はじまり
「くわぁー・・・」
大きなあくびをし、琥珀色の髪でつなぎを着た青年が伸びをしながら朝日が入り込む中庭が見える廊下を歩く。その青年の左手の甲にはトランプのダイヤのタトゥー。
日の暖かさを感じながら中庭を見つつ、今日も朝は平和だと青年はしみじみ感じる。数十分歩き、青年が大きな扉の前に着くと、その扉を開ける。
そして、香ばしいに匂いが漂う食堂へと足を踏み入れる。
「ダイヤー!!こっちー!!!早く来いよー!!!!」
入るなりダイヤと年齢は同じくらいであろう群青色の髪の青年は喜々として座っていた席から立ち上がり、ダイヤに向かって体全体を使いこっちに来いと呼ぶ。
群青色の青年の服装は腹部がほんの少し見える為、右脇腹にあるスペードのタトゥーが手を上に上げたりするとチラリと見える。
そんな青年の呼びかけに応える素振りもなくダイヤは食事を取りに行こうとする。それに気づかないと思ったのか、青年は「こっちだってー!」と言いながらダイヤにタックルをするのではないのかと思われる勢いでダイヤのもとに走る。
青年の元気な声と、走ってくる勢いにダイヤは何かを感じ取り。
「飯を取りに行かせろ!バカスペード!!!」
つなぎのポケットに入れていたスパナを投げつけた。
だが、スペードがそれを避けたためそのスパナは壁に刺さった。スペードは先程までの勢いを急停止し、スパナが刺さった壁を見た。
「うわっ、めっちゃ深く壁に刺さってんじゃん。あとでおばさんやハートに怒られても知らないよー!」
「あー、ハートに怒られるのはマズイな・・・」
「しっかり見てたわよ、ダイヤ」
「げ・・・」
食堂の入口には、スーツ姿で、第二ボタンまで開け、マゼンタ色のストレートロングの女性、ハートが腕を組んで立っていた。ハートの鎖骨にはハートのタトゥーが見える。
スペードはハートと、ハートの後ろからひょこっと顔を出す右の太ももには、トランプのクラブが描かれたタトゥー、茶髪のロングウェーブで薄緑色のゴスロリを着たゆるふわな感じの少女に元気に挨拶をする。
「ハート、クラブおはよう!!」
「おはようスペード」
「スペードさん、おはようございますー」
ハートは優しい顔で、クラブはふわりと笑い、スペードの挨拶をした。
「ハート、あれ後で直すから説教は勘弁してくれ」
ダイヤはスパナの刺さった壁を親指で指して弁解した。
ハートはため息をし、ダイヤの方を見る。
「まぁ、それならいいけど。クラブ、朝ごはん取りに行きましょう」
「はい」
クラブはハートの後ろをトコトコと着いて行く。
ダイヤは説教されるという危機を乗り越え安堵した。ダイヤは壁に刺さったスパナを抜き取り、ほぼ全員が揃ったと思い、自分も食事を取ろうとする。しかし、ふと、とある疑問が浮かぶ。
「そういえば、ジョーカーはどこだよ。あいつ基本一番最初には居るだろ」
「そういえば、見当たらないわね」
「ジョーカーさん、お寝坊ですか?」
ハートもダイヤの一言にふと疑問を感じ食事を取りに行く足を止める。クラブはキョロキョロと辺りを見渡す。しかし、スペードだけは、何訳のわからないことを言ってるんだ。とでも言いたげなポカンとした顔をする。
「ほ?ジョーカーならここにいるぜ」
スペードは「ほら」と言いながら自分の横を指さした。
その横には机に頭だけを突っ伏して寝ているのは黒髪の青年、ジョーカー。肩が出るほどゆるい白い服の下、項から死神のタトゥーがチラリと見える。
「相変わらず気配消すの上手いよなー」
「スペードさんじゃないと分からないですね」
「いやー、それほどでもー」
クラブの褒めの一言にスペードは頭をかきながら照れる。
ハートはジョーカーに近づいた。
「なんでこんなところで寝てるのかしら」
「大方、徹夜してゲームだろ」
「・・・・・・・・・違う・・・」
ダイヤたちが話していると、気だるそうにジョーカーがゆっくりと顎を机に乗せるように起きる。
その目は死んだ魚のようで、目の下にクマがある。
「おはようジョーカー。昨日は何をしていたのかしら?」
「貯めてた仕事・・・。ババアに、仕事終わらせなければゲーム奪うって・・・脅された。・・・あのクソババア」
「誰がクソババアよ」
食堂の入口で、仁王立ちをし、腕を組んで立っている黒髪ポニーテールの女性。腰には刀を携えている。
その後ろには、金髪隻眼の男性がタバコを咥えながら扉にもたれ掛かっている。
「もう35になるんだからババアだろ」
「失礼ね!まだ25よ!私は永遠の25歳なんだからまだ若いわよ!」
この女性の反論に全員が「嘘つけもう歳だよ35歳」と答えた。
「あんたたち・・・ホント可愛げないわね・・・」
女性は怒りを我慢するかのように片目をピクピクさせて言った。
