パーティーを追放されました。解雇理由:スキルがゴミ集めだから 2
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↑こちらの続編となります。未読の方はこちらからお読みください。
リョーコとレンツの出会いから、3日ほど経った。劇的な出会い、そして強敵との遭遇を潜り抜けた2人の間には特別な絆が芽生え……と言うのは、4,50割ほど誇張された表現になるだろう。
しかしリョーコはこの世界での生活基盤を必要としており、一方のレンツは寄る辺の無い少女を身一つで放り出すのに気が引ける程度には良心と余裕があった。リョーコがレンツのスキルの真価を見抜いたということ、あと多少の下心もあり……なし崩し的に、2人は共同生活を送るようになっていた。そんな、新生活の朝。
「おい、リョーコ……リョーコって!」
「う~……」
半ば強制的に宿のベッドを占領されたレンツは、床に敷いた毛布から起き上がり、ベッドに眠るリョーコの体を揺らす。
「今日から仕事を始めるんだから、早く起きないと」
「起きます、起きます……でもその前に、着替えるから出て行ってください」
リョーコはレンツを部屋の外に出してから、外出用の服に着替える。シャツとスカートと言う最低限と言って良い物だったが、彼女が着ていた学校の制服と白衣と言う組み合わせよりはまだ目立たず、野外行動に向く物だった。ズボンでなくスカートなのは彼女の拘りらしい。
2人は宿の1階で朝食を摂ると、その足で冒険者ギルドに向かう。リョーコがレンツと行動を共にする都合上、必然的にリョーコも冒険者として活動する必要があった。今回はその初仕事と言う訳だ。
「さて、何が良いかな……」
「この、ゴブリン退治はどうでしょうか。ファンタジーの手始めはゴブリンと相場が決まっているものでしたけれど」
「あ~、ゴブリンか……確かにそう強くないけど、初心者向けってわけでも無いんだ。ほら『ゴブリンの群れ』って書いてあるだろ? 俺たちは2人しかいないから、数の差が凄く響くんだ」
「ランチェスターの法則、ですね」
「ラン……何?」
「いえ、数の差は大きいって言う話です」
数の差が実際の戦力比以上に双方の被害に影響する。地球で見いだされたその法則に対応する言葉こそこの世界には無かったが、同様の事は経験則として知られていた。いわゆる腕利きと呼ばれる戦士でも、ゴブリン3体を相手どれば2体を倒している間に残り1体に背後から切りかかられてやられる、ということは充分ありうるのだ。
「(ましてや、リョーコを守りながらだもんな……)」
レンツはリョーコを冒険者にするにあたり、一応武器も持たせてみたのだが……結果は散々。弓は引けず、剣は振れず、もういっそ何も持たないほうが逃げ足が速くなる分まだマシ、と言う有様だった。
そんなリョーコだが、掲示板に貼られたゴブリン退治の依頼票をマジマジと眺め、何やら考え込んでいる。
「レンツさん、やっぱりこの依頼受けましょう」
「ええ? いや、だから……」
「ほら、ここ『ゴブリンの住み着いた洞窟の制圧』ってあります」
「まあ、そうだけど……」
リョーコが、自分がこの世界の文字を読めるようになっていることに気付いたのは、この世界に来て4日目の事だった。語学として習得した、と言う訳ではなく、意味が直接理解できるようになっていたのだ。
この異変はリョーコに取って利益になったが……同時に、自分自身の体に何かしらの作用が働いていることがはっきりしたということでもある。リョーコ自身、相当な気味悪さを感じはしたが、字が読めないという即物的なリスクを排除できたということは大きいと考えていた。異世界ということを受け入れたことで、ある種肝が据わったともいえる。
その彼女が強く推すこの依頼だが、一方のレンツはあまり乗り気ではなかった。
「洞窟は死角が多いし、暗いところへ入っていかないといけない、やっぱり……」
「それなんですけど……」
レンツとリョーコは、問題の洞窟へとやってきていた。そこは入り口が一つしかない行き止まりの洞窟で、曲がりくねり枝分かれして地中へと続く穴は、天然のダンジョンとして侵入者を待ち受けていた……のだが。
「そのくらいで大丈夫だと思います」
「よし、じゃあいくぞ!」
