第10話 姉
ついに来ました遊園地。
ジェットコースターから聴こえる悲鳴に、乗り物に滅法弱いお姉ちゃんは表情を強張らせている。
大丈夫。念のためエチケット袋は持ってきているからね。嘔吐物処理は任せて!
それにしても、なんていうか今日のお姉ちゃんの私服はすごく、清楚な感じだ。
白っぽくて綺麗というか……清潔な感じがする。
そして、それを見ている美少女が一人。
お姉ちゃんの同級生であり、友達であり、想い人である黒田花織さん。
お姉ちゃんに負けず劣らずの美少女で、緩やかな笑みを浮かべながらお姉ちゃんに熱っぽい視線を向けている。
……すでに両想いじゃないですか。
「これが本物の遊園地ですか……」
そう思っていると、花織さんがそう呟いた。
咄嗟に返事をしようとして、少し考える。
花織さんって確かに年上だけど、お姉ちゃんの友達だし、将来お姉ちゃんになるかもしれない相手だよね?
そうなると、敬語だとか呼び方とかも、最初から親しい感じで行っちゃった方が良いかな?
よし。
「え、花織お姉ちゃん遊園地来たこと無いの?」
私の問いに、花織さんもとい花織お姉ちゃんは、最初少し驚いたように目を丸くした。
しかし、すぐに照れた感じの笑みを浮かべ、耳に髪を掛けながら「はい」と短く答えた。
「だから、分からないことばかりで……」
「へぇ~、なんか意外。何でも知ってそうなのに」
「そうですか?」
「そうだよ~」
私達がそんな会話をしていると、お姉ちゃんが信じられないと言いたげな顔でこちらを見ていた。
それからこちらに近づいてきて、私と花織お姉ちゃんの顔を交互に見た。
「え……美香、クロとは初対面だよね?」
「うん? そうだよ?」
「でも、そんな……お姉ちゃん呼びにタメ口なんて」
「え~……だって花織お姉ちゃんって、お姉ちゃんのお友達なんでしょう? だったら私のお姉ちゃんみたいなものかなって」
そこまで受け答えをして、私はハッとする。
まさかお姉ちゃん……ヤキモチ?
お姉ちゃんの方が美少女だし、花織お姉ちゃんが私に惚れることなんてありえないと思うけれど。
「大丈夫だって。お姉ちゃんの恋路は邪魔しないからさ」
「いやそういうことじゃ……」
図星を突かれたからか、お姉ちゃんの顔が赤く染まる。
全く、本当に……仔犬お姉ちゃんの前だと、表情がコロコロ変わるね。
「美雪!」
噂をすれば影が差す、とでも言うやつか。
無邪気な笑みを浮かべた仔犬お姉ちゃんが、お姉ちゃんの手を握った。
「美雪っ! まずはあれに乗ろ!?」
そしてその無邪気な笑顔でジェットコースターを指さす仔犬お姉ちゃん。
あぁ、無邪気故に罪……。
ていうか、そもそもこの場にいる中でお姉ちゃんが乗り物に物凄く弱いことを知っているのは私しかいないか。
というか、家族以外は基本知らない。
宿泊研修とかで同行していた人とかは知っているかもしれないけれど……。
「美雪~」
そしてそれを知らない仔犬お姉ちゃんによる無邪気なる攻撃。
お姉ちゃんの表情が徐々に青ざめていく。
もうやめて! とっくにお姉ちゃんのライフはゼロよ!
「あー……ハイハイ分かったから。一回落ち着いて」
「むー……」
ついにお姉ちゃんが折れてしまった。
仔犬お姉ちゃんの頭を撫でつつ引き離すお姉ちゃんを横目に、私は鞄の中のエチケット袋の位置を確認する。
「シロがジェットコースターに乗りたいみたいだから、最初はジェットコースターで良い?」
「えぇ……私は構いませんが?」
「私も……仔犬お姉ちゃんが乗りたいなら」
そう答えつつ、仔犬お姉ちゃんを見つめる。
仔犬お姉ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべ、はしゃいでいる。
やっぱり、可愛いなぁ……。
ほぅ……とため息を零しつつ、私は自分の胸に手を当てた。
折角休日に一緒に遊べるチャンスなのだ。
このチャンスを上手く生かして、仔犬お姉ちゃんとの距離を縮めないと。
一人静かに拳を握り締めてから、私は鞄の中のエチケット袋をすぐに取り出せる所に移しておいた。
それから数分後、私はこの時の行動をしていて良かったと一人安堵したりする。
 




