第5話 無自覚
風に揺れる黒髪。
花のような甘い香りが、鼻孔をくすぐる。
色白の肌に、儚い雰囲気の……美少女。
そう、美少女だ。美雪に比べたら馬糞同然だが、この世間の比準では充分美少女だ。
こんな奴が、なぜここに……?
「あら? 話し声が聴こえると思ったら……」
「黒田さん!」
嬉しそうに少女の名前らしきものを呼ぶ美雪に、私は弾かれたように顔を上げた。
え、美雪はこの馬糞野郎を知ってるの!?
美雪という高貴なる存在にこんなゴミが近づくなんて……!
そんな私の思考を無視して、二人は会話を続ける。
「もうそろそろ、授業が始まりますよ?」
「あ、そっか……って、わざわざ迎えに来たの?」
「いえ、ちょうど図書館から戻るところだったんです。そうしたら、話し声が聴こえたので」
「そういうこと……ごめんね、わざわざ迎えに来てもらって」
何を親しげに話している。
コイツは誰と会話しているのか分かっていないのか?
お前なんかが美雪に近づいて良いわけないのに。
「いえいえ。では、お先に」
私の念が通じたのか、奴はそう言って会釈し去っていく。
やれやれと思い美雪の顔を見た瞬間、私は言葉を失った。
だって、美雪の顔が……恋する乙女そのものだったから。
目は潤み、頬は赤らみ、熱の籠った視線を奴が出て行った扉に向けている。
恐らく、本人は無自覚なのだろう。
無自覚だからこそ……苦しいんだ。
そうやって、無自覚に恋情を向けるほどに、美雪はアイツを愛している。
アイツのどこが良いんだ……?
……いや、私からすれば、美雪以外の人間は皆醜く見えるのかもしれない。
私は……どうすればいい?
そもそも、自分の未練が美雪関連であることは分かっているが、具体的なことは分かっていない。
美雪をどうすることが正解なのか。
……私は、美雪を独りにしたくない。
だから、こうして人間になった。
だったら、私が美雪に出来ることは……二人の仲を取り持つこと。
正直に言うと、気は進まない。
でも、美雪の為なら……。
「……美雪」
私は名前を呼び、こちらに振り向いた美雪の手を握り、顔を近づけた。
咄嗟の行動だったが、正直自分でも大胆過ぎたと思う。
美雪の手柔らかい。美雪の顔綺麗。美雪良い匂い。
溢れ出る興奮を押さえ、私は続けた。
「分かったよ! 美雪! 私が美雪に出来ること!」
「へ?」
「美雪、あの人のこと好きなんでしょ!?」
「は!?」
驚いても可愛い美雪。
それに緩みそうになる表情を強引に引き締めつつ私は笑い、続けた。
「だから、私、美雪があの人と一緒になる手助けする! それが私の恩返し!」
あまり気乗りしないが、仕方あるまい。
私は自分の心に嘘をつき、偽りの笑みを浮かべて見せた。
……ところで、私はいつまでこの子供っぽい演技を続ければ良いのだろう?