破裂音と共に、圧縮された土が本来の体積に戻る。結果、入り口から数mに渡って洞窟は土に埋まることになった。
「後は一週間か……長くても一月ほど放っておけば、勝手に全滅してくれるはずです」
「生き埋めかあ……結構、えぐいな」
「別に、中で何か取れるってわけじゃないんですから良いでしょう? じゃあ帰りましょう」
この世界の人々が持つ、スキルと呼ばれる特殊技能。その効果は様々だが、レンツの場合……周囲の塵やゴミを集める、という物だった。掃除には大変有用だと言えるが、荒事を生業とする冒険者にとって、掃除用のスキルなど無用の長物でしかなく。彼が元居たパーティーを追放される理由となったのだが……
「次はこれにしましょう。この街の堀に住み着いた……淡水鮫の駆除」
「水中の相手か……一筋縄じゃ行かないぞ。泳いで戦うのは無謀だし、釣り上げるにしても……」
「誰も、そんなことするなんて言っていませんよ」
「え? じゃあどうやって……」
堀に水柱が上がる。水草と小魚の混じった飛沫が収まると、濁った水面に腹を見せた鮫が浮かんできた。
「どうなってるんだ? 水中じゃ剣も矢もまともに届かないのに」
「その代わり、爆発の圧力は凄く良く伝わるんです。じゃあ、今のうちに引き上げちゃいましょう」
リョーコは『集める』点よりもその後の『解放』に注目した。集められたことで高い圧力を持つようになった物体を解放すれば、そのまま爆発物として用いることができる。堀の鮫を仕留めたのも、それを用いた……ダイナマイト漁の原理だった。
「一日で二つの依頼をこなすのは初めてだよ……」
「その分、稼げたんでしょう? 一体どのくらいになりましたか?」
「えーっと、ゴブリンの方が9000サルクで、鮫の方が12000サルク。鮫革も売ったけど、肉は駄目だったから3000サルクで…」
「計24000サルク。2人分の稼ぎとしては充分じゃないですか?」
サルクと言うのはこの世界の通貨単位だ。地球と比べ物価は違うものの、大よそ1サルクが1円程度。通貨としてコインや紙幣が流通する、リョーコにとってもなじみ深い形式の経済形態を持っていた。
「けど、毎日都合のいい依頼があるとは限らないから無駄遣いはできないよ。宿賃だって払わないといけないし」
「もっと割のいい仕事を取らないといけませんね」
宿一階の食堂で夕食を取りながらも、今後のことについて語る2人。その先行きは決してバラ色とは言えなかった。新しくパーティーを組んだ時にはありがちなことだが、2人で仕事をするということは1人当たりの稼ぎを半分にするという事。しかし、仕事を倍こなせるかと言うと必ずしもそうではない。何しろ、移動時間は減らせないのだ。
「割のいい仕事か……言うのは簡単だけど……」
レンツは考え込む。割のいい仕事と言うのはつまり困難な仕事ということだ。強力なスキルを持った冒険者が何人もパーティーを組み、その上で挑むような。
戦えるのはレンツ1人。そのスキルも最初考えたよりはずっとましだとは言え、強力な攻撃魔法に比して優秀かと問われれば、レンツは首を横に振らざるを得なかった。
「やっぱり、地道に行くしかないよ。2人で頑張ってたら、そのうちどこかのパーティーに入れてもらえるかもしれないし」
「消極的なのが必ずしも悪いとは言いませんけど……」
一方のリョーコは多少の焦りを覚えていたが、レンツの見解を覆すほどの有意義な意見は無く、黙って料理を口に運ぶ。幸いなことにこの世界の食糧は地球人の口にも合う物で、スパイスの効いた肉やみずみずしい野菜で腹を膨らませることができた。
「(このくらいの文明レベルだとスパイスってすごく高かったはずだけど……ん? いやいやいや、考えない考えない)」
肉をかみしめながら、ふと……振られた黒い粒が彼女の知る胡椒ではなく、他の……何か気持ち悪い虫の欠片であるとか、良くわからないドロドロを乾燥させたものであるとかであるという可能性に気付いてしまったリョーコだが、それを何とか頭から押し出すことに成功した。
夕食を終えて宿の部屋に戻り、リョーコは窓から外を見上げる。『太陽の轍』と呼ばれる空の帯を見上げる……土星の様な小惑星のリングがこの星を取り巻いているのだろうと、彼女は予想しているが、今それを確かめる方法はない。
帯からの光でこの世界の夜は地球よりずっと明るく、星もろくに見えない夜を過ごすリョーコだが……東の空に赤い光が灯っているのを見つけた。
