第10話 悪魔
着替え終わった美雪と向かい合わせに座り、早速話し合いを始める。
しかし、部屋着でも美雪は可愛いなぁ……。
「それで……これからどうするの?」
「これから~?」
美雪を見るのに夢中で、つい適当な返事になった。
いやいや、想い人相手に演技を続けるって中々難儀なものですよ?
まぁそんなのはさて置き、美雪は私の返事に頷いた。
「恩返し!」
とりあえず、これからすることをそのまま口にしてみた。
すると、美雪は最早呆れたりとかもせずに、無表情のまま続けた。
「うん。それは分かってる。問題はその恩返しの内容なんだけど」
「ほえ?」
「えっと……私と黒田さんをくっ付けること……だっけ?」
「うんっ!」
……あっ、ため息ついた。
美雪の呆れる基準が分からないけど、そういう所も好き。
試しに美雪の顔を覗き込みながら「美雪どうしたの~?」と聞いてみると、美雪は困惑した表情で私を見た。
「あのさ、シロ」
「ん~?」
「そもそも、私黒田さんのこと、別に好きじゃないよ?」
「え~! 嘘だぁ!」
正直、それが本当であってほしいと心の中では思っていた。
けど、分かっている。
きっと彼女は……自覚していない。
自分の恋心に。
だから、私はそれに気づかせたい。
美雪と黒田さんが付き合うことが……美雪にとっての幸せだと、思うから。
「だって美雪、あの人がお迎えに来たときも、授業中も、昼休憩も、ずーっとあの人のことジッと見ていたよ?」
「え、いや、そんなことは……」
私の言葉に、美雪は顔を赤らめさせる。
視線をキョロキョロと動かし、モジモジと指を絡める。
……今の美雪も可愛いハズなのに、素直に可愛いと思えない。
「……まぁ、見てるけど」
「でしょ~?」
「でも、恋愛とかでの好き……ではないよ。多分……」
「じゃあなんで見てるの?」
私の質問に、美雪はさらに顔を赤くする。
しかし、私と目が合うと、観念した様子で姿勢を正した。
「えっと……ホラ、黒田さんって美人じゃない? 綺麗なものはつい見ちゃうっていうか……まぁ、憧れとかそんな感じ」
「よく分かんなーい」
私の言葉に、美雪は「あはは……」と苦笑した。
いや、彼女が何を言っているのかは分かっている。
ただ、私は黒田さんを美人だとは思わないので、賛同できないだけだ。
ていうか、美雪の方が美人さんだと思うな~。
そう思っていると、美雪が口を開いた。
「黒田さんはさ、私にとっては別の世界にいる人なんだよ」
「別の世界?」
「うん。高嶺の花っていうか。綺麗で、可憐で、清楚で……まるでガラス細工みたいに、少しでも触れたら壊れてしまいそうな儚さもあって……私なんかじゃ手が届かない場所にいるんだよ」
「難しいことよく分かんなーい」
美雪が黒田さんを褒めるのを聞いていたくなくて、私はそんな風に返した。
だから遮るように、私は美雪の頬に手を添えた。
「でもさー、手は届くと思うよ?」
「へ?」
「だって、同じ星の、同じ国の、同じ町の、同じ学校に通ってるんだもん。触ろうと思えば、いくらでも触れるじゃん」
そう言いながら、私は美雪の頬から背中に手を回し、そのまま彼女を抱きしめた。
自分から抱きしめたからか、そこまで動揺はしなかった。
ただ、心臓の鼓動が早くなって、美雪の香りに包まれるような感覚に眩暈がしただけ。
私は彼女の肩に顎を乗せ、続けた。
「シロ?」
「……それにさ、こうして犬だった私が、美雪の部屋で一緒にいられるなんて、夢にも思わなかったもん。……だからさ、諦めなかったら、奇跡は起きるよ」
……そう。
こうして、美雪に触って、美雪と笑い合える日々が来るなんて、想像していなかった。
だから、私はさらに彼女を強く抱きしめた。
もう……離れたくないから。
彼女を、独りにしたくないから。
「……そうだね」
そう呟くのが聴こえた。
優しく、頭を撫でられる感触があった。
私はそれに目を細め、「えへへ……きもちぃ……」と呟いた。
犬だった頃から、美雪のナデナデはすごく気持ち良いんだ。
……そういえば、と少し考える。
美雪の頭を撫でてあげる人は……いるのかな。
彼女が私と同じ独りなら……私が、撫でてあげないと。
犬だった頃も、何度かこんなことは考えた。
でも、当時は撫でられなかった。……今なら……。
そう思って私は美雪の頭に手を乗せ、撫でてみた。
「シロ?」
「美雪にナデナデされるとね~、すっごく気持ち良かったんだぁ。だから、いつかこうして美雪の頭ナデナデしてあげたいなぁ~って、思ってたの」
「そっか……」
「えへへ」
私は笑い、美雪の頭を撫で続けた。
それから少し互いの頭を撫で合っていた時、突然、美雪の手が止まった。
不思議に思い体を離して美雪の顔を見ると、彼女の表情にどこか、影があるような気がした。
「美雪?」
私が名前を呼ぶと、彼女はハッとした表情で顔を上げた。
「シロ……」
「美雪、大丈夫? なんか、元気ないよ?」
私の言葉に、美雪は疲れたような笑みを浮かべて首を振り、「なんでもないよっ」と答えた。
しかし、その表情が何でもないようには思えなくて、私は「ホントに?」と聞いた。
「うん。ホントに、なんでもない」
しかし、美雪はそう言って笑う。
……私には、美雪の本心を引き出すことは出来ないのかもしれない。
美雪にとって、私は何なんだろう。
……分からない。
でも、何でもいいから……せめて、私は美雪の力になりたい。
美雪のためなら、悪魔に魂を売っても良いから。




