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10.ローラの怒り

 翌日、アーヴェル家を訪れようと使いを出すと、ローラが寝込んだのでご遠慮くださいという返答がきました。

 ――無理もこざいません。

 お見舞いに行こうかとも思いましたが、しばらくはそうっとしておくのが良いのではないかと思い直し、大人しく自宅で過ごすことにいたしました。


 ローラには悪いことをいたしました。わたくしにつきあってもらっているばかりに怖い事に巻き込む形となってしまったのです。

 わたくしは王都で最近評判の菓子店から人気のある可愛らしい砂糖菓子を取り寄せ、贈り物用にリゼインから持ち込んだ装飾品の中からローラに似合いそうな物を見繕い、お見舞いのお手紙を添えてアーヴェル邸に届けさせました。


 さて、三人目はどうしようかと思案します。

 バリィの紹介であるし、ご紹介されるお相手と顔見知りでもあるのだから、とすべての会合にはローラが付き合ってくれる予定でした。けれどあんな事件があった後ではそれも難しいかもしれません。お断りするしかないかしら、と考えていたところでした。


 ところがさらに翌日、今度はアーヴェル家からローラが訪れると使いがありました。首を捻りつつお茶の準備をして待っていると、怒りに眦をつり上げたローラがバリィの襟首を掴む勢いで連れて入ってきました。


「さあ、バル兄様、わたくしの親友に謝罪なさって!」


 なぜか見事な花束を抱えたバリィが、放り出されるようにわたくしの前に突き出されました。ばつの悪そうな顔でぶっきらぼうに差し出された大きな花束を思わず受け取ってしまいます。


「一体、どうなさったの? あなた、寝込んでいたのではなくて、ローラ?」

「昨日は流石に寝込んだわ。素敵なお見舞いをありがとう」


 そう言いながら持参させた有名店の焼き菓子をこちらの側仕えに渡してくれます。とにかくふたりに椅子を勧め、お茶を淹れようとするとその前にお話を、ということでした。

 側仕えにお茶といただいたお菓子はいつでも出せるように準備しておくよう指示してから人払いし、わたくしも席に着きます。


 昨日は寝込んだローラでしたが、今日は夜明け前からエリスタル騎士団の支部宿舎へ自ら乗り込み、勤務日だったバリィの午後の数刻をもぎ取って我が家に来たようでした。相当怒っています。


「一昨日のこと、イエーレ様は偶然のようにおっしゃっていたけれど、バル兄様もぐるだったのよ」

「いや、本当に偶然なのだ。敢えて計画したわけではない」


 弁解する兄にローラは眦をさらにつり上げます。


「嘘おっしゃいませ! こうなることは予測できていたでしょう!? わたくし達を利用されたのよ。さあ、クロエにも謝って!」


 渋々立ち上がるとバリィは謝罪しました。あっけに取られてそれを受け入れます。

 バリィはわたくしと会ってくれるようファンデルー様にお願いした際、ファンデルー様が侯爵夫妻の件に極秘であたっていることを聞いていたようです。ちょうどいいから観劇にでも行ってみろ、と進言したのはバリィのようでした。


「あの方、侯爵夫人が飛び込んでいらっしゃった時、わたくし達を庇いもしなかったのよ。庇ってくれたのはクロエではないの」

「まあ、狭い個室でしたし、ファンデルー様の方が奥にいらっしゃったから……」

「いいえ、あの方の技量なら咄嗟の時にわたくし達の前に出ることも可能よ。それなのに傍観されてた。誰が来るかわかっていたからよ」

「そなたらなら、あの程度のことで怪我などしないではないか。そう伝えたのは俺だ。実際、クロエなど男を蹴倒して取り押さえたというではないか」


 そう、わたくしほどでなくとも本来ローラも武勇を誇るアーヴェル家の血筋、然るべき時で準備さえ整っていたなら、その辺の男に簡単に太刀打ちはできません。


「観劇の席に剣を持ち込む伯爵令嬢など、クロエの他にはいません! わたくし、丸腰でしたのよ。しかもあの場にはエマもファンデルー家の側仕えもいたではないですか! ご本人ではなく、手練れを使う可能性もありますし、わたくし達はともかく、他の者に怪我でもさせていたらどうしていたと思っているの、バル兄様!」

「――すまなかった」


 どうやら、王立騎士団の計画に利用されたようです。観劇の席も王立騎士団の伝手で手に入れたようでした。確かになかなか入手が難しい劇なのです。幸運、と思っていましたが、どうやら違ったようでした。