「(違う街があるのかな……)」
そんな小さな疑問を胸に抱きながらも、リョーコは窓を閉めてベッドへ横になる。レンツに支払わせた部屋は、そこそこ快適な暮らしを彼女に提供していた。
翌朝、新たな仕事を探しにギルドへ赴いた2人だが、前日とは違い重苦しく物々しい空気が漂っていた。
「どうしたんでしょう。何か雰囲気が違うような……?」
「これは……なんてこった、こんな時に……!」
レンツは依頼掲示板に駆け寄ると、そこに貼られた大きな一枚の紙に『緊急依頼発行中に付き、通常の依頼は停止中です』と書かれている。
「緊急、依頼?」
「そうだ、これが出ると冒険者は全員参加しないといけない。俺も……リョーコだって、同じだ」
緊急依頼が出されるのはいくつか基準がある。だがおおむね共通しているのは……街に被害が出る危険性が高い、ということだった。何しろ、ここは『要塞都市』なのだ。高い壁を作って街を守るのにはそれなりの理由がある。
「一体、何があったんだ?」
「ここからほど近い場所で、フレアワイバーンが目撃されました。夜営していた隊商が襲われたそうです」
「フレアワイバーンだって!?」
「ワイバーン……って、いわゆる飛竜、ですか?」
「ああ、しかも炎を吐く奴だ!」
「それってやっぱり……強いんですよね?」
「当たり前だろそんなこと……!」
飛行する魔物は、一般的に歩くだけの魔物よりも脅威度が高い。槍も剣も届かない上空に位置し、要塞の壁も軽々と飛び越える。ましてやそれが炎を吐くともなれば、ちょっとした災害に近い被害を出すこともある。
「で、でも、強力な魔法で撃ち落としたりとか」
「そう簡単じゃないんだ、相手が空を飛び回ってちゃ、魔法だって簡単には当たらない。呪いとか、そう言うのなら別なんだろうけれど、そんなものが使える奴なんてそう居ないし……」
「じゃあ、どうやって……」
「……大勢で気を引いて足止めをするんだ。その間に魔法や弩砲で仕留める」
「囮……まさか、その囮になるのって」
「ああ、俺たち……冒険者だよ」
レンツは重苦しく呟いた。それは……自分がその中に含まれているという意味であり、つい先日冒険者になったリョーコもまた、同様であるということを示していた。
「な、なんで!? もっとこう……豚とか牛とかを使えばいいじゃないですか!」
「魔物は人間を優先して襲ってくるんだ。遠くならともかく、街に近づかれたら……」
「じゃ、じゃあ……何処かに隠れてましょうよ! こんな無茶に付き合う必要なんて……」
「それもダメだ、俺たち冒険者はこういう時に街のため戦うのが義務なんだ。だから、兵士でもないのに街中で武器を持ち歩いても何も言われないんだ……こんな時に逃げたりしたら、二度と依頼を受けられなくなってしまう!」
「そんな……」
冒険者である以上ベテランも新人も関係なく、逃げることは許されない。それが緊急依頼……『依頼』とは名ばかりの動員命令。それに従い、街に入る冒険者たちは街門の外へと集められていた。
「ワイバーンか……腕がなるぜ!」
「ちくしょう……こえぇ……」
「ま、まあ、大丈夫だろ。これだけ大勢居たら負けやしないさ」
反応は十人十色ながら、自分達が真っ先に襲われるということは共通して認識していた。目撃報告のあった方へと団子になって進む冒険者たちの後ろに少し離れ、巨大なクロスボウ、バリスタを牽く馬が続く。こちらが戦闘の本命、この地域を治める領主の配下たる、正規兵たちだ。
「ど、どうなっちゃうんでしょう……」
「とにかく……相手が少しでも長く地上に居るようにするんだ。そしたらあのバリスタが倒してくれる」
その一団の中にあって、リョーコは不安にさいなまれていた。レンツのスキルは確かに便利ではあるが……飛距離は手で投げる程度。空を飛ぶ相手に対しては無力と言って良かった。
「リョーコはなるべく物陰に隠れて、敵の目に付かないようにするんだ。武器も持ってないし……それに」
「それに……なんですか?」
「リョーコは女の子だからな。危ない目に遭う必要なんか、無いさ」
レンツの言葉は純粋に善意から来る物であったが……リョーコは、少し反感を覚えた。彼女としては、既に散々危ない目に遭っているのだし、それを承知で冒険者になったつもりでいるのだから、今更そんなことを言われてもあまり嬉しくないというか、何格好付けてるんだとしか思えなかった。
