第41話 成仏
シロがどこにいるのか、私に分かるわけがないと思っていた。
ただ、彼女を追い求め、走り続けた。
その結果……シロが犬だった頃、毎日来ていた公園に辿り着いていた。
「流石に、こんなところにいるわけ……」
そう呟きつつ公園を覗いた時だった。
公園の広場の真ん中。
白い髪を茜色に染めながら佇む少女が、そこにいた。
「シロ……」
名前を呼ぶ。
声が掠れ、口の中が渇いているのを感じた。
私の声に、シロはハッとした表情で振り向いた。
「美雪……」
「……ここに、いたんだ……」
シロは私を見て、数歩後ずさった。
何を言えばいいか分からない。
でも、何か……伝え……―――!
「美雪……私、本当に……人間なんだね」
シロの言葉に、私は足を止めた。
言葉を発したシロは、泣きそうな笑顔で私を見ていた。
「ずっとさ、どこか……これが全部夢なんじゃないかって、思ってた。目が覚めたら、全てが無かったことになって、また……美雪と楽しい日々が始まるんじゃないかって」
「シロ……」
「でも違った。もう、私は完全に人間になっていて……もう、あの頃には戻れないんだって」
そう言って、シロは公園を見渡す。
時間が時間だ。すでに公園には誰もおらず、物寂しい空気だけが漂っていた。
しかし、シロの言葉の真意が見えない。
私がぼんやりしていると、シロは私を見て、顔を歪めた。
「視線が……高いんだ。世界が高いの。私より大きかった子供が……今は、私より小さい……」
なんで、今更そんなことを……。
いや、今思えば仕方が無かったのかもしれない。
私以外の同年代なんて見たことなかったし、背が低いシロにとっては、犬だった頃と同じ、全てが広大な景色であることは変わらなかったのかもしれない。
でも……自分より小さい人間を見てしまった。
私といた頃は、他の人を見る余裕なんて無かったのだろう。
でも、私と離れて、改めて人間としてこの世界を見たら……自分より小さい人間がいた。
そして自分が昔と違うことを……知ってしまった。
「私分かったんだ。もうあの頃には戻れない。もう……死ぬしかないんだって」
「シロ……」
「もう私の未練は消えた。だったら、後は死ぬしかないじゃない! なんで今生きているのかも……不思議なくらいで……!」
「シロッ!」
声を張り上げ、私はシロの体を抱きよせ……唇を奪った。
クロと重ねた唇で。
短いキス。シャボン玉を突いたような、淡い口付け。
ポカンとした顔のシロを見て、私は続ける。
「私も……ずっと好きだったよ。シロのこと」
「……なんで今言うの……」
ボロボロと涙を流すシロ。
彼女の頭を撫でて慰めようとした時……彼女の体が淡く光り始めた。
「なッ……」
「……そっか……今分かったよ。私の未練……」
「シロ、体が……」
動揺する私の肩を掴み、シロはクシャッと笑った。
「私……美雪と、キスしたかったんだ……美雪と、両想いになりたかったんだ……」
「シロ……」
「あはは……両想いになったら死ぬとか、よく分かんないよね……」
「待って! まだ何か出来ることがあるハズ! 諦めなければ……何か……ッ!」
「美雪!」
シロの言葉に、私は動転していた気持ちをなんとか静める。
そして訪れる……涙。
「嫌だよ……もう、独りは嫌だ……」
分かったんだ。
私はずっと……独りだったんだって。
誰にも心を許せず、心の中だけで捻くれて。
でも……シロがいた。
シロといると、気持ちが明るくなれた。シロといると、癒された。
五年もシロのことを飼っていたというのに……気付くのが、遅すぎた。
「大丈夫だよ」
優しく微笑み、シロは指で私の涙を拭った。
視線を下ろすと、すでに彼女の下半身は消えかかっていた。
このままでは……シロが消えてしまう。
「シロ……!」
「美雪はもう、独りじゃないよ。黒田さんがいるから」
「私は……」
私が好きなのは誰なのだろう。
シロか? それとも、クロなのか?
いや……どちらとも?
でも、それなら……。
「私はクロも、シロも好き! 二人とも大好きだから! だから、シロにはいなくなってほしくないよ……」
私の言葉に、シロはキョトンという感じの表情を浮かべた。
しかし、「美雪らしいや」と言って笑った。
「でも美雪。そういうの、世の中では二股って言うんだよ?」
「……うん」
「それって、すごく最低な行為なんだよ?」
「うん……知ってる」
「……だからこれからは、黒田さんだけを、見てあげて?」
そんな笑顔で言うなよ……。
そんなに……泣きそうな顔で、言うな……。
「シロ……!」
「美雪……大好き」
何十回も聞いた言葉。
それと共に、シロの体は光の屑となり……消えて行った。
空に昇る光。若干紺色に染まった空に消えていくそれらは、まるで、星のようだった。
「……私もだよ……シロ」
そう呟くと同時に、私の頬を一筋の雫が伝った。




