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犬の恩返し  作者: あいまり
岡井美雪編
32/132

第32話 ナンパ

 話しかけてきた男は二人。

 一人は髪を金に染めていて、耳にピアスをしていた。

 もう一人は茶髪で、耳や唇や瞼に複数のピアスを付けている。


 どうやら彼等は、身分をわきまえない愚かな輩のようだ。

 装飾品に頼らないと自分を着飾れない奴等が、クロのような美少女にふさわしいわけがないじゃないか。

 彼女は装飾品なんて無くても完成している。

 少なくとも、お前等とは違う。

 ……人のことは言えないけれど。


「お嬢さん達、女二人で暇してるでしょ? 俺等と一緒に遊ぼうぜ」


 茶髪ピアスがそう言ってくる。

 喋る度に、歯の隙間からチラチラとピアスのようなものが見える。

 まさかコイツ、舌にまでピアスを付けているのか……。


「暇? 私は別に暇ではありませんが?」


 そしてこういうナンパに一切知識の無いクロの発言。

 その瞬間、茶髪ピアスと金髪が同時に私を見て来た。

 いや、確かに私にそういう煩悩はありますが、今はそういう関係ではございません。


「マジか……マジもんの百合か……」

「萌えぇ……」


 あぁ、貴方達そっち系の人間?


「いえ、私達はそういう関係ではありません」


 慌てて訂正しておく。

 変に勘違いさせたら、私なんかと付き合っていると思われるクロが可哀想だ。

 私の返答に、二人は曖昧な感じの表情をする。


「えっと、それに、今他に友達と来ていて。……今は私の体調が悪くて、この子にはそれに付き合ってもらっているだけです」

「そうなんだ。だったらさ、俺達も友達呼ぶし、皆で一緒に遊ばない?」


 引き下がれよ金髪猿ッ!

 私は拳を強く握りしめた。

 今すぐこのベンチの横にあるゴミ箱から私の吐瀉物を詰め込んだレジ袋を取り出して奴の金髪にぶちまけてやりたい。

 不可能ではないだろうが……流石に無理だな。

 その後でブチ切れて殴られたりすることが目に見えている。


 せめてシロ達が戻って来てくれればいいのだけれど……いや、それもダメか。

 シロは超絶美少女だし、美香だって私より見た目が良い。何より彼女は中学生。

 ……と、噂すれば何とやら。シロ達がこちらに戻って来るのが見えた。


「美雪~! さっきそこでね、美味しそうなものが売ってる屋台を……」


 チュロスのようなものを両手にそれぞれ一本ずつ持って戻って来るシロ。

 そして私とクロから、向かい側に立つ金髪猿と茶髪ピアスを見て、あからさまに嫌そうな顔をする。

 ……チュロス折れたよ? 大丈夫?

 チュロスの五分の四が地面に落下していくのを無視して、シロはズンズンとこちらに向かって歩いて来る。

 私の視線から誰かが来るのが分かった男二人は、シロを見て口笛を吹いた。


「へぇ、可愛い子だね。君もこの子達の知り合……」

「邪魔」


 シロはそう言うと、金髪猿の靴を思い切り踏んだ。

 その力が思いのほか強かったためか、金髪猿は「ひぎッ!?」と声を漏らした。

 シロが足を離すとすぐに靴の上から足を押さえ痛い痛いと喚きだす。

 その間に、シロの後ろから来ていた美香が私の元に駆け寄って来る。


「お姉ちゃん。これ、どういう状況?」

「分からない……」

「ふざけんなこのクソアマ! この靴がいくらしたと思ってるんだ!」


 そう喚きながら叫ぶ金髪猿。

 うわぁ、最低だなぁ……私と美香はほぼ同時に引いた。

 こういうところは流石姉妹。


「うるさい。邪魔だからどこか行ってよ」


 金髪猿を睨みながら言うシロ。

 あぁ、流石にこの状況はまずい。

 私はすぐにシロの横に立ち、彼女の白い髪を掴んで、一緒に頭を下げさせた。


「この度は、私のイトコがご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「みゆッ……」

「シロッ!」


 私が制すと、シロはシュンとした表情で俯いた。

 そんな私達の様子に、金髪猿はチッと舌打ちをした。


「なんか気分悪くなったし、もう行こうぜ」


 茶髪ピアスの声に、金髪猿も同意し、二人は歩いて行く。

 足音が遠退いて行くのを確認してから、私はシロの頭を離す。


「……なんでアイツ等に頭下げないとダメなの」


 ムスッとした表情で言うシロの言葉に、私は「どうしても」と言ってやる。

 すると、シロはさらに不機嫌な表情をした。

 すると、クロがすぐに間に入る。


「白田さん。この件に関しては美雪さんの判断が正しいです」

「なんでッ……」

「相手は男性、こちらは女性です。人数の差はあれど、力では太刀打ちできません。あのまま美雪さんが仲裁しなければ、こちらが酷い目に遭ったのは確実ですね」

「私も花織お姉ちゃんの言葉に賛成。あの男の人達がどういう人なのかは知らないけど、下手したら、女の子にも普通に手を上げる屑だったかもよ?」


 クロの言葉に、美香がそう続ける。

 すると、シロは不満そうに唇を尖らせるので、私は彼女の頭を撫でてあげた。


「でも、私はシロが来てくれて嬉しかったよ?」

「……ホント?」

「うん。正直言葉じゃ解決するか分からなかったし。……来てくれてありがとう」


 そう言って笑って見せると、シロはパァァと笑顔を浮かべた。

 ……本当に大丈夫かな、この子。

 いずれ変な男に騙されたりしないと良いけど。

 とはいえ、どこか暗い感じの空気になってしまったので、それを変える為に私は一度手を叩いた。


「さっ! 辛気臭い空気は終わり! 私も大分復活してきたし、折角の遊園地なんだから、目いっぱい楽しもうよ!」

「うん! 楽しもー!」


 私に同調するように、シロも元気に声をあげる。

 これで良い。重たい空気なんて似合わない。

 クロと美香の顔にも笑顔が灯るのを確認し、私達は次に乗るアトラクションを決めるため、歩き出した。

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