とはいえ、実際武器も何も持っていない自分にできる事と言えば逃げ回ることくらいで、レンツに言い返すことができないというのもまた彼女にとって気に入らない事だったのだが。
「来たぞーっ!」
そんな時、冒険者の中の誰かが叫んだ。その声に、全員が空を見上げる。どこか平穏ささえ感じられるワタ雲の中から一つの影が飛び出し、一直線にレンツたちの方向へと向かっていく。
「あれが……!」
「フレアワイバーンだ!」
一対の翼と脚を持つ、赤みがかった鱗の飛竜が一団に向け突っ込む。まるで猛禽のように翼を縮め、一粒の弾丸と化して速度を速めていく。ワイバーンは猛烈な風圧と共にレンツらの上を通り過ぎ、一団を中心とした円軌道に入った……狩りの、始まりである。
「う、撃て! 撃て!」
「魔法を使える奴を守るんだ!」
冒険者たちは互いに指示とも言えぬ言葉を発しながら、それぞれの持てる手段でワイバーンに対抗しようとする。だが、もともとパーティーを組んでいた者たちはともかくとして、寄せ集めにすぎない冒険者たちでは連携らしい連携もできないまま、てんでバラバラに矢や魔法を放つばかり。
それを与しやすしと見たのか、ワイバーンは攻撃を回避しながら距離を詰め、『フレア』の名の由来となった一撃を繰り出す。すなわち……炎。長さ数十メートルは有ろうかと言う火炎の帯が口から吐き出され、冒険者たちを空から一直線に焼き払う。
『うわあああ!!』『服が! 俺の服が燃えてる! 誰か消してくれ!』
『体が鎧に! ひいいいぃぃぃ!!』
「あ、あ……!」
肌に押し寄せる熱気と、うっかり髪を焦がした時のそれを何万倍にも強めたような臭い。所々から上がる悲鳴。火事も人死にも、液晶画面の向こう側の出来事としてしか認識していなかったリョーコは、それに圧倒されるほかなかった。
「リョーコ! おいリョーコ! しっかりしろ!」
「え、あ……レンツ!?」
「大丈夫か!? 怪我してないな!? ……うわ!」
ワイバーンは2人の頭上を掠め、地上に降り立った。混乱し逃げ回る人の群れを腹に収めようと、牙の並んだ口を開き、燃え上がったままの獲物に食らいつく。
「降りてきた……!」
「ああ……だが、これで!」
「撃てーーーーッッ!」
2人の背後で、号令と共に巨大な矢が放たれたる。ちょっとした槍ほどもあるバリスタの矢が巨大な飛竜に飛来し、その肉体に突き刺さる……はず、だった。
放たれた大矢はワイバーンの鱗に阻まれ、地面に落ちる。敵の動きは止まりこそしたものの、それは傷を負ったというよりは戸惑っていると言ったそれに近いものだった。
「弾、かれた……?」
「な……何だよあの矢! こんなのでワイバーンが倒せるわけないじゃないか! リョーコ、逃げよう!」
地面に転がった矢は、矢軸部分が中空になっていた。軽量化かコスト削減か、何を意図したにせよ硬い鱗を貫くにはマイナスの働きをしていることは明らかだった。
バリスタを放った兵士たちの間にも、動揺が広がっていく。そして、矢を放たれたワイバーンもまた、傷らしい傷こそ無いものの、人間の感覚で言うなら拳で殴られた程度のダメージは受けていた。いざ食事と言う時にそんな目に遭えば、当然……怒り狂う。
『怯むな! 構え……ぐわあっ!』『隊長が!』『くそ、刃が立たない!』
突進したワイバーンにより兵士は蹴散らされ、馬は食いちぎられ、馬車は燃え上がる。バリスタの車列をたちまち蹂躙したワイバーンが次に目を付けたのは、最も近くに居た人間。つまり、後ろの方に下がっていた、リョーコだった。
「(あ、だめだこれ、死んじゃう)」
蛇に睨まれた蛙というが、これがそういう心境なのかと、リョーコは思う。恐ろしいのに、妙に落ち着いて。ワイバーンが口を開き、血に濡れたその口内で炎が渦巻くところまではっきり見て取れる。
「(やだ……)」
炎がたちまち大きくなり、リョーコに迫る。視界を覆い尽くす光と全身を包む熱気に、リョーコは思わず目を瞑った。
1秒、2秒……3秒経ち。想像していたような苦痛が襲ってこないことに気付いて、リョーコは恐る恐る目を開ける。目の前には灼熱の炎……だがその流れは、まるで風に流れる煙のように横に逸れ、一点に集まっていた。
「レンツさん!?」
「な、何とかなるもんだな!」
