第13話 策士
それからチュロスを持ってお姉ちゃん達の所に向かうと、彼女達がナンパらしきことをされているのが見えた。
見た感じ、私達に声を掛けた男性とは別物のようだ。
珍しく無表情を崩し引きつった笑みを浮かべているお姉ちゃんと、困惑した表情で成り行きを見守っている花織お姉ちゃんがいる。
どうしよう……お姉ちゃんもナンパ慣れしてなさそうだし、花織お姉ちゃんはきっと論外。
私だって、二人にもどうしようも無い問題を解決できるとは思えないし、頼みの綱は仔犬お姉ちゃんのみ……。
「こ、仔犬お姉ちゃ……」
ひとまず頼もうと仔犬お姉ちゃんに視線を見た時、私は言葉を失った。
そこには、憎悪に染まった表情でナンパ男達を見つめる仔犬お姉ちゃんの姿があった。
こめかみに青筋が浮かび、明らかに怒りを露わにしている。
「えっと……」
「……美雪~!」
突然、明るい笑みでお姉ちゃんの名前を呼ぶ仔犬お姉ちゃん。
まただ。また、突然の変貌だ。
しかし、口元は笑っているが、目が笑っていない。
彼女は続ける。
「さっきそこでね、美味しそうなものが売ってる屋台を……」
そして、まるで今ナンパ男に気付いたかのように声を掛け……チュロスをへし折った。
自分が怒っているという感情を、まるでお姉ちゃん達やナンパ男に見せつけるかのように。
ボロボロと粉を落としながらへし折れるチュロスに、お姉ちゃんは笑みをさらに引きつらせる。
お姉ちゃん甘いよ。仔犬お姉ちゃんの怒りはまだこんなものじゃないだろうから。
笑顔浮かべてるけど、実際もっと怒ってるから。
「へぇ、可愛い子だね。君もこの子達の知り合……」
「邪魔」
あ、ナンパ男の靴踏んだ。
これはマジで怒ってるなぁ……。
私は嘆息し、チュロスを持ってお姉ちゃんに駆け寄った。
「お姉ちゃん。これ、どういう状況?」
「分からない……」
「ふざけんなこのクソアマ! この靴がいくらしたと思ってるんだ!」
仔犬お姉ちゃんにブチ切れるナンパ男を見て、私とお姉ちゃんは同時に引いた。
やっぱなんだかんだ血は繋がってるんだね~。
「うるさい。邪魔だからどこか行ってよ」
そう言ってキッとナンパ男を睨む仔犬お姉ちゃん。
流石にまずい状況だと感じたのか、お姉ちゃんが慌てて仲裁に入り、なんとかその場は丸く収まる。
しかし……と、私は少し考える。
私達がナンパされた時は、それこそ機転を利かせて上手く男達を諦めさせたものだ。
しかし、今回はかなり怒り任せだった。
仔犬お姉ちゃんならもっと上手く立ち回りが出来たハズなのに……。
そう思いつつ、私は仔犬お姉ちゃんに視線を向けた。
「相手は男性、こちらは女性です。人数の差はあれど、力では太刀打ちできません。あのまま美雪さんが仲裁しなければ、こちらが酷い目に遭ったのは確実ですね」
そこでは、怒り任せに行った解決策を花織お姉ちゃんに咎められていた。
まぁ確かに、あの行動は一歩間違えば色々面倒なことになりかねなかったし、私は花織お姉ちゃんに賛成させていただく。
「私も花織お姉ちゃんの言葉に賛成。あの男の人達がどういう人なのかは知らないけど、下手したら、女の子にも普通に手を上げる屑だったかもよ?」
そこまで言って、私の脳裏に憎悪に満ちた仔犬お姉ちゃんの顔が浮かんだ。
またあんな目を向けられるのでは、と私は少し身構える。
しかしそんな目が向けられることはなく、見ると、仔犬お姉ちゃんは不満そうに唇を尖らせて目を伏せていた。
え、何その顔……。
私は愕然とその顔を見ていた。
そんな仔犬お姉ちゃんに、お姉ちゃんは呆れたような笑みを浮かべ……彼女の頭を撫でた。
「……!」
「でも、私はシロが来てくれて嬉しかったよ?」
「……ホント?」
「うん。正直言葉じゃ解決するか分からなかったし。……来てくれてありがとう」
お姉ちゃんの言葉に、仔犬お姉ちゃんはパァァァと顔を輝かせた。
あぁ、そうか……彼女は策士だ……。
計算しているんだ。どんな反応をすれば、お姉ちゃんに可愛がられるか。
……好きなんだ。お姉ちゃんのことが。
「……クソッ」
小さく声を漏らす。
強く拳が握り込められ、爪が肌に食い込み、血が地面に落ちる。
何より悔しいのが……それだけ仔犬お姉ちゃんの裏側を知っていながらも、未だに仔犬お姉ちゃんのことが好きでいることだ。
好きだよ……好きだから悔しいんだよ……。
ねぇ、仔犬お姉ちゃん……私は、どうすれば良いんですか……?
「さっ! 辛気臭い空気は終わり! 私も大分復活してきたし、折角の遊園地なんだから、目いっぱい楽しもうよ!」
「うん! 楽しもー!」
そんな声が聴こえ、私は咄嗟に笑みを浮かべた。
その笑顔は、引きつっていなかっただろうか。




