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8.プーニャの結末

 気づくと王手を打たれていました。ロジェ様はわたくしの攻めをかわしているように見せながらいつの間にか包囲を固め、確実に王を仕留めています。どう動いてもわたくしの王を守る方法はございませんでした。

 ――あっと言う間に完敗です。


「……負けました」


 わたくしは敗北宣言をします。ロジェ様は頬杖をついたまま、もう片方の手でわたくしの王をことり、と倒しました。


「――本当はもっと早く勝負をつけることもできましたでしょう?」

「そうですね。でもあなたは思いがけない手を打ちそうで、それが見てみたかった。……面白かったですよ」

「……わたくしの返答が不愉快でした?」

「いいえ。大変興味深い」


「でも、結婚する気にはならないのですわね?」

「そう。だからプーニャはここでおしまいです。理由を申し上げますと――私はね、領地には興味ないんですよ。父が苦労しているのを見ていますしね。あなたと結婚すると自動的に領地がついて来てしまうようですからね。それは正直面倒です。己の才覚のみでどこまで登りつめられるか確かめるのが、今は面白いから」


 完全に振られたようです。


「あなたの論は大領地だからできることです。初期投資にかけられる金さえないのが実状ですよ」


 領地には興味がないとおっしゃいますが、皮肉げな口調は決して無関心には見えません。そもそもこのような質問をされるのは、ご実家の領地に思うところがあるからでしょう。


「――実は昔、フォンス・ルナール博士の報告書を見て、私もあなたが考えたのと同じことを父や兄に進言したことがありました」

「……え? 磁器作りを産業とすることを?」

「ええ、そうです。あなたが同じことをおっしゃるので、正直、驚きました。私以外にあの報告書に気づく人がいようとは。二十年も前の、小領地の地質に関する報告書ですよ? 誰も見ませんよ、そんなもの」


「それで……、進言されて、その後は……?」

「――受け入れられませんでしたよ。理由は初期投資費用がないのと、人材を集める手立てがなかったからです。まず切り出す技を持った石工がいないし、石を切り出したところで、活用できる人材を探す伝手もありません。子どもの戯れ言として真剣に検討もされませんでした。陶石が取れることは報告書を見ればわかりました。切り出して周辺他領へ売ることも提案しましたが、あんな石が売れるはずがない、と一蹴されました。我が家であの地層の価値を正しく理解できたのは、残念ながら末子でなんの権限もない私だけでした」


 ロジェ様は自嘲するような微笑みをもう隠そうとはなさいませんでした。


「ならばもう領地を手放すべきだ、と何度も進言しましたが、王から拝領した領地を、王に取り上げられるならまだしも、勝手に売り払うようなことはできない、とそれだけは頑なに固辞されました。私は家内で孤立するようになり……、嫌気が差してエリスタル騎士団に入ることにしたのです」


 話すごとに切れ長の目に冷たさが増していきます。


「――ご実家と縁を切られた、ということでございますか?」


 恐る恐る尋ねてみれば、少しだけ瞳の冷たさを緩めて首を振られます。


「……いいえ、今考えれば単なる反抗期ですね。今となっては縁を切るほどのことではありません。お陰様で私は未だにアイデス男爵の三男のままですよ。もっとも騎士団を辞めたことによって更に家族の怒りを買い、こちらの方が縁を切られそうになりましたがね。領地に固執する父や兄と、領地経営に関しての一切に嫌気が差したまま関わる気が起きない自分と……、依怙地は家系ですね」


「あの……、わたくしと結婚すれば、先ほどの案は実現可能ですわよ? 婚約者のご実家ということで初期費用は貸せますし、人材に関しては東方に伝手がございますから用意は可能です。販路に関しても東側は既にある交易路を使えばいいですし……。ロジェ様も同じことをお考えになったのでしたら、悪いお話ではないと存じますが?」


 ロジェ様の怜悧な瞳は、それでも翻りそうにはございませんでした。

 最後にわたくしはもう一押しだけしてみます。


「我が領が最初から豊かな土地だとお思いですか? あんな片田舎の荒れた土地ですのよ。ご先祖が根気強く人を育てたのです。それこそ使える伝手はなんでも使って――だから、そちらも使えるものはなんでも使えばよろしいのです。わたくしを利用すれば初期費用が手に入るではないですか」

