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9.観劇会

 晩餐会の二日後の夜は観劇会でございました。

 貴族は家の持つ爵位によって席が分かれています。伯爵令嬢であるわたくし達が案内されたのは二階のそこそこ良い席で、ローラと座りました。


「説明してくれる? ダンとエマの話じゃなんだか意味がわからないわ」


 個室のようになっているので、あまり大きな声を出さなければ他のお客様を気にせず内緒話をすることができます。

 わたくしは先日の晩餐会を思い出して、溜め息を吐きました。


「――結婚が断られたことだけは間違いないわ」

「プーニャやりながら領地経営の話をして、商談してたって?」

「……わたくしもそこが謎なのよ。わたくし、商売の話はしてないつもりだったのだけれど」


 訊かれたことに答えていただけです。

 それが妙な流れになってしまったのです。

 先日の様子をあらかた説明しますが、ローラも困惑した顔をしました。わたくし自身なんだかよくわかっていないので、聞かされる方はなおさらでしょう。


「……ロジェ様、随分上機嫌でしたのよ。まぁ、良かったじゃない。誼みを結んでおいて悪いお相手ではないし。お友達というならお友達になればよろしいのではなくて?」

「あの方と渡り合おうと思ったら相当消耗しそうで、お友達という気安い関係になれそうにないわ。――まったく、バリィはなにを考えて紹介してくれたのかしら」


 憤然としてきます。――バリィったら!


「まぁ、今日は頑張りなさいな」


 ローラは階下を眺めながら軽く言います。

 ――そう、本日はふたり目の方、イエーレ・ファンデルー様とお会いする予定なのです。


「――お嬢様方、ご一緒してもよろしいですか?」


 ローラと話していると、わたくし達の席に軽やかなお声と共に、ひとりの男性が入ってきました。


「イエーレ様。どうぞ、こちらへ」


 ローラが笑顔でわたくしの奥の席へ招きます。

 背の高い優しげな面差しの男性が、にこやかに近づいてきました。


「こんばんは。――あなたが、クロエ・サルマ・ファラゼイン嬢ですか? はじめまして。イエーレ・ファンデルーです。お会いできて光栄です」


 貴族らしく優雅に一礼されると、流れるような動きでわたくしの隣に座りました。王立騎士団に所属されているだけあって、身のこなしが洗練されています。ふわり、と服に焚きしめた香の香りが漂いました。バリィと同い年とは思えない大人っぽさで、どきり、とします。


「お初にお目にかかります、クロエ・サルマ・ファラゼインでございます。どうぞ、よろしく」


 わたくしも出来る限り優雅に微笑んで見せました。

 ファンデルー様は階下を楽しそうに眺めて、わたくし達に笑いかけました。


「人気のある劇なので、こんな直前に席が取れるとは思っていませんでした。幸運でしたね」


 わたくし達は、観劇と音楽を楽しみながら時折感想をはさみつつ、お互いの家族構成や友人関係、趣味などを話していきます。先日のロジェ様とは打って変わって和やかでお話ししやすいお相手です。

 ――普通……普通ですわ! これこそ望んでいたお相手! バリィ、ありがとう!





 観劇も佳境に入ったところで個室の外に控える側仕えのざわめきが聞こえました。


「――なにかしら?」


 ひとりだけわたくし達の側に付いていたアーヴェル家の侍女のエマが立ち上がりました。


「見て参ります」


 個室に幾人も入れないので、馬車の管理をする御者は使用人の控え室におり、通常は側仕えをひとり程度個室内に置いて、後はすぐ外に控えています。アーヴェル家の侍女もいますし、あまりファンデルー様のことを知られたくなかったのでわたくしの家の者には一階席で観劇を楽しむように申し付けてあります。平民の多い一階席にはまだ多少の空きがあったのは幸いでした。

