らげられていきます。給仕の必要もないので半刻ほどでほとんど終了です。


「ソールバルグ様、お飲み物はいかがですか? 果実酒と果実水がございますけれど、どちらがよろしくて? それともお茶にいたしましょうか?」


 軍人や騎士が使用する折り畳み式の携帯用五徳や簡易焜炉を持ち込んでお湯も沸かせますので、お茶を淹れることも可能でございます。

 焜炉を設置し、茶器を取り出したわたくしを驚いたように少し目を見開いてご覧になります。


「いや、お構いなく。伯爵令嬢に手ずからご用意させたとあっては……、従者に用意させましょう」

「気にする必要はない。クロエは慣れているからな。俺はお茶がいい」


 バリィは少しも遠慮なさいませんね。


「食事を中断させるのも可哀想ですわ。どうぞ、そのままで」

「――では、私もお茶を」


 なるべく手早く淹れ、ふたりに差し出します。


「――手慣れていらっしゃいますね。簡易焜炉など、我らのように軍事に関わるような者でないと使わないでしょう。よく使い方をご存知ですね?」

「わたくし伯爵軍の軍事訓練にも同行したことがございますし、糧食も食べ慣れておりますのよ」

「りょ……!? 軍事訓練!?」


 ソールバルグ様は驚いて絶句されました。


「だから気にする必要はないと言っているだろう?」


 バリィは涼しい顔でお茶を飲んでいます。今日もひと口飲んで少し表情を緩めました。急いで淹れましたが問題はないようです。


「戦闘訓練は流石に足手まといになりますから、単に見学ですけれど。父になにかございましたら、わたくしが代理を務めなくてはなりませんから。まったくわからない、では軍に迷惑がかかります」

「――なるほど」

「……ですが、なるべくでしたら代わりに戦場で指揮してくださったり、領地経営を手伝ってくださるお婿さんがいてくださると助かるのですが」


 小首を傾げて微笑んだわたくしを見て、ソールバルグ様は堪えきれないように横を向いて小さく吹き出しました。

 ――わたくし、なにかおかしなことを申し上げましたでしょうか? 