「魅力的なお話ではありますが……、代償が結婚ではこちらの負担が大きすぎる」

「そうですか……」


 わたくしは溜め息を吐きました。

 これではいつまで経っても平行線です。

 ロジェ様がご実家のために政略結婚に同意するのでなければ、この交渉は意味がございません。


 ――なかなか、簡単には行かないものです。


 打つ手も尽きましたから、長居は無用です。

 そろそろお暇しようとわたくしは立ち上がりました。


「本日はお会いできて嬉しゅうごさいました。また機会がございましたら、プーニャのお相手をお願いいたしますね。ご機嫌よう」


 挨拶をして、部屋を出るためロジェ様の側を通り過ぎようとした時、サッと手を掴まれました。

 執事のダンがはっとしたように一歩前へ出ます。


「アイデス様」


 一言だけ短く警告したダンの方に僅かに視線を動かした後、ロジェ様はわたくしを射すくめるように見つめました。


「結婚する気もない私が今日、ここへ来たのはなぜだと思いますか?」

「リュカス様とバルトルトがお願いしたからでしょう? ご無理を申し上げました」


 ですから離してください、と続けるつもりができませんでした。ロジェ様がわたくしの手の甲にそっと口づけられたから。

 ――あまりにびっくりしすぎて言葉を失います。


「あなたに興味があったからです。型破りな伯爵令嬢を見てみたくて。――予想以上でした。結婚相手には今のところなれませんが、恋人のひとりにしてみませんか?」

「は?」


 手を掴まれたまま、困惑してロジェ様を見つめ返してしまいます。


「わたくし、合理的な結婚はしても恋をする気はございませんの。生憎、誰にも」

「合理的な恋人関係もありますよ。利用したら、とおっしゃったのはあなたですよ。利害だけで結ぶ関係はどうですか?」

「それこそ、わたくしに利がなさすぎます。結婚するなら構いませんが、そうでない方と遊ぶ気にはなれません。わたくし、それほど安くはございませんのよ」


 きっぱり申し上げると、ロジェ様は軽く肩を竦めて手を離してくださいました。


「冗談です。あなたのような方と一緒にいられたら楽しいだろうな、と思っただけです。――色恋抜きならまたお会いしていただけますか?」

「はい?」

「あなたと話していると、貴族のご令嬢と話しているような気がしないのです。……そうだな、同士のような感じがして」

「……はい? それって、褒め言葉ではございませんわよね?」

「最上級の褒め言葉ですよ。なにを聞いてもふんわりとしか答えられない頭の空っぽな姫君方のお相手をするのは飽き飽きでしてね。――あなたは違う。一聞けば十答える。攻める時を逃さず、かと思えば真っ直ぐすぎて腹芸ができない。……なんでもかんでも正直に話しすぎなくらいですよ」


 それって、馬鹿正直なくせに小賢しいとしか聞こえません。

 ――まったく褒めてないではないですか!


「王城にいらっしゃった時は、ぜひお声かけください。またプーニャをしましょう。社交辞令ではなく」

「――お忙しいでしょうから」


 お断りしかけたわたくしをロジェ様が笑顔で遮ります。


「時間とは作るものですよ、友人のためなら。――いずれ信頼関係を築けたら、ファラゼイン家……いえ、あなた自身に正式に融資の商談を申し込みます。そちらの利にもなるよう案を考えますからご検討いただけますか?」

「あの……、申し訳ございませんが、意味がよく……?」


 いつの間に、商売の話になったのでしょう。結婚の話をしていたはずですが。だいたい、結婚できないと今お断りになったばかりではないですか。それなのに、なぜ、商談?

 そこに、ノックの音が響きました。ダンがすぐさま扉を開けます。ローラが戻って来たのです。


「お待たせしてしまって、申し訳ございませんでした。――あら、プーニャはもう終わってしまって?」


 立ち上がったわたくしと、盤面を見てローラが不首尾を悟ったようです。


「ローラ、わたくしそろそろお暇いたします」

「あら、もう少しゆっくりしていっては?」

「いえ、あまり遅くなるとお父様に叱られますから。――ダン、お願いしますね」

「かしこまりました」


 別室に控えているファラゼイン家の使用人を呼んでくれるようお願いして、わたくしは別れの挨拶を述べました。


「ロジェ様、ご機嫌よう」

「お約束しましたよ、ぜひまたお会いしましょう。――お気をつけてお帰りください」


 お約束したつもりはございません。それには返答せず、ただにこりと笑うに留めてアーヴェル邸を辞去しました。





「つ、疲れた……」


 自宅へ戻り、着替えて自室に着くや、寝台に倒れ込みます。普段使わない頭を極限まで使った挙げ句、なんの成果も挙げられないどころかわけのわからない状況に投げ込まれて、ぐったりしてしまいます。


 ひとり目から手強すぎて自信をなくしました。この先まだふたりも残っています。早々に自分の計画を諦めたくなります。アーヴェル家の兄妹に指摘されるまでもなく、色仕掛けは向いていません。頭脳戦もまた然り、でございます。


 ――バリィ、なんて方を紹介してくれたのかしら!?


 今夜はもうこのまま寝てしまおうと、横たわっていると侍女が遠慮がちに声を掛けてきます。


「あの、お嬢様、旦那様がお呼びでございますが……」

「――そう。伺います」


 ローブを羽織り居間へ向かうと、こちらもなんだかぐったりされたお父様が、虚ろな目で虚空を見つめながら椅子に身を沈めていらっしゃいます。


「お帰りなさいませ、お父様。お呼びですか」

「ああ、クロエ。もう休んでおったか、すまなかったな」

「いいえ、なにかお話でも?」

「お前、次の王宮主催の舞踏会には参加するように」

「えぇ……? わたくしはご遠慮いたしますわ」


 疲れていたこともあってあからさまに面倒、と顔に出てしまいました。お父様は溜め息を吐いて首を振ります。


「陛下からの直々のお達しだ。断れるわけがなかろう」

「陛下って……、なぜ陛下がわたくしなど」

「お前が王都に馬で乗り込んだ噂を聞かれたようでな、面白がられて連れて来いということになった。――どうしてくれる。笑い者だぞ、お前」

「ええと……、急な病を得たことにすれば?」

「できるか。馬を乗り回すような娘、病気になりそうにもないわ。ばれたら首が飛ぶ」

「うう……、でもわたくしが行ったら余計笑い者にされるのでは?」

「とにかく、行くしかあるまい。挨拶だけしたら大人しくしていろ。――三週間後だ、支度しておけ」

「えぇー……」

「恨むなら自分の所行を恨むのだな。……ああ、ヴァシル様もいらっしゃるようだから、お目に留まるよう準備しておけ」

「……えぇ?」


 大人しくしながら目に留まれというのは至難の技ではないですか?


「文句ばかり言うな。とにかく伝えたからな。頼むぞ。……はぁ、儂は疲れた。常識のない娘を持つと命が縮むわ」


 下がれ、と手で払われて渋々居間を出ます。

 ――うーん、こちらも対策を考えねばなりません。どうしたものかしら。

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