―始―
※初投稿です!至らない点が多いかと思いますが、暖かく見守っていただけると嬉しいです!
運命なんて、無い。
そんなことは初めからわかっていた。
パンを加えて走ってたら曲がり角で美少女と衝突するだとか、実は前世では恋人同士で、その記憶が今でも残ってるだとか。
そんな、よくある少女漫画に出てくる様なキラキラした恋物語なんか、現実ではありえない。
そうわかっていたのに今こうしてわざわざ君のところへやってきたのは、君がよく口にしていた「運命」を認めてしまうことになるだろうか。
今日、外は久々の雨で白く染っている。
梅雨を越してからはほとんど雨なんて降らなかったというのに、珍しく朝からずっと降っている。
まるで空が「今日」という日の意味を理解しているみたいだ。
そういえば、君は雨が好きだった。
いつもの喫茶店の窓際に座って目を瞑りながら雨音を堪能し、甘いコーヒーを飲んでいる君の姿が今でも脳裏に浮かぶ。
……今更雨が降っても喜ぶ人はもういない。
「今日は良い天気だね」なんて皮肉を言っても、反応してくれる人はいない。
線香の匂いに包まれて、写真の中の君は太陽のように笑っていた。
式が終わり、皆ぞろぞろと解散していく。
ずっとハンカチを目に当てている人や、何もわかっていないまま、無邪気に駄々をこねる子供。
しばらくはそんな人達でいっぱいだった場内も、数十分も経てばほとんど静まりかえった。
君がいなくなってしまったことが悲しくないわけじゃない。
ただ、不思議と涙は出なかった。
手を合わせている間は、悲しむよりも君との思い出にほくそ笑んでいた。
……親族の方が知れば殺されてしまうかもしれないが。
雨も弱まり、自分もそろそろ帰ろうとした時
「待ちなさい。」
と後ろから呼び止められた。
……母親だ。君の。
泣き腫らした真っ赤な顔で睨みつけ、踵をカツカツ鳴らしながら近づいてくる。
「……こんにちは。この度は」
言いかけた僕の頬に平手打ちが炸裂し、言葉を遮った。
パァンと乾いた音が静かな場内に響く。
「……誠に…ご愁傷さまです。」
余韻の残る頬に手を当て、頭を下げる。
今ので残っていた人たちが反応しない訳もなく、あちらこちらでひそひそと小声で話している声が聞こえる。
……厄介なことになったな。
「……よくのうのうとやってこれたわね。」
頭の上から、弱々しく震えた声がする。
悲しみと、怒りが混じったような声。
「あなたが叶恵と関わらなかったら、叶恵はこんなことにはならなかった。」
吐き捨てるように言われた言葉が胸に刺さる。
頬と心の痛みで視界が滲んでくる。
だが、式の最中でさえ泣かなかったのに、こんなことで男が泣いてはいけない。
唇を噛み、ぐっと拳に力を入れてなんとか耐える。
ゆっくり顔を上げると、ぷるぷると震えながら肩を大きく上下させている彼女がいた。
一番悲しんでいるのは彼女なのだ。
僕が泣いていいわけがない。
「あなたのせいで……叶恵は……!」
言いながら、彼女は祭壇に飾られた写真を見た。
自分の娘が、屈託の無い笑顔で写っている。
アルバムの中ではなく、遺影として。
望月 叶恵は死んだ。
信号無視をしたトラックに撥ねられて。
現場付近のカメラには、信号が青になったのを確認して飛び出した小さな子どもを庇う彼女の勇姿が記録されていた。
ただの不幸な事故。
犯人はトラックの運転手で、僕が責められるような要因はないように思える。
しかし彼女の母親が僕を叩いたのは、ちゃんと理由があった。
望月 叶恵はその日、僕に会うために出かけたのだ。
「犯人」が別人だとしても、「原因」が僕に会うためだとわかっていれば、矛先が向いても仕方ないし、むしろ当然のことだ。
僕に会おうとしなければ、死ぬことはなかった。
僕に関わらなければ、今頃大勢の友達に囲まれて笑顔を振り撒いていた。
そんな重たい事実が背中にのしかかる。
「もう……帰ってください……」
二度と来ないで。言わずもがな込められた意味に一瞬動揺し、もう一度深く頭を下げ、そして背を向けた。
嫌われていることはわかっていた。
だから、今日だってそれなりの覚悟はしてきた……はずだった。
目に溜まった水が、瞬きの衝撃で頬をなぞる。
おろしたての袖で何度も擦り、いい歳して情けないな、なんて嘲笑を雨音に溶かした。
周りに聞こえないように。だが、はっきりと自分に聞こえるように。
君がいなくなってしまって悲しくないわけじゃない。
それでも涙を流さなかったのは、君との思い出は、君の無邪気な笑顔でいっぱいだったから。
だから、そんな君との関係を拒絶されたことが、何よりも悔しかった。
泣くな、自分。
何度も自分に言い聞かせる。
泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな。
「……っ」
なんとか、堪え切った。
大きく息を吐いて、胸いっぱいに湿気た空気を吸い込む。
雨は強くなっていた。
そういえば、君と初めて出会ったのもこんな雨の日だった。
目を閉じ、あの日の匂いを繰り返す。
君の声、君の髪、君の顔、君の仕草。
何一つとして忘れたことのない「君」を、もう一度頭の中で味わうように。