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犬の恩返し  作者: あいまり
岡井美香編
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第4話 好き嫌い

 晩ご飯の時間になった。

 一階に下りると、すでに私以外の家族全員が座っていた。

 仔犬お姉ちゃんの前だと感情が表情に現れやすくなるお姉ちゃんは、なんだか疲れた様子で椅子に座っていた。

 何があったかは知らないけど、お疲れさまです。

 席につくと、目の前には私の苦手なピーマンが置いてあった。

 ゲッ……今日の晩ご飯はピーマンの肉詰めか……ピーマン嫌いなのに……。

 どうやら無意識の内に顔をしかめていたようで、向かい側に座ったお母さんがムッとした表情で私を見た。


「わぁ……すごく美味しい!」


 しかし、食事を始めた直後に仔犬お姉ちゃんがお母さんの晩ご飯をべた褒めしたためか、すぐに機嫌は直った。


「そう?」

「うんっ! 美雪はいつもこんな美味しいご飯を食べてたんだね~」


 そう言ってパクパクとピーマンの肉詰めを食べる仔犬お姉ちゃん。

 よくそんなに食べれるなぁ……私には無理だ。

 内心そんな風に思いつつ、私もピーマンの肉詰めを口に含む。

 うぅ……まずい。

 顔をしかめていた時、私は良い事を思いつき、心の中で手を打った。


「仔犬お姉ちゃん凄いなぁ。……それじゃあ、私のやつも一個あげるよ」


 そう言いつつピーマンの肉詰めを箸で、摘まみ、仔犬お姉ちゃんに渡そうとする。

 すると、それを見たお母さんが「美香?」と怒気の籠った声で名前を呼んできた。


「ピーマンが嫌いだからって、仔犬ちゃんに押し付けようとしてるでしょ?」

「ウゲッ……そんなこと……」

「美香~?」

「うぅ……」


 図星だ。

 仕方がないので、私は自分の皿にピーマンの肉詰めを戻した。

 そんな私を見て、お父さんが「はっはっは」と快活に笑った。


「好き嫌いはいけないよ。美香も美雪や仔犬ちゃんを見習って、ちゃんと全部食べなさい」


 その言葉に、私は隣で黙々と晩ご飯を食べていたお姉ちゃんを見た。

 すると、お姉ちゃんは私の視線に気づいた様子で、整った表情をこちらに向けて来た。

 不思議そうな表情で私の目を見つつ、ゴクッと音を立ててピーマンの肉詰めを飲み込んだ。


「お姉ちゃんは良いよね~。ピーマン食べれて」


 子供っぽい皮肉をつい言ってしまう。

 ピーマンだけじゃない。お姉ちゃんは、私には無い良い所を持っている。

 だから……羨ましい。妬ましい。


「美香の方こそ、中学二年生にもなって好き嫌いしないの。ホラ、食べさせてあげるから」


 そんなお姉ちゃんは、唐突に無表情のままそう言うと、私のピーマンを細かく切り始める。

 は? ちょっと待って?

 少しして、お姉ちゃんの言葉の意味を理解する。それと同時に、自分の顔が熱くなった。


「ちょっ……自分で食べれるから!」

「ん~? 自分で食べれないからシロに押し付けようとしたんでしょ?」

「ぐぅ……!?」


 またもや図星を突かれた。

 怯んでいる間に、口の中にピーマンが入る。

 まずい……でも、またあーんなんてされたら堪らないので、仕方なく飲み込んだ。

 ……まずい。


 でも、それ以上に恥ずかしい。

 だって、仔犬お姉ちゃんの目の前なんだぞ?

 ただでさえ年下なのに、こんな子供っぽいところを見られたら……。


「うぅぅ……後は自分で食べるから……」


 そう言いつつ、私はピーマンの肉詰めを食べていく。

 食べながら、なんとなく、仔犬お姉ちゃんに視線を向けた。

 そして……一瞬固まってしまった。


 なんだ、あの目は……。

 まるで親の仇でも見るような、恨めしい目。

 憎悪に満ちた眼差しで、彼女は私を見ていた。


 しかし、それは一瞬のことで、すぐに子犬のような愛くるしい表情になる。

 そして、お姉ちゃんの袖をクイクイっと引っ張った。

 見間違い……か……?

 お姉ちゃんが仔犬お姉ちゃんに顔を向けると、仔犬お姉ちゃんは大きく口を開けた。

 しばらく仔犬お姉ちゃんを観察していたお姉ちゃんは、不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの? シロ」

「さっき美香ちゃんにしてたやつ、やって?」

「「は!?」」


 つい、反応してしまった。

 私にしていたやつ……つまり、アーンのことでしょ!?

 え、なんで……。

 思考が停止して、私は固まる。


「してくれないの?」

「あ、いや……一回だけね?」


 思考は停止して、目の前で起こっていることが理解できない。

 ただ、お姉ちゃんが自分のピーマンの肉詰めを一口サイズに切って、仔犬お姉ちゃんの口の中に入れていた。

 仔犬お姉ちゃんは美味しそうに咀嚼すると、満面の笑みを浮かべた。


「美味しい?」

「うんっ! 美雪に食べさせてもらった方が美味しい!」


 その言葉に、私は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

 彼女は……狙っているのか?

 いや、確実に狙っている。そんな気がする。

 それを知ってか知らずか、お姉ちゃんは呆れたようにため息をつき、また晩ご飯を食べ始める。


 自分がお姉ちゃんの視界に入ったのを自覚した瞬間だった。

 仔犬お姉ちゃんが、まるで勝ち誇ったような笑みで私を見たのは。


 あぁ……こんなの、確定じゃないか……。

 私は込み上げそうになる涙を、苦いピーマンと一緒にのみこんだ。

 飲み込み、呑み込んだ。


 仔犬お姉ちゃんが、お姉ちゃんのことを好きだという事実と共に。

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