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犬の恩返し  作者: あいまり
黒田花織編
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第25話 幸せ

「ぁ……クロ……」


 そう言って自分の涙を拭う美雪さん。

 しかし、少しして状況を理解したのか、慌てた様子で立ち上がる。


「あ、いや、これは……!」

「……全部、聞きました……」


 私の言葉に、美雪さんは目を見開く。

 それに私は笑い、ポケットからハンカチを取り出した。

 美雪さんに貸してもらったハンカチを。


「あっ……」

「……返すの、忘れていましたから。洗濯して返そうかと思いましたが、せめて、一言言っておこうかと……」

「いや、洗濯なんて……!」


 拒もうとする美雪さんの涙を拭う。

 これ以上……彼女が、好きな人のために涙を流す姿を、見たくなかったから。


「美雪さんに、涙は似合いませんから」

「……ん……」


 私の言葉に、美雪さんは拒絶することなく私が涙を拭うのを受け入れた。

 それに私は自分の胸が熱くなるのを感じながら、彼女の涙を拭い取った。

 やがて彼女の涙を拭い終えると、途端に罪悪感が湧き上がって、つい彼女のハンカチを握りしめてしまった。


「……本当なんですか? 白田さんが、犬って……」


 念のため、聞いてみる。

 白田さんが言ったことが全部嘘ならば、と希望論を考えたのだ。


「……正確には、犬、だった……」

「へ……?」


 まさかそこを訂正すると思わず、私はつい間抜けな声を出した。

 しかし、それを皮切りにするように、美雪さんは白田さんのことを話した。

 そしてそれは……私が白田さんから聞いたことと、寸分も違わなかった。

 つまりあれが……事実だということ。


「―――……これで、全部」


 美雪さんの言葉に、私の脳内で彼女の話を反芻する。

 私はもう……逃げない。

 逃げたくないのだ。

 だから、私は……彼女の背中を押したい。


 恋愛小説で言うところの、負けヒロインとなってしまっても良い。

 彼女がその想いを伝えることさえできれば、それで良い。


「……美雪さん……貴方は、まだ気付いていないのですか?」

「気付いていない……?」

「……貴方は、シロさんのことが好きなんですよね?」


 私の言葉に、美雪さんは目を見開いた。

 本当に……鈍感な人だ。

 でも、そんな彼女を……私は好きになったんだ。


「そんな……私が好きなのは……!」

「じゃあなぜ……シロさんが死ぬことを悲しんでいるのですか?」


 自分で言って、なぜか自分が悲しくなってしまった。

 けど、ここで泣くわけにはいかない。

 そうしたら美雪さんの背中を押すことなんて出来ない。

 だから私は、涙を堪え、美雪さんに近づいた。


「それは、大事な飼い犬だったから……」

「ではなぜ、大事だったのですか?」

「そ、れは……」

「なぜ……」


 気付けば、息が掛かりそうな……キスが出来そうな距離に、美雪さんの顔があった。

 しかし、ここでキスをするわけにはいかない。

 私はカラカラに渇いた喉を一度唾液で濡らし、声を振り絞った。


「……シロさんの言ったことを、真っ向から、全て、信じたのですか?」


 そう。結局は、そこなのだ。

 私は、何度もおとぎ話だとか、嘘だとか。

 白田さんの……シロさんの言葉を、嘘にしようとした。

 でも、美雪さんは違う。

 きっと彼女は……最初から、一切疑いもせず、全て信じたんだ。


 それは……シロさんが、好きだから。


「ぅぁッ……」


 ようやく、自分の想いに気付いたのだろう。

 彼女の目が潤み、声が掠れる。


「クロッ……」

「……何をしているのですか?」


 それでも、私は泣かない。

 彼女を、引き留めない。


「シロさんを追いかけるのが、今、美雪さんがするべきことではないのですか?」

「でも……!」

「早く。……行ってあげてください」


 私の言葉に、美雪さんは「ありがとう」と答え、走り出す。

 彼女の背中が遠退き、霞んでいく。

 あぁ、いや、霞んでいるのは……私の視界の方か。


「ッ……ぁあッ……」


 嗚咽を漏らしながら、私は膝をつく。

 これで、良かったんだ。

 美雪さんが、自分の想いに素直になり、シロさんと幸せになる。

 それで……めでたしめでたし。

 全てがハッピーエンドで、幕が下りるハズだ。


 それなのになぜ……こんなに悲しいのだろう?

 ハッピーエンドなんだから。

 登場人物が、皆笑顔で終わらなくちゃ。

 そうじゃないと、こんなの……ハッピーエンドじゃない。


「こんなの……幸せな終わりなわけがない……」


 そう呟きながら、私は泣き崩れた。

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