「いや……、あの、失礼……!」


 笑いを堪えるように肩を震わせています。ひとしきりそうした後、ガシャリと鎧を鳴らしてバリィの肩を叩きます。


「お前、いいのか? 本当にこの方を俺に紹介して」


 ソールバルグ様はバリィに対しては砕けた物言いになります。同僚で幼い頃からの友人同士なので遠慮がございません。


「どういう意味だ?」


 怪訝そうにバリィが問い返しますが、ソールバルク様はそれには答えず、不敵な笑みを見せてわたくしを改めて見つめてきます。


「……ふぅん。バルトルトが大事にしている幼馴染みだというからどんなお嬢様かと思っていたが……面白い、俺はこの方が欲しくなったぞ」

「――はい!?」


 なんたる直球な物言い! バリィとわたくしは揃ってぽかんと口を開けました。


「それは聞き捨てならないな。私達もこれから仲良くさせていただこうと思っていたのに」

「抜け駆けはしない約束ではないか?」


 そこにふたりの男性の声が割って入りました。我が家の従者に案内されて近づいてきたのは、先日お会いした、ロジェ様とファンデルー様でございました。


「ロジェ様、ファンデルー様!?」


 ロジェ様は深い臙脂色の官吏姿、ファンデルー様は白い鎧に鮮やかな青のマントで王立騎士団の鎧姿でございます。


「おやおや、バルトルトとロジェ殿だけ名前で呼ばれるのは狡いですね。私もイエーレと呼んでもらおう」


 ファンデルー様が甘やかな視線をわたくしに向けると、ソールバルグ様も対抗するように、にやりと笑います。


「ならば私のことはクラウディウスと呼んでください。もちろん、ラウディでもディウスでもいいですよ」


 バリィのことも愛称で呼ぶのだから、と言ってソールバルグ様はわたくしをご覧になります。流石に初対面の方をいきなり愛称で呼ぶのはどうかと存じます。


「いえ、あの、えぇと? ……おふたりは今日はどうなさったのですか? ロジェ様はお仕事では? それにファンデルー様――イエーレ様も出場されていましたの?」

「友人が出ると言ったら上官がせっかくだから見てきていいというので、少し抜けてきました」


 ロジェ様がそうおっしゃると、イエーレ様も頷きます。


「私も今日は仕事です。王宮主催なので王立騎士団は手薄になる王城や会場警備なんかに駆り出されていましてね。私は去年出たので今年は警備担当ですよ」


 イエーレ様によると、警備と言ってもお祭りみたいなものだから、担当区域から見物するのは目こぼしされているそうでした。


「たまたま貴族席の担当と警備区域を代わることになったので、どうせならと思ってロジェ殿を誘ってきたのですよ。エリスタル騎士団の控え場所に行ったらふたりがこちらだと伺ったので。――あなたにも、お会いできて良かった。ご一緒してもよろしいですか?」


 とにかくおふたりには椅子を勧め、お茶を出します。おふたりともお昼は済ませてきていらっしゃるそうなので果物などを沿えます。茶器を余分に用意しておいたのが役立ちました。


「ほら、バルトルトとクラウディウスはそろそろ時間ではないのか? こちらの警備は私に任せてさっさと行き給え」


 追い払うようにイエーレ様はふたりを立たせます。複雑そうな表情で立ち上がるバリィを、他の三人がどことなく面白そうにご覧になっていたのは気のせいでしょうか。

 本当に戻る時間だったようで、バリィとクラウディウス様は足早に戻って行かれます。少し行ったところでクラウディウス様がふと足を止め、その場にバリィを残し駆け戻って来ました。


「お忘れ物ですか?」

「――ええ、言い忘れました」


 そのまま、わたくしの前まで来ると最初に会った時のように跪いてわたくしの手を取り、額に軽く押し当てました。


「――本戦、ご覧になっていてください。勝利をあなたに捧げます」


 立ち上がると、ロジェ様とイエーレ様を心底楽しそうに見遣ります。


「バルトルトからこの話を聞いた時、私達は皆、あなたに手は出さないつもりだったのですよ。――でも会ってみたら、その約束を守るのは惜しくなってしまった。……そうですよね、ふたりとも?」


 頷くふたりに手を挙げて、上機嫌で踵を返しさっさと立ち去ってしまいます。わたくしはなんだか呆然とした気持ちでそれを見送りました。

 ――どういう状況なのか、混乱しています。三人目の方にはどうやら気に入られ、絶望的だと思っていたおふたりもまんざらでもないような言い方をされます。


 ――もててる? もしかして、わたくし今、もてているのですか!?


「クラウディウスの奴、最近バルトルトをからかうネタがなかったのですよ。それがあなたにお会いしたことでネタができて面白くて仕方ないらしい」


 イエーレ様が笑い含みにそうおっしゃいます。

 ――あら? それって、もしかしてバリィをからかう目的でわたくしに気のある風に振る舞ってらっしゃるってこと? ……もててなかった!

 舞い上がりかけただけに、落胆してしまいます。


「わたくしがどうなろうと、バリィはそこまで気にしないと存じますけれど……」

「……さて、それはどうでしょうね。さあ、もう少ししたら本戦が始まりますよ。良かったら午前中の様子などお聞かせ願えますか?」


 ロジェ様に促され、側仕えが昼食の食器などを片付けてくれた席に着きました。

 ――いよいよ、本戦でございます。

(素朴な疑問と豆知識)


クロエ→ 「なぜ、お昼ご飯の時まで鎧なんでしょう? 簡易鎧ではないから大変だと思うんですけど……」


ローラ→ 「エリスタルでは槍試合は戦闘訓練に位置付けられてるの。戦闘中に昼食だからっていちいち鎧を脱いでたらまた着るのが大変だし、奇襲に対応できないって、ディリエ兄様が話してたわ」


クロエ→ 「ああ、なるほど」


ローラ→ 「それにしてもあなた、とってつけたようなかわいこぶりっこ向いてないわね。やっぱり色仕掛けなんて無理ね」


クロエ→ 「うっ……!(反論できない……! はっ! まさか、だから笑われてた!?) はぅ……!」



◇◇◇


次回、クロエさんがもっと悶絶することが起こる(かもしれません)。

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