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犬の恩返し  作者: あいまり
黒田花織編
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第8話 体温

 シャープペンシルが走る音が、部屋に響く。

 その音がやけに耳につく。

 しかし、その音の速さに反比例して、私は勉強に集中できずにいた。


「……ふぅ」


 息をつき、私は椅子の背凭れに体重を預ける。

 ……集中できない。

 というより、知識が脳に入ってこないのだ。

 勉強している間、私の頭には……ずっと、岡井さんの笑顔が浮かんでいた。


 そりゃあ、確かに、彼女の笑顔は中々に破壊力はあったと思う。

 普段はずっと無表情だし、誰かと話している時以外笑顔を見せることなんて無かったし。

 おまけに、私は今までまともに誰かと会話した経験がほとんど無い。

 だから、初めて向けられた笑顔が……忘れられないのだ。


『わ、私で良かったら……これからも、話し相手になるよ』


 彼女の言葉がリフレインし、私は自分の顔が緩むのを感じた。

 にやける口元を手で隠すが、それでも頬が緩むのは変わりない。

 ひとまず眼鏡でも一度外して落ち着こうと、耳元にある眼鏡のテンプルの部分に手を掛けようとする。

 そこでとあることに気付き、私は天を仰いだ。


 ……帰ってからずっと、コンタクトレンズだ……。


「はぁ……」


 ため息をつき、私は目からコンタクトレンズを外した。

 霞む景色を眺めながら、ゆっくり瞼を閉じる。


 ……まさか、この程度のことで浮かれるほど自分が単純だとは思わなかった。

 とはいえ、嬉しいのもまた、事実。

 だって、もしかしたら、私に友達が出来るかもしれないのだから。

 今まで本しか友達がいなかった私に、だ。


 ……今まで、友達がいなくても生きていけると思っていた。

 むしろ友達なんて、邪魔なだけだと。

 でも、実際に出来るかもしれないとなると、嬉しい。

 私は顔を手で覆い、呻き声のような声を発した。


 そこで、自分の顔が熱くなっていることに気付く。

 何度か自分の顔を触って確認してみる。

 ほんのりと、自分の顔が熱い。


 もしかしたら……風邪を引いてしまったのかもしれない。

 私はすぐに机の引き出しから体温計を取り出し、腋に挟んで体温を測る。

 幼少の頃に比べ大分体調が安定するようになったとはいえ、ふとしたきっかけで熱が出たりすることはある。

 だから、両親に常に自分の身近に体温計と薬を持っておくようにと忠告されたのだ。


 ピピピピッ。ピピピピッ。


 電子音が鳴り響き、私は腋から体温計を出して温度を確認する。

 体温は……平常だった。


「えっ……」


 つい声が出る。

 平常。平熱。平温。

 良いことではある。けれど、じゃあ、なぜ私の顔は今、こんなに熱いのだろう?

 薬を飲むほどではないが……念のため、冷却シートか何かで額を冷やしておこうか。

 そう思い、私は立ち上がり、一階にある冷却シートを取りに行くために部屋を出た。

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