レンツの手の中には光を放つ白色の球体。その中へと、ワイバーンの炎は吸い込まれていく。
「それ……スキル!? 気体にも使えたんですか!?」
「良くわからないけど、何とかリョーコを守らないとって思ったら、出来たんだ!」
「そんな無茶苦茶な……!」
『集塵』と言う名の通り、レンツのスキルは塵や砂が対象だとリョーコは考えていた。でなければ、空気や水を巻き込んでしまうはずだ、と。だが、目の前で発生している現象はその予測を上回る物だった。
ワイバーンは、今度はレンツに向けて炎を吐いた。直撃を浴びるレンツだが、その肉体に炎が届く前に、全てがその手の中に納まり消える。
「よ、よし、いけるぞ! 炎を防げる! 良くわからないけど、やればなんとかなるもんだ!」
「そんないい加減な物だったんですかスキルって!?」
「良いだろ何とかなってるんだから! さあドンドン吐いて来い!」
当の2人が驚くくらいなのだから、ワイバーンの驚きはそれを上回る物だった。どんな相手でも焼き尽くしてきた炎が、何度浴びせても効かない。それに少なからぬ動揺を覚えたワイバーンだが、目の前の人間はどう見てもこれまで殺し、食って来た人間と大差ない様にしか見えない。炎が駄目ならば、爪で引き裂けばいい。牙で噛み砕けばいい。ワイバーンは突進する。
「来ます!」
「こうなったら、一か八か口の中へ……!」
「駄目! 高圧の炎を一気に解放したら、私たちも巻き込まれます!」
「ええ!? じゃあ……!」
2人の間にワイバーンの顎が割り込む。左右に分かれたリョーコとレンツの思考は、既に『ワイバーンをどうやって倒すか』に切り替わっていた。傍から見れば無謀な考えだが……今の2人は、不思議と出来るように思えていた。
「どうすればいいんだ!?」
「指向性を持たせて放出とか……無理そうですよね! レンツさんそう言うの向いてなさそうですし!」
「何か今さらっと馬鹿にしなかったか!?」
「いいから、ちょっと気を引いててください!」
レンツの方を向いたワイバーンを尻目に、リョーコは破壊された馬車の方へ駆け寄った。燻り横倒しになった馬車からは、バリスタの予備弾が零れ落ちている。
「(全体が金属製。使える……? でも圧力に耐えられる? もっと、もっと追加で何か……)」
「リョーコ! 急いでくれ、あんまり持たないぞ!」
「今考えてます!」
レンツはワイバーンの攻撃をどうにか凌いでいた。もっとも、華麗な剣捌きや体術でかわすというよりは、集めた炎の熱で怯ませていると言った方が近い。よくある、野生動物に松明を振り回すのと同じだ。意外と何とかなってはいるが、その域を出るものではない。決死で攻撃を繰り出されればたちまちレンツは倒されてしまうだろう。そして、その時が来た。
ワイバーンは地上で戦うのを止め、翼を広げて低く浮き上がる。滑空するのではなく、翼を羽ばたかせ続けるその飛び方は、飛行の機動力を生かしつつも牙や爪、炎と言った攻撃手段の全てを使うことができるものの、ワイバーンにとっても負担が大きい物であった……つまり、それだけの強敵であるとレンツは認められたのだ。当の本人には全くもって迷惑そのものだったのだが。
「リョーコ! そろそろやばい!」
「いいです! こっちに来てください!」
「何をするか知らないけど……頼むぞ本当に!」
上半身を噛み砕こうとする牙をすんでの所でかわし、ワイバーンの腹を潜り抜けてリョーコの元へと走る。レンツが目にしたのは、壊れた馬車の車輪を取り外して重ね、その中心にバリスタの矢を刺しているリョーコの姿だった。
「リョーコ、一体何して……」
「矢の中にその……ボールを!」
「ええ!?」
「いいから早く!」
「早くったって、入るのか……入った!」
「やっぱり割といい加減!」
バリスタの矢軸へ光球が押し込まれると、リョーコはスティレット、あるいはミセリコルデなどと呼ばれる、刺突用の、刃の無い尖った短剣を軸に押し込んだ。
「私の合図で、解放を!」
「わかったけど、これは何なんだ!?」
「言ってもわからないと思います!」
「ああもうわかった! だったらきちんと指示してくれよ!」
光球の熱が伝わり、木の車輪は燃え上がり始めていたが、レンツはリョーコを信じ、短剣を押し込まれた側を持ち上げ、ワイバーンに向ける。