 今、個室の外にはアーヴェル家とファンデルー家の側仕えがいるはずです。


「何事ですか?」


 尋ねながら外に出かけたエマが突き飛ばされて、よろめいて倒れました。


「え!?」


 エマを突き飛ばすようにしてひとりの女性がわたくし達の席へと走りこんで来ました。

 二十歳前後の、おそらくは貴族の女性です。――おそらく、というのはその身なりが上等であることがわかるから、しかしその髪は振り乱れ目は据わり、身分ある女性の振る舞いのようにも見えないからです。


「……イエーレ様、こちらにおいででしたのね」


 低く呟かれたその方の手には鈍く光る短剣が握られていました。ぶるぶると震える手が持つ短剣を見て、真っ青になったローラが、がたりと音を立てて立ち上がります。


「わたくし以外の女となにをしておいでです……? さあ、どちらが泥棒猫なの?」


 わたくしもまた立ち上がり、庇うようにローラの前に出ます。ローラが震えてわたくしの二の腕あたりに触れるのがわかりました。


「あなた? わたくしの愛しい人に手を出したのは……?」


 短剣の切っ先がこちらを向き、わたくしはごくり、と喉を鳴らしました。

 そのまま突き出された短剣を避け、逆の方向にローラを庇って倒れ込みました。女性はわたくし達の奥にいたファンデルー様に突っ込む形となります。ファンデルー様は軽く動いただけで女性の剣を叩き落とし、さっと取り押さえました。


「お怪我は?」


 座りこんだわたくし達に問いかけられて、まずわたくしはローラの無事を確認してから次いで「大丈夫です」と答えようとしました。その時、さらにひとりの男が個室に飛び込んできたのです。


「ファンデルー、覚悟!」


 短く言った男は剣を手にし、わたくし達の側から奥にいるファンデルー様に一直線に剣を繰り出しました。ファンデルー様ははっとして顔を上げましたが、女性を押さえこんでいたために僅かに対応が遅れます。


「ファンデルー様!」


 わたくしは思わず飛び出していました。


「クロエ嬢!?」


 ガチリ、と剣を受け止める手応え。

 わたくしはスカートの下、太股に仕込んだ短剣を抜いて男の剣を受け止めていました。驚いて怯んだ男の腹を蹴り、体勢を崩したところで短剣の柄で喉を突きます。


「ぐっ……!」


 潰れた低い声を出し体を曲げた男の、剣の鍔付近を叩いて剣を取り落とさせ、さらに回し蹴りで男の額辺りを狙います。倒れた男の背に膝を落として押さえ込んで後ろ手に右腕をひねり上げました。

 足の下で男が悲鳴を上げます。

 女性を押さえ込んでいたファンデルー様が、ほっとしたように息を吐き、次いでにやりと笑いました。


「……お見事」


 階下では盛り上がった音楽のために、階上の騒動には気づかなかったようで劇が続いています。流石にわたくし達の席の近くは騒動に気づき、ざわざわとした囁きがちらほらと聞こえ、浮き足立った雰囲気が伝わってきます。


 やがてすぐに側仕えが知らせた劇場の警備の者と、なぜか王立騎士団のマントに簡易鎧をつけた騎士が数人続いてきました。

 警備の者に女性と男を引き渡すと、ファンデルー様が騎士達に礼をします。

 一番年嵩の騎士が鷹揚に頷きました。


「ファンデルー、御苦労。――こちらは?」

「はっ。ファライゼン伯爵令嬢クロエ・サルマ嬢とアーヴェル伯爵令嬢マリヌ・ローラ嬢です」

「お嬢様方、お怪我は?」

「ございません」


 わたくしは答え、ローラを見ます。青い顔のままローラも頷きました。


「……わたくしも」

「それは良かった。――ファンデルー、このまま帰宅を許す。お嬢様方を送り届けなさい。差し支えない程度に両家に事情をお話しするように」

「はっ!」


 そろそろ劇も終わる頃でした。わたくし達は自分達の使用人に言付けし、ファンデルー様が用意された、ファンデルー家の紋章がついた馬車に乗って家まで送られることになりました。

