第13話 観測者
家に帰ってから、私はベッドに倒れ込んだ。
今日は色々なことがありすぎて、疲れた。
私はベッドの上で自分の膝を抱え込み、その中に顔を埋めた。
『……美雪が、黒田さんのことを……好きだったから』
白田さんの言葉が、頭の中で反芻する。
美雪さんが……私のことを好き……。
その言葉が、にわかには信じられず、私は目を瞑る。
でももし、それが本当だったとして……私は、どうすれば良いのだろう?
美雪さんに告白?
……それを考えた瞬間、白田さんの顔が脳裏に浮かぶ。
「ッ……」
私は自分の頭を押さえ、身を縮こませる。
……彼女は卑怯だ。
ここまで計算をしていたのかは分からない。
けど、彼女の気持ちと真意は……私の心に、深く針を突き刺した。
自分の気持ちに素直になろうとすればするほど、私の心を抉る……太く長い、針を。
私は、ベッドの上に広がる自分の髪を指で掬った。
サラサラと、指の間で擦れ、重力に従い流れ落ちていく。
それを見つめながら、私は目を細めた。
「私は……どうすればいいのですか……?」
呟きながら、私は自分の体を抱きしめる。
分からない。自分がこれからどうすれば良いのか。
誰か……助けてよ……。
「……神様……」
呟き、私は瞼を閉じた。
「呼んだか?」
その時、そんな声が聴こえた。
突然聴こえた言葉に私は目を見開き、顔を上げた。
気付けばそこは学校の教室のような場所で、目の前の教壇に、一人の男が立っていた。
「……?」
突然のことに困惑しつつ、目の前の男を観察する。
綺麗な銀髪に、彫りの深い顔。
年齢は……五十代くらいだろうか?
彼は髪と同色の目で、真っ直ぐ私を見ていた。
「あの……」
「おはよう。私は神だ。ここは私が作り出した空間。君の魂を少々強引に呼び寄せている」
「え、あ、はい……?」
突然矢継ぎ早に説明され、私はさらに混乱する。
とりあえず一旦脳内で彼が言った情報を整理する。
えっと、彼は神様で……って……。
「神様、ですか!?」
「あぁ。そうだ」
まさかの状況に、私はさらに焦る。
だって、さっきまで私は、自室のベッドで蹲っていたハズ。
あれからそのまま眠ってしまったのだろうか?
けど、そうなるともしかして……私は死んだ?
もしかしたら、突然持病の発作が再発して、ぽっくり死んでしまったのかもしれない。
私の表情から思考を把握したのか、神様は「違う違う」と否定する。
「少し君の魂をここに呼んで、話をしたいだけだ。話が終わったら元に戻すよ」
「……なぜ、私を……?」
私の疑問に、神様は目を緩める。
「……白田仔犬」
「……!」
「この名前を言えば、大体何のことかは分かるだろ?」
神様の言葉に、私は小さく頷く。
つまり彼が……。
「白田さんを、転生させた張本人……?」
「……ご名答」
彼の言葉に、私は唇を噛みしめる。
すると、神様は「勘弁してくれよ」と言って笑った。
「確かに、私が彼女を転生させたことによって、君は今悩んでいる。けど、彼女がいたから、君は美雪ちゃんと仲良く出来ているんじゃないか」
「……まぁ、それは……」
「……もしもシロちゃんがいなければ、君の人生は灰色だよ」
その言葉と共に、私の目の前に映像のようなものが広がった。
まるで、網膜に直接映し出されたような感じ。
そこには、本を持って歩く私と、その反対方向から廊下を歩いて来る美雪さんが映っていた。
私達は互いを一瞥して、歩いて行く。
「シロちゃんがいなければ、君達が関わることは無かった。互いに会話することなく高校を卒業していた。……で、君は誰かを愛することなく、自分自身に絶望し、二十二歳で自殺だ」
その言葉と同時に、目の前の映像が切り替わる。
それは、部屋で首を吊って死ぬ私の姿があった。
あまりの惨状に、私は息を呑み、言葉を発することすら出来なかった。
すると、目の前から光が消え、目の前で神様が微笑んでいた。
「分かったかい? だから……完全にシロちゃんを恨んだりするのもやめてあげてほしい」
「……分かりました……でも、あの……これから私は、どうすれば良いのでしょうか?」
私の言葉に、神様は目を細め、自分の顎に手を当てた。
そして……。
「……私にも分からないよ」
……そう言った。
「分からない……?」
「あぁ。分からない。これから君がどうしていくのかも……この“物語”が、どうなっていくのかも」
その言葉に、私は「神様なのに?」と聞いた。
すると神様ははにかみ、「神様が万能というわけではないよ」と答えた。
「私はあくまで観測者。全ての人間達の人生を観察し、見守るだけ。それだけさ」
「でも、さっき白田さんが転生しなかった場合の世界を見せてくれたじゃないですか。……あれは……?」
私が聞くと、神様は少し目を見開いた後で、「そうだなぁ」と呟くように言った。
「あれは、あくまで君が歩んだ可能性が一番高い分岐世界だ。この世界には、無数に分岐世界が存在する。私は、それが全て見られるだけに過ぎない」
「……」
理解できなくて、私は首を傾げた。
すると神様は微笑み、窓の外を見つめた。
「……だから、これからどの世界に歩むのかを決めるのは、君次第さ」
「……私次第……?」
「あぁ。君が後悔しない人生を歩むが良いさ。それがきっと、君にとって正しい道になる」
神様がそう言った時、窓の外から日が差し込んで来た。
私がそれに目を細めていると、神様は優しく笑い、両手を広げた。
「さぁ、もう目を覚ます時間だ」
「え……?」
「時は金なり、だよ」
そう言うと、神様は手を叩く。
すると私の視界はまどろみ、やがて意識は……闇に、落ちる。