2人が何をしているのか、ワイバーンには理解できていなかった。しかし倒すべき人間が一か所にまとまっているのだから、やるべきことは一つ。突進し、踏みつぶし、噛み砕く。翼を力強く羽ばたかせ、ワイバーンはレンツとリョーコに迫る。
「リョーコ!」
「まだです! ギリギリまで引きつけて……今!」
「う、おおおっ!!」
特に意味のない気合いとともに、レンツはスキルで圧縮されていた炎を解放する。車輪で補強された矢軸の中で解放された炎は高圧のガスと化し、逃げ場を求めて空間のある方へと突き進む。その先には短剣の柄。圧力は運動エネルギーへ変換され、短剣を猛烈な勢いで弾き飛ばす。原始的とすらいえないような代物だったが、それでも……火器と呼べるものが、この世界に登場した瞬間だった。
音速を越えた探検の鋭い切っ先が、口を開けたワイバーンの上あごに突き刺さる。そのまま肉を裂き、薄い骨を貫通し、生命の中枢たる脳を破壊して飛び散らせた。
「うごごご……」
「あわわ、服に火が!」
それをなした2人はと言えば、矢が圧力に耐えきれず漏れ出した炎で多少焦げていたり、破片を受けて悶絶していたりしたのだが。しかし遠目からは、2人が謎のスキルを使い、轟音と共にワイバーンの頭頂を吹き飛ばしたようにしか見えておらず……周囲で、歓声が沸き起こった。
『やったぞ!』『すげえ! 何だ今の! 誰がやったんだ!?』『あいつだ! あの2人!』
防具越しとは言え割と深く車輪がめり込んだ腹を抱えるレンツと、髪を焦がし、スカートをはたいて火を消すリョーコの元へ冒険者たちが殺到する。救世主……と言うのは大げさにしても、見事勝利の立役者となった2人を取り囲み、やんやの喝さいを送る。
「いや、確かにスキルは俺のだけど、使い方はリョーコで……」
「え、え、なになに、なんですか!? せーまーいー!」
ひとしきり勝利の喜びを分かち合った後、戦闘後の処理が始まる。怪我人に薬品や魔法による治療が施され、重傷者は生き残った馬が街へと運ぶ。そして……最大の戦利品である、ワイバーンの死体。これと共に街門をくぐる栄誉は、仕留めた2人に与えられた。
大きな荷車に乗せられたワイバーンと共にフォルトグラードへと戻り、冒険者たちはギルドに直行する。
「お疲れさまです皆さん! フレアワイバーンの討伐、お見事でした!」
ギルド嬢が帰ってきた冒険者たちにねぎらいの言葉をかけ、生還を祝った。冒険者たちは、併設された酒場で昼間から酒盛りをはじめる者、早速報酬を受け取る者と、めいめいに勝利の美酒を楽しんでいた。
そして、レンツとリョーコには当然のように、最高の褒美が与えられることになる。
「さて、今回の討伐で一番の働きをしたお二人には、それぞれ50万サルクずつの褒章金が支払われます!」
「2人で100万か! やっぱりワイバーンともなると報酬がすごい……!」
「大体二月分くらいですね。貯金しますか? それとも、投資……装備を買ったりとか、そう言うのに使うんですか?」
「まあ、その辺は後で考えるとして……」
「ワイバーン殺しのレンツと!」
「リョーコに!」
『カンパイだーっ!!』
酒場では2人に盃が捧げられていた。それを横目で見るレンツは、苦笑を浮かべる。
「まずはあいつらに一杯ずつ奢ってやらないとな」
「え? 何でですか。お友達なんですか?」
「いや、知らないけどさ。緊急依頼を生き残ったら、一番稼いだ奴が他の奴に奢るってのが、決まり……ってわけでも無いけど、皆そうしてるんだ」
「しきたり、ってことですか? そんな、無意味だと思いますけど」
「まあまあそう言うなって。リョーコにも一杯奢るから」
「私、未成年なのでお酒飲めません」
「いや、そんな決まり……ああ、元の世界ではそうだった、のか?」
多少納得しない物を感じながらも、リョーコは一番高いジュースを注文する。主役の登場に、酒場は大いに沸き……その騒がしさをうるさく感じながらも、リョーコはどこか、充足感とでも言うべきものを感じていた……結局日が沈むまで、その騒ぎが収まることは無く、レンツの財布はさっそくかなりの重さを無くすことになっていた……
フレアワイバーンを討伐してから数日。リョーコとレンツはこの街有数の武具屋を訪れていた。太い腕の、いかにも職人と言う壮年の男が2人の顔を見て、ニヤリと笑う。
「よう若いの、出来てるぜ」
「ありがとう、じゃあ早速装備してみるよ!」