 相手がどう出るかは予測できないため、本当に現れるかはわからなかったというのは事実でしょうが、罠にかかってくれたら儲けものと、充分予想できる事態ではあったのです。


 大事には至らなかったので、わたくしはあまり気にしてはいないのです。

 劇の最後の方は見られませんでしたし、お見合いもうまくいかなくてがっかり、という気持ちはこざいますが。ローラの方が烈火のごとく怒っているので、怒る気勢をそがれた、というところもございます。

 腕組みし、ローラはプン、とそっぽを向きました。


「わたくし、兄様方のお友達とは絶対に結婚しません! あなたもそうなさい、クロエ!」

「うーん、でもせっかくだからソールバルグ様にもお会いしてみたいですわ」

「クロエ!」


 呆れたローラにたしなめられますが、毒を食らわば皿までとでもいいますか、どうせなら三人目にも会ってみようと思います。


「わたくし、馬上槍試合など見に行く気はないわ。本当に行くならバル兄様が責任持って引き合わせなさいよ。バル兄様も出るのでしょう?」


 三人目のクラウディウス・ソールバルグ様はバリィと同じエリスタル騎士団に所属されているそうです。明後日は王宮主催の馬上槍試合大会が開催されます。国中の騎士や軍人、腕自慢の者が参加するものです。バリィもソールバルグ様もそれに出場される予定で、試合後に引き合わせてくださる約束でした。


「もともとお父様は見に行かれる予定でしたから、それにわたくしも同行します。ローラは一緒でなくても大丈夫よ。バリィ、すまないけれど時間がある時に紹介してくださる?」


 ローラに同行してもらうことは諦めます。お父様もいらっしゃって従者も同行する会場で、バリィに簡単に紹介してもらうだけなら、知らない方とふたりきりという形にもならないでしょう。突っ込んだお話はできないでしょうけれど、仕方ございません。

 もうあまり期待もしていませんが、どんな方かは興味がございます。エリスタル騎士団の方でしたらきっと、素晴らしい武芸を披露なさるはずです。それが楽しみだったのです。バリィは頷いて当初の予定通り会わせると約束してくれました。


「――どうせ、上手く行くのは期待できないから、バル兄様、ヴァシル様に紹介することもお約束して」


 ローラに「期待していない」とはっきり言われるのはそれはそれで複雑な気持ちですが、まあ現実問題としては正解です。適当な結婚相手が用意できそうになければ、お父様の手前、ヴァシル様に形だけでも当たってみるしかございません。気に入られなければ良いのです。向こうがこちらを選ばなければ仕方ない、とお父様を納得させるまでです。


「今度の王宮主催の舞踏会、どうしても行かなければならなくなったの。そこでヴァシル様の目に留まれ、とお父様に言われてますから、どうにか会える手段を用意してくださらない? お会いできればそれでいいから」

「――わかった。ディリエ兄上に話しておく」


 夜勤を調整して自分も参加できるようなんとかする、とも約束してくださいます。こういうところはやっぱり真面目なのです。


「もし、それで駄目なら――」


 言いかけてバリィは言い淀みます。


「――いや、やっぱりいい。その時にまた言う」


 なにを言おうとしたのは知りませんが、どうせお説教でしょう。わたくしはバリィににこりと笑いかけました。


「まだ駄目と決まったわけではございません。見ていらっしゃい」

「――そうか」


 諦めたようにバリィはそっと溜め息を吐きました。

 そんな兄をローラは冷たく見つめて、こちらも溜め息を吐きました。

 重苦しい兄妹の雰囲気に耐えられず、わたくしはお茶とお菓子を持ってこさせ、ふたりに振る舞いました。


「そういえばローラ、侯爵夫妻のことや噂のこと、よく知っていたわね?」

 ファンデルー様の口振りでは、あまり公になってはいない噂のようでした。

「ああ……」


 兄妹は互いの目を見合わせます。


「アーヴェル家の情報網は特殊でね。ラルス兄様とテューラお母様が馬鹿げてたくさんの情報を仕入れてくるのよ」


 王城のありとあらゆることを次男のラルス様が、そして社交界の噂や勢力争いについては伯爵の第一夫人のテューラ様が、逐一家族全員に報告しているそうです。またふたりだけでなく、他の家族も自分が得た情報は他の家族に伝えているそうです。

 男性社会のことも女性社会のことも、家族全員が共有しているのです。七人兄弟に加え、アーヴェル伯爵とふたりの夫人の計十人分の情報が共有されている、というのは驚きであり、貴族としては非常に有効なことでしょう。


 男と女の社会は無関係のように見えますが、裏表、陰陽の関係性でございます。政治の世界での男性の駆け引きが貴族の奥方、ご令嬢方の関係性に影響を与え、また逆も然り。本来女性も政治のことを知らないなどとは言えないのですし、影響力のある女性は男性を操りますから、男性もまったく無視をしていると足を掬われることがございます。


