第7話 イトコ
あれから無事に私の家までたどり着いた。
外の世界自体は散歩などで毎日のように歩いていたので、シロも交通ルールはきちんと守ってくれた。
路上で突然大便を催すという女子あるまじき行為を行ったらどうしようかとヒヤヒヤしたが、流石に彼女にもある程度の常識はあるようで、何事もなく家に着くことができた。
「さて、お母さん達にはどう説明したものか……」
「美雪にしたような自己紹介じゃダメなの~?」
首を傾げながら言うシロに、私は「ダメに決まってるでしょ!」と叱る。
あんなもの、私以外の人にしたら百パーセント頭がいかれている認定されるぞ。
むしろ、こうしてごく普通に受け入れている私の方がおかしいのだろう。
「とりあえず、まずは様子を見て……元犬ってことは、絶対内緒だからね?」
「うんっ! 分かった~」
能天気な感じの声に私はため息をつき、玄関の扉を開けた。
父は夜遅くまで仕事だが、母はパート勤めなので、すでに帰って来ている。
案の定、リビングの方からはテレビの音がする。
「た、ただいまぁ……」
「ただいまー!」
元気に挨拶するシロの口を私は咄嗟に押さえた。
阿呆! ここは落ち着いて挨拶をするのが先決だろ!
しかし、そんな私の心配を他所に、母からの返事が聴こえない。
……気付いてない?
いや、シロの先ほどの声量だと、聴こえていてもおかしくないのに……。
そう思いつつ玄関の扉を閉じようとした時、誰かがそれを止めた。
「あっ……」
「あれ、誰かと思ったらお姉ちゃん達か~」
そう言って家に入って来たのは、美香だった。
中学二年生の彼女は、シロの方を見て満面の笑みになる。
「仔犬お姉ちゃんただいま~!」
そう言ってシロに抱きつく美香。
は? アンタそんな人懐っこい性格だっけ?
驚いているのは私だけでなく、シロも不思議そうに首を傾げている。
「えっと……アンタとシロはどういう関係?」
「お姉ちゃん。仔犬お姉ちゃんのあだ名どうにかなんないの? こんなに可愛いのに、あだ名全然可愛くな……」
「そうじゃなくて!」
慌てて美香の言葉を遮り、私は一度息をつく。
そして、続けた。
「……アンタ、シロと話したことあんの?」
「お姉ちゃん……ついに若年性認知症が始まったか……」
「ちがッ……!」
「何アンタ達玄関で騒いでんのよ」
私と美香のやり取りがうるさかったのか、お母さんが歩いて来る。
彼女は私と美香とシロをそれぞれ見てから、ため息をついた。
「そんな、玄関からも上がらずに騒いで……仔犬ちゃんごめんね~? 転校初日で疲れただろうに、この馬鹿二人のせいでうるさくして……」
「えっと……一つ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
首を傾げる母に、私は一度息をついてから、口を開く。
「シロと私達との関係って……何だっけ」
「今更何言ってんのアンタ」
「お母さん。お姉ちゃん認知症始まったみたい」
「違うから!」
つい否定すると、母さんは「分かった分かった」と言う。
「まぁ、認知症の方はしばらく様子見ということにして……仔犬ちゃんとの関係って、アンタ等のイトコじゃない」
「イトコ!?」
つい聞き返すと、母さんは頷く。
「えぇそうよ。私の妹の娘さん。でも、今海外にしばらく出張に行かないといけなくて、子犬ちゃんが高校生の間は我が家で預かっているんじゃない。思い出した」
「へぇ……」
そういえば、叔母さんがしばらく海外に行くって話は聞いていた。
元々イトコなんていなかったから、なんだか新鮮だ……。
納得する私に、母さんはため息をつく。
「アンタ等、昔から仲良しだったじゃない。忘れたら仔犬ちゃんが泣いちゃうよ?」
「え、美雪私のこと泣かせるの!?」
母さんの言葉に、なぜかショックを受けて私を見るシロ。
なぜそうなる。
「泣かせないから! も~。お母さん変なこと言わないでよ!」
「ハイハイ。ていうか、そろそろ上がって手洗いなさい」
気付けば、美香はすでに水道の方に向かったようで、玄関にいなかった。
私達も慌てて靴を脱ぎ、手洗いうがいをするために廊下を歩いて行く。
「へぇ~。おうちの中ってこんな感じだったんだ~」
目をキラキラとさせながら、キョロキョロと辺りを見渡すシロ。
……まぁ、何はともあれ、シロが今こうして楽しそうであることを考えると、良かったのかもしれない。
そう思っていると、ちょうど手を洗い終えた美香とばったり出くわした。
「おっ。忘れん坊お姉ちゃんだ~」
「その呼び方はやめなさい」
私の言葉に、美香はペロッと舌を出し、悪戯っぽく笑った。
彼女の反応に、私は息をつく。
「まぁでも良いじゃん。お姉ちゃんは仔犬お姉ちゃんと同じ部屋なんだから」
「……へ?」
「私も仔犬お姉ちゃんと一緒に寝てみたいな~……まぁ良いんだけどさ。それじゃ、お先」
そう言って軽く手を振り歩き出す美香をしばらく見送る。
……どうやら、まだまだ面倒事は残っているようだ。