第22話 雨
店を出ると降り注いでいた雨に、私はため息をついた。
目立つほど大雨というわけでも無いけど、この中を歩いて行こうと思うと帰る頃にはびしょ濡れだ。
濡れるだけならまだしも、シロが頑張って選んでくれた服を濡らしたくない。
ビニール袋だけど、破れたり隙間から雨が入る可能性もあるし……。
「雨止まないね~」
「そうだねぇ」
隣にいるシロの言葉に、私は自分でも分かるくらい適当に返した。
でも雨って、結構気持ちもジットリするというか。
こちらのテンションも下がっちゃって、まともに応答する気も失せてしまう。
すると、対向車線にコンビニがあるのが見えた。
ハッ。コンビニでビニール傘を買う……?
全速力で走れば、この雨粒の大きさならあまり濡れずにいけるかもしれない……?
「……雨……か……」
早速このアイデアをシロに話そうとした時、シロがそう小さく呟いた。
私が不思議そうに見ていると、シロは私を見て、笑った。
「ホラ、私達が初めて会ったのも、雨が降っていた時期でしょ?」
「……あぁ」
彼女の言葉に、私はそう声を漏らした。
あれは、私が小学六年生の頃だった。
雨が降っている中家に帰る道を歩いていた時、道端に段ボールがあって、中には一匹の白い子犬がいたのだ。
寒い雨の中放置されている子犬が可哀想だったので、私はその子を拾って、家に連れて帰ったのだ。
それから、確かシロを飼うことになったのだ。
「そういえば、あそこって田んぼの近くの道だったよね……あっ、もしかして、白田 仔犬って……」
「えへへ……当たり」
今まで深く考えなかったシロの名前の由来を、今日初めて知った。
知ったと言うより、私が知っていたことではあるんだけど。
そう思っていた時、シロが私の袖をクイクイッと引っ張った。
「ん?」
「ねぇ、美雪。……あの時、美雪が私に何て言ったか、覚えてる?」
キラキラした目で言われた言葉に、私は思考を巡らせる。
……やはり小学六年生の頃の記憶だからなぁ……大まかな記憶はあるんだけど、何て言ったかとか、そういう細かいことは覚えていない。
「あー、ごめん。覚えてない」
そう言った瞬間、シロの顔から一瞬、表情が消えた。
いつもキラキラした目で、好奇心に溢れた顔が、まるで能面のように無表情になったのだ。
見間違いじゃないかと、自分の目を疑った。
しかし、慌てて取り繕おうとした時には、シロはまた笑顔になっていた。
「シロ……?」
「ごめん。なんでもないよ! それより、この雨どうしよっか」
「うーん……あっちにコンビニがあるでしょう? だから、あそこまで走って、傘でも買うのはどうかなって」
「なるほど……それじゃあ早く行こうよ!」
「わ、ちょっと……!」
止める間もなく、シロはすぐに私の手を引いて走り出す。
……無理、してる……?
でも、なんで?
……シロにとって、私がその時言ったことは、大事なことだったの?
しかし、それを聞く勇気が、私にはない。
もしそうだとしたら、それを忘れている自分を、シロがどう思ったのか……。
私はネガティブになった思考を振り払うように首を振り、シロの手を強く握った。
そうしないと、彼女が、遠くに行ってしまうような気がしたから。