 四人乗りの馬車にはファンデルー様の隣にアーヴェル家の侍女のエマ、向かいにわたくしとローラが座ります。


「巻き込む形になってしまって、申し訳ありませんでした」


 馬車が動き出すと、ファンデルー様が謝罪の言葉を口にしました。

 ローラはまだわたくしの手をぎゅっと握っていますが、落ち着いた声でファンデルー様に尋ねます。


「あれはデスメト侯爵夫妻ですわね?」

「よくご存知で」

「単なる痴話喧嘩ではございませんね?」


 ファンデルー様は肩を竦めて少し苦笑されました。


「痴話喧嘩になるよう仕向けたのは私です」


 状況からすると、ファンデルー様が侯爵夫人と不倫関係にあり、嫉妬にかられた夫人がわたくし達を襲い、さらにそこへ夫人の浮気を知った侯爵が乗り込んできて三つ巴ということなのですが。――仕向けたとは?


「――デスメト侯爵には噂がございましたね」


 低く言ったローラの言葉にわたくしは「なんの?」と口を挟みたくなりますが、そんな雰囲気ではなく大人しくしていることにします。


「――違法な薬物の取引の噂ですわね」

「――よく、ご存知ですね」

「だから王立騎士団が?」

「そうです。ただご内密に。侯爵家ともなると簡単には手が出せなくて、私が奥方に近づいて侯爵を引っ張り出す任務でした。――こんなに早く引っかかるとは誤算でしたが。もう少し時間がかかると踏んでいたのです」

「……その割に、後の手際がよろしかったですわね」

「私の隊は今回、侯爵家の監視に付いていたので、そのせいです。――私はせっかくの非番だったのですがね」


 軽く溜め息を吐いて、ファンデルー様はわたくしの方を見て微笑みます。艶めいて甘やかな笑みは、人妻さえも虜にするような危険なものでした。


「観劇がぶち壊しになったのは残念でしたが……、そのおかげで面白いものが見られました。流石は武勇に名高い辺境伯、ファライゼン卿のご令嬢ですね」


 ――またしても「面白い」です。……ああ、まったく褒められてない!


「あまりに可憐なお美しいご令嬢なので、あの噂は嘘ではないかと思ったのですが、噂に違わぬ剣技、身のこなし、感服いたしました」


 ああ、でも結婚相手としては最低でしょう。護身のためでしたが、殿方の前で太股を晒すなど。ばつが悪くて視線を逸らしてしまいます。扇があったなら顔を隠したい。

 ――わたくしは同じことがあったらまた同じ対応をするでしょう。行為自体に後悔はございませんが、やはり伯爵令嬢らしくはないのかもしれません。普通の男性はローラのような反応をする女性が好きでしょう。


「生憎、今回の件でしばらくは忙殺されそうです。せっかくのお話だったのですが、仕切り直す時間がしばらく取れそうにありません」

「ええ、お気になさらず」


 わたくしはどうにか笑みを返しました。ファンデルー様もにこやかに笑い返してくださいます。


「王城にいらしてもらえればいくらか時間が取れることもございます。よろしければ、王城にお越しの際はお声かけください。――いずれ、時間が出来たら遠乗りなりご一緒できたらいいのですが」


 ――また王城。なぜ、おふたりとも王城に来させようとするのですか!

 社交辞令なのか判断つかないまでも、こんな方とおつきあいしたら日々落ち着かないであろうことが予測されました。女性が放ってはおけないような方なのです。どちらにしても、結婚相手としては不向きそうです。


「――機会がございましたら」


 わたくしも社交辞令を返しました。そして、我が家に着きました。

 ファンデルー様には、家の者に劇場で暴漢に襲われた旨をご説明していただきました。たまたま非番で居合わせたファンデルー様が対応した、というような説明をしてくださいます。その後はローラを送り届け、事後処理に戻るということで早々に立ち去られました。上司らしき騎士は「帰宅を許す」とおっしゃっていましたが、そうもいかないようでした。

 ぱたり、と閉じた玄関扉を虚しく見つめ、わたくしは溜め息を吐きました。


 ――ふたり目も失敗でした。

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