外交官の潜入調査(前編)
城の一角にある会議室。そこには珍しく総統とエース以外が揃っていた。普段であればジョーカーは遅刻をするかマイクとスピーカー、またはインカムを勝手に繋げて自室で聞いているのだが、総統が意地でも全員揃わせようとスペードを使ってジョーカーを会議室に連れ込んだ。
バンッという扉の音と共に入ってきたのは、総統とエース。二人が定位置に着くと、空気が少し張り詰める。
「さて、急な招集で申し訳ないわね」
「そう思ってんなら呼ぶなよ」
バンッ
「・・・何か言ったかしら?」
ジョーカーの嫌味が聞こえたのか、総統は銃口からほのかに煙が出ている拳銃を笑顔でジョーカーに向けている。向けられているジョーカーは無表情のまま首だけを右に傾けている。そしてその後ろの壁には穴が空いている。
「ジョーカー、今から本題に入るんだから口閉じてろよ」
「へーい」
隣に座っていたエースが軽く咳払いをしてジョーカーに注意をする。ジョーカーは気の抜けた返事をして机に顎を乗せる。総統は拳銃を仕舞い、ゴホンッと咳払いをする。そして、机に手をつき、まっすぐ、全員を見る。
「さて、急に集まってもらったのは、事を早く終わらせたいからなんだけど、今回はハートがメインで動いてもらうわ」
「私?」
「そうよ、貴女にある意味合っている仕事よ」
「・・・・・それはハニートラップ?それともいつも通り外交?厄介な外交でもあるの?」
「いえ、全然違うわ。今回は潜入調査。事によっては殲滅も考えているわ」
「でも、それならハートさんよりジョーカーさんやエースさんの方がいいんじゃないですか?」
総統の潜入調査の一言でハートは怪訝そうな顔をし、ハートの隣に居たクラブは不安そうに総統に問う。
本来潜入などはハートではなくエースやジョーカー、場合によってはスペードがメインになるのだが、今回はハートを指名している。
本題を知らない幹部からすれば、疑問に思うのは当たり前である。しかし、総統は自信満々な顔をし、続きを話そうとする。
「実はね、今回の潜入調査の場所はね、〝カジノ"なの」
「全力で行かせていただきます!!!」
総統の「カジノ」という言葉を聞いた瞬間に、ハートは勢いよく立ち上がり、目を輝かせ、食いつくように反応をする。そして、カジノという言葉を聞いたエース以外の幹部は心の中で納得をする。
「なるほどな、カジノならギャンブル好きのハートが適任、尚且つやりたがるってわけか。ババアにしては考えたな」
「そういうことよ。正確にはその裏で行われている何かしらの取引とかの調査よ。でもハート一人だと少し心配だから、今回はダイヤとジョーカーにも護衛として付いていってもらいたいんだけど、いい?というか、今ババアって言ったかしら?」
「・・・・・何ことやら」
「ちょっと待て。ジョーカーが護衛なのは分かるが、なんで俺なんだ。戦闘面ならスペードの方が適任だろ」
「スペードはカジノのルールが分からないでしょうし、そんな人が行って逆に怪しまれるのも困るから、ダイヤにしたの」
「えー!俺チンチロなら分かるよー!!」
「・・・スペード」
「ほ?」
いつの間にかエースが自分の席から離れ、スペードの近くに居た。そしてどこから取り出したのか、お椀とサイコロをスペードの前に置く。サイコロは「4.5.6」で並んでいる。
「問題だ、これの名称と配当は?」
「エース俺のこと馬鹿にしてるだろ!これは役なし!即負けの払いだろ!」
「・・・・・見てもらったとおりよ」
「納得した。てか、お前この前ハートとチンチロやってただろ。もう忘れたのかよ」
「え!?・・・・・・・違うの・・・?」
スペードの驚愕といった反応にダイヤは思わずため息をもらし、頭を押さえる。
「今のはジゴロ、即勝ちの2倍だろ」
「ダイヤ正解」
「まじかー!ダイヤすごいな!」
「お前は一回その脳みそを取り替えてこいや」
スペードは自分が不正解だった問題をダイヤが正解したことによりキラキラとした尊敬の眼差しでダイヤを見る。しかし、ダイヤからすれば最近やったばかりのゲームのルールを忘れているスペードに若干の呆れを感じ、スペードにチョークスリーパーをかます。
「ねえ総統、一つ質問があるんだけどいい?」
「なに?ハート」
「・・・・・経費はいくら降りる?」
「貴女の来月の給料分」
「要するに自腹ってこと?なんで経費が降りないの?」
「貴女の場合、経費にしたら全部どころかそれ以上使うでしょ?仕事ということを忘れて遊びそうだから貴女の給料にしたの」
「チッ」
ハートは総統に金銭面の確認をしたのだが、自分の給料から出ると聞いて、納得がいかないようで抗議をする。しかし、総統の意見にハートは何も言えなくなり、小さく舌打ちをする。
「ハートさん楽しいそうですねー」
「休暇とれたら絶対ギャンブルやりに行くレベルで大好きだもんなー」
「さて、作戦は追って説明するわ。一時解散」
総統の解散の一言で全員解散する。
はずだったのだが、ダイヤとジョーカーの肩を誰かの手がガシッと掴む。ジョーカーとダイヤは嫌な予感がし、ゆっくりと後ろを振り向く。振り向いた先にいたのは満遍の笑みをしたハートだった。
「二人共、一緒に行くならそれなりの格好をしないとね」
「・・・・・・あー、確か俺はガレージ部屋にスーツがあったからーそれ着るわー」
「エースのスーツ借りるからハートは自分のドレス選んどけよ」
「ダイヤの部屋にツナギしかないのは知っているわよ。ジョーカーに至ってはエースに借りても背丈が足りないから着こなせないでしょ?嘘言ってないで、ほら、城下町行くわよ」
ダイヤとジョーカーはハートに嘘を見抜かれ、意地でも逃げ出そうとする。しかし、何故かハートの手は剥がれなかった。そして一瞬の隙を突いてハートは二人の服の襟をつかみ、そのまま二人をズルズル引きずって城下町に出ていった。