 最も親密な大公派であったアーヴェル家が、宮廷内での重職を外されてるとはいえ、現在も問題なく存在しているということは、その辺りの立ち回りの良さがあったからかもしれません。


「週に何度も手紙がくるの。それも家族全員に同じ内容の物を膨大に。子どもの頃は手紙を読むだけで一苦労だったわ。最近はリュカ兄様がラルス兄様の情報を幾分整理してくれるようになったから、だいぶ読みやすくはなったけれど、以前は酷いものだったわ」

「それが当たり前だと思っていたから最近まで気づかなかったが、五歳児にやれ派閥争いで誰それが追い落とされただの、どこそこ夫人の醜聞だの、よくもまあ読ませるものだよ。どうかしている」


 わたくしは、溜め息を吐き合う兄妹をあっけに取られて見つめました。

 ――五歳児に?


「子どもの頃からそんな情報を叩き込まれているの?」

「そう。そこそこ字が読めるようになった当初から。おかげさまで社交界では苦労しないけれど。夢見がちな子どもでいる暇がなかったわ」

「――まったく」


 どうりで、ローラはいろいろなことに詳しいはずです。ディリエお兄様と兄弟というだけでバリィやローラを羨んでいましたが、アーヴェル家はアーヴェル家でいろいろと大変そうです。

 次男のラルス様は変わり者で有名ですが、他の兄弟は至極優秀でまともです。よくもまあ、こんなに常識的に育ったものです。わたくしの家も相当変わっていると言われますが、流石にわたくしの親友になれる人とその兄です。アーヴェル家も一筋縄では行かない家系のようでした。

 はっとしてわたくしはふたりを見ました。


「もしかしてわたくしのことも他のご家族に報告されてるの!?」


 ふたりは顔を見合わせます。


「そりゃあ、そうだな。すべてではないがある程度は」

「身辺のことを書くのはもう日常になっているから」


 なんでもないことのように言われ、わたくしは悲鳴を上げたくなりました。

 ――ということはわたくしのあれこれはすべてディリエお兄様にも筒抜けに!?


「ひ、ひどいわ、ふたりとも! ディリエお兄様にだけは黙っていて!」

「黙っていてって言ったって、今更だろう。だいたいそなたのことは俺達が報告しなくても、いろいろなところから情報が入るだろうし……」

「そうよ。黙っていようがいまいがあなたの印象は小さな頃からディリエ兄様の中で変わってないんだから」

「うぅ……っ」


 哀れ、わたくしの恋心よ!


「立派な淑女になったって書いておいてくださらない……?」

「似たようなことも書いてるわよ」

「ただそなたはそれ以上の馬鹿げた行動が多すぎて、ディリエ兄上が手紙を読みながらよく吹き出しているぞ」

「やめてちょうだい!」


 唸るわたくしをバリィが心底不思議そうな目で見ます。


「そなた、妻帯者をよくもまあ、そこまで想えるものだな。そんなに兄上のことが好きなのに、結婚などして大丈夫なのか?」

「恋と結婚は別のお話よ。それは、わたくしだって一生一緒にいるのだから人柄の良い方と結婚したいとは思うけれど、恋をするのはディリエお兄様だけと決めているの。――もちろん、結婚すれば妻としての務めは果たすつもりだけれど、恋心だけは譲れませんわ」

「――恋とは落ちるものだ。決めてかかれるものでもあるまい」


 複雑な顔でバリィがもっともらしいことを低く呟きました。生温かい目でローラが兄を見つめます。

 ――誰かに恋でもしているのかしら?


「――まあ、仮にそうだとしても、今現在わたくしの恋している方はディリエお兄様だけです。でもそれと結婚は別問題。家の問題とわたくしの恋心など秤にかけられるものではなくてよ。貴族の結婚というのはそういうものでしょう。あなたもご存知ではなくて?」

「女というのは……」


 その先を飲み込んで、バリィはただ、溜め息を吐きました。

 そう、女というのものは現実的なのです。恋心ですべてが片付くのはごく一部の幸せな方だけです。――貴族なら、なおさら。わたくしだって、頭が悪いと言ってもそれくらいは理解しているのです。小さな恋が破れたあの日にそれは悟っています。

 ままならないのが人の心。想い想われることなど奇跡に近いのです。望むだけ馬鹿げているようなこと。


 夢見ることなど、とうに忘れてしまいました。

 現実としての政略結婚を少しでも自分に良いものとできるよう、次の出会いに望みをかけましょう。


 わたくしは馬上槍試合の日を楽しみに待つことにしました。

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