第4話 日課
学校から歩いて十五分。そこに、私の家はあった。
鍵を開け中に入ると、中には誰もいない……もぬけの殻だった。
「……ただいま」
ダメ元でそう言ってみるが、返事は無い。
当たり前だ。私の両親は、二人とも働きに出ているのだから。
もしここで返事があったら、私はお化けの存在を信じることになる。
私は一度自室に行き、鞄を置いて制服から部屋着に着替える。
黒髪を一つに束ね、目からコンタクトレンズを外した。
鞄から眼鏡ケースを取り出し、中から黒縁の眼鏡を出して掛けた。
それから、机に勉強道具を取り出し、予習と復習をする。
二時間程勉強をして、今日と明日の授業内容を頭の中に叩き込む。
勉強道具を片付けた私は、鞄の中から図書室で借りた本を取り出し、読み進める。
これが、私の日課だった。
生きがいもなく、本を読んで時間を潰すだけの毎日。
本は好きだ。この中では、いつも私は主人公でいられる。
恋愛だって出来るし、宇宙にだって行ける。何なら、異世界に行くことだって可能だ。
……本当に、それだけで良いの?
頭の中で、誰かが問う。
それだけで良いの? 後悔しない? たった一度きりの人生なんだよ?
声が、頭の中で反芻する。
それを無視して、私は本に集中する。
ぬるま湯に浸かったかのように、意識は本の中に入り込む。
文章を読む度に、頭の中に情景が浮かぶ。
どれだけの時間が経っただろうか。
ふと顔を上げると、時計の針は午後七時半を指していた。
あぁ……まだ、七時半か。
夕食は……いらないか。お腹は空いてない。
私は息をつき、改めて本に視線を落とした。
たとえ夕食を食べなくても、私を責める人はいない。
両親は……そんな私のために、今、頑張って働いている。
私の体が……弱いばかりに。
今は大分楽になっているが、昔は酷かった。
家から一歩も出ることが出来ずに、生死の狭間を彷徨ったのも一度や二度ではない。
そんな私を支えてくれたのが、本だった。物語の世界だった。
昔、私の治療費を払うために、両親は多額の借金をした。
闇金では無いようだが、容易に払える額ではない。
とはいえ、普通の生活を過ごしつつも借金を返済するために、両親は毎日遅くまで働いている。
私は……ただ、それを見ていることしかできない。
現状を知っていながら、無視することしか。
だからたまに……死にたいって思う。
誰にも愛されずに、迷惑を掛けることしか出来ない私に、生きている意味はあるのだろうか。
友達だっていないし、両親も、こんなに私に迷惑を掛けられて……。
でも、死ねない。だって、両親が私を生かすために借金をしたのだから。
ここで死んだら、その両親の努力が全て無駄になってしまう。
分かってはいる。分かってはいるけれど……。
「私は……どうすれば良いのですか……?」
そう呟いた声は、誰もいない部屋にやけに響いたのでした。