「じゃあ、私も……」
ワイバーンのような、強力な魔物の死体は様々な用途に活用される。その一例が、今レンツが受け取った装備だ。ワイバーンの革は飛行する生き物の常として軽量でありながら、柔軟で強度が高く、優秀な防具の素材となる。胸や膝、肘といった部分は選別された鱗で補強され、安物の金属鎧を凌ぐほどの防御力を持つ。
「兄さんの方は納得の出来何だが……お嬢さんの方は、本当にそれでいいのか?」
「はい、どのみち私は逃げ足の方が大事ですから」
一方のリョーコが受け取った物は、防具と言うよりは服に近い物だった。革の中でも特に柔らかい部分を使って着心地良く仕上げ、保温性と遮熱性を重視。さらに翼膜を使って彼女が元々身に着けていた白衣をある程度再現している。服に近いとは言っても、それはレンツが受け取った物と比べて、と言う意味であり、防御力は並の革鎧程度にはある。
受け取った防具はどちらも品質が高く、それ相応に値段も張る物だったが、2人はその素材を確保した本人ということもあり、格安で製作してもらっていた。新たな防具に袖を通した2人だが、そこへ背後から馴れ馴れしい声がかけられる。
「よーお、レンツ! 久しぶりじゃないか?」
「ネレイド……」
「……あの、どちら様ですか?」
「俺が、前所属してたパーティーのリーダーだよ」
がっしりした体格に金の短髪、装備は使い込まれていかにもベテランと言った風な姿の男、ネレイド……彼はレンツにパーティー追放を言い渡した人物でもあった。その時の冷徹な態度とは打って変わって、まだレンツがパーティーに居た時のように、『仲間』に向ける友好的な態度を見せている。
「聞いたぞレンツ! ワイバーンを倒したんだってな! いや、大したもんだ! その防具もワイバーン製か? 良く似合ってるじゃないか!」
「あ、ああ……それで、何の用だよ」
「何って……決まってるだろ、お前を迎えに来たんだよ!」
「は……迎えに?」
レンツに取ってそれは予想外の言葉だった。それも当然、クビにした張本人が迎えに来たなど、普通は考えもしないだろう。2人の確執を知らないリョーコは、困ったように視線を2人の間で彷徨わせている。
「ああ! 俺としたことが、スキル一つで仲間を追放するなんて、早まっちまった。上を目指そうとするあまり大切なものを見失ってたよ! あのことは水に流そう! また全員で冒険しようぜ!」
「ネレイド……」
首にされたとはいえ、レンツに取ってネレイドはやはり最初の仲間。それが迎えに来たとなれば、悪い気はしていなかった。スキルの実用性もわかったのだから、大手を振ってパーティーに戻れる。そう思ったが……
「あの……」
「うん? あ~……誰だ?」
「あ、ああ。紹介するよ。彼女はリョーコ……」
横から口を挟んできたリョーコの事を、ネレイドに紹介するレンツ。その出会いからこれまでの経緯を軽く説明したが……
「おいおいおい、異世界から来たぁ? レンツ、まさかそんな事本気で信じてるのか?」
「証拠はないけど……」
「だろ? どっかの物好きなお嬢様がお前をからかってるだけだって。こんなの置いておいて、早く戻って来いよ。こんな武器も何も持てなさそうな奴より、俺たちと居た方が良いだろ?」
「いや、けど……」
「何だ? もしかしてお前ら……デキてんのか? ははは、こりゃいい! 童貞卒業ってわけだ! そんなに気になるんなら、愛人として囲っておくか?」
「リ、リョーコはそんなんじゃない!」
「まあ、何でもいいわ。今は何か依頼受けてるのか? だったらそれが終わり次第、俺たちの所へ……」
「……あなた、最低な人ですね。レンツさん、こんな人の所へ戻るべきじゃありません」
「あ?」
「リョーコ……?」
リョーコは不快感を隠そうともせず、ネレイドを睨む。
「おいおい、冒険者の間じゃシモの話なんてよくあることだぜ? カッカすんなよお嬢ちゃん」
「それも割と不快でしたけど、これはその際置いておきます。話を聞く限り、あなたがレンツさんをクビにしたんですよね? スキルが何の役にも立たないから、って。それが実は有用だってわかった途端、掌を返すわけですか?」
「だから、それは水に流そうって言ってるだろ?」
「それは、やった側が言って良い言葉じゃありません。やられた側にこそ、そう言う権利があるはずです。それどころか……大切な物を見失ってたとか、そんな上っ面のきれいごとだけ並べて謝罪の言葉一つない」