金髪の男性はやれやれと言った表情をし、女性の一歩前に出て反論した全員に一言言う。
「お前ら、あんまり総統をいじめてやるな。後がめんどくさい」
「あんたも大概よ、エース」
総統はエースの一言に何処かイラっとし、エースの肩に手を置き睨む。
エースは目をそらして「すまん」と一言言ってタバコを吹かした。
「ちょっとエース、食堂は禁煙でしょ」
「そうだったな、すまん」
ハートが怪訝そうにエースに注意をし、エースはポケットにあったポケット灰皿にタバコをしまった。
エースはそのまま自分の食事を取りに行く。
「ババア、昨日仕事したから今日は無しでいいだろ」
「そんなわけ無いでしょ、今日は見回りよ」
「クソババア・・・」
ジョーカーは不満そうにボソっと呟くと、
「その口、二度と開かないようにしてやるわよ」
総統はジョーカーの顔スレスレに刀を向けた。
「やってみろよ、返り討ちにしてやる」
机に顎を乗せたままジョーカーは机の下で、いつの間にかどこから出したのか分からない拳銃を総統に向けていた。
「いやー、相変わらず仲いいよなー!ジョーカーと総統は!!」
「私にはそう見えないけど?」
「喧嘩するほど仲がいいって言いますもんねー」
「喧嘩というより、下手したら殺し合いね、これ」
「でもさ!これ見ると平和な感じするよな!」
「そうですね」
「そう?」
「日常茶飯事ですもの」
「・・・それもそうね」
スペード、ハート、クラブは他人事のように談笑してジョーカーと総統の喧嘩を傍観していた。
ダイヤだけはさっさと食事を済ませて、食事中のエースに話しかけた。
「エース、俺の仕事は?」
「あー、俺が知ってる範囲だと、この前お前が作った武器の修理か?スペードがこの前壊したって慌ててたし」
「スペードッ!!!!!!」
エースからスペードが自分が作った武器を壊されたと聞いた瞬間に、鬼の形相で先ほど壁に刺さっていたスパナを片手に持ち、スペードがいるであろう方向を向いた。
しかし、ダイヤが見た方にはスペードの影はない。
「そっちの会話が聞こえたみたいで、さっき慌てて出て行ったわよ」
優雅にコーヒーを飲んでいたハートが応え、クラブが食堂の入口を指さした。
「あの野郎!逃がすか!!!」
ダイヤはスペードを追うかのように走って食堂を出た。
コーヒーを飲み終えたハートもエースに本日の仕事を聞く
「エース、私は?」
「午後から外交が入ってるぞ」
「分かったわ。内容は分かる?」
「これだ」
「ありがとう、軽く目を通しておくわね」
ハートはエースから受け取った書類を持って食堂を去った。
その後にひょこっとクラブがエースの横に行った。
「わたしは何を致しましょう?」
「あー・・・特に聞かされてねぇから決まるまで好きに薬作ってていいぞ」
「ありがとうございますー!」
クラブはルンルンと鼻歌を歌いながらスキップをして食堂を去っていった。
エースは去っていったクラブが見えなくなった瞬間にゆっくりと総統とジョーカーを見た。
武器を向けてはいるがやっている口論してる内容は小学生の喧嘩と思われるような感じで、エースは呆れしかなかった。
「そろそろ辞めたらどうだ?」
「ババアが素直に俺にゲームを買ってくれたら許してやる。ついでに仕事を減らして警備室から出ない引きこもりライフを保証してくれたら尚良い」
「仕事がないといつまでも引きこもってるあんたがちゃんと仕事すれば、私は、優しい、から考えてあげないこともないわよ。あと、あんたは引きこもるんじゃなくて前線に行きなさい。そのチート並みのその戦闘力を腐らせない為にねぇ」
「優しい」という言葉を強調して総統は胸を張るようにドヤ顔した。
その態度にイラついたのか、ジョーカーは小さな青筋を浮かべた。
「考えるじゃなくてゲーム寄越せよクソババア、殺すぞ」
「今すぐその口開かないようにしてやるわよ」
エースは2人の子供さにため息をもらす。そして、ポケットから何かを取り出した。
「・・・いい加減にしないと、お前らまとめて眠らせてクラブの実験台にするぞ」
エースは片手に「睡眠薬♡」と書かれたスプレー缶を持ち、微笑みながら言い放った。
すると、総統とジョーカーは声を揃えて「すみませんでした」と謝った。
「はぁ・・・。とりあえず、ジョーカー!見回りに行くぞ」
エースはジョーカーの首根っこを掴んで引きずっていった。
「ざまあみなさい!」
「煽るな総統、いい歳なんだからガキみたいなことするな」
「いい年とか言うな!ジョーカー、せいぜい引きこもった分運動してきなさい!」
「チッ、ババアには血も涙もないのかよ。これだからババアはダメなんだよ・・・」
その一言が聞こえたのか、総統は見回りから帰ってきたジョーカーとまた口喧嘩をするのであった。