「そんな、言い方一つ取ってケチを付けられてもなあ? そんな言葉なんかよりも態度だろ? 俺はレンツに戻ってきてほしいと思ってる!」
「それで戻ったら体よく使うだけでしょう? じゃなきゃ、『依頼が終わってから来い』とか言う筈有りません。本当に彼を仲間としてもう一度迎え入れたいなら『俺も一緒に手伝おう』くらい言う筈です」
「おい、お前……」
ネレイドはイラついていた。外れスキルだと思って追放したレンツが、そのスキルでワイバーンを撃破したというのだから、ただでさえ面白くない所に、こうしてわざわざもう一度パーティーに入れてやろうとやって来たら、それにケチをつけられたのだから、当然だろう。
「いい加減にしろよ、異世界だか何だかしらねえが、これは俺とレンツとの問題だ、違うか?」
「いいえ、今レンツさんと組んでいるのは私です」
「ほう、じゃあ選んでもらおうじゃねえか、そのレンツ本人にな」
「まるで二股をかけられた女みたいですね。ま、私が選ばれるのは確実ですけど。だって……」
リョーコは腕組みをし、渾身のドヤ顔でもって続ける。
「あなた、レンツさんのスキルの真価も見抜けなかった、ヘッポコリーダーじゃないですか」
「ヘッ……!」
「挙句、実は強いってわかったら大慌てで連れ戻しに来るとか、情けない! そのくせ、内心では見下したままだから頭を下げることもできないんでしょう!」
「黙って聞いてりゃ良い気になりやがって……」
「もういい、止めてくれ2人とも!」
渦中にあるレンツが、2人を諫める。3人とも一度言葉を止め、一息ついたところで。レンツは2人に口を開いた。
「ネレイド、俺は戻らない」
「は? おいおいレンツ、何だよ、追放されたことを怒ってんのか?」
「それは……ある! 仲間だと思ってたのに追放されて滅茶苦茶悔しかったし、スキルが何の役にも立たないって言われて冒険者を続けるかも悩んだ!」
「だが状況は変わった、もういいじゃねえか、過去は忘れて未来を向こうぜ」
「勘違いしないでくれ、怒ってはいるけど恨んでるわけじゃない。ネレイドの判断だって……納得はしてないけど、理解はできる」
「じゃあ、何なんだよ? こんな武器も持てないガキを選ぶほどの理由か? もうスキルの使い方もわかったんだろ?」
「確かにリョーコは碌に戦えないし、異世界ってのも、正直半信半疑だ。けどリョーコは俺を頼ってきたし、俺もリョーコに自分の可能性を広げてもらった! それを用済みだからって放り出すなんて、俺がネレイドにされたことと同じじゃないか! そんなこと、俺は絶対しない!」
「……ケッ! カッコつけやがって、あとから入れてくださいって言っても遅えぞ!」
ネレイドはその辺りにあった棚をガン、と一蹴りすると店を立ち去る。 その背中にリョーコは
「べーっ」と舌を出し、レンツへと向き直った。
「ま、まあわかってましたけど。やっぱり私の方が良いですよね」
「何だよ、不安だったのか?」
「……実際私は実戦ではあまり役に立てないわけですし……使い方を覚えたら後は要らない、ってなる可能性は……考えてました」
「そんなことしないって。俺とリョーコは……もう、相棒だろ? 俺たち2人で伝説を作ってやろう!」
レンツの言葉に、リョーコは少しの安堵と共に、息を吐き出す……そして。
「その言い方、ちょっとクサいです」
「な……!? そりゃないだろ!? ちょっと格好は付けたけどさあ!」
「伝説とか曖昧ですし、そもそも伝説って何かをなした後に結果として生じる物ですから、それを目的にするのって何か違うな~って」
「うぐぐ……か、仮にも一緒に命懸けで戦った相手にそんなこと言うか……?」
「言うべきことは言うべきかなって。これから長い付き合いになるんでしょうし……よろしくお願いしますね、相棒……ふふっ」
こうして、ワイバーンの撃破という大きな功績の割に、今一つ締まらない形でリョーコとレンツは正式にパーティーを結成した。今はまだ、彼らは掃いて捨てるほどある弱小無名パーティーの一つに過ぎない。
だがいかなる英雄も、大企業も、永遠に歴史へ残される大事件すら、その始まりはほんの些細な一歩に過ぎなかった。彼らが歩み出した一歩、その先に何があるのか……それを知る者は、まだ世界のどこにも存在しなかった。