第20話 あだ名
それから一週間は、平穏に充実した毎日を送れていた。
黒田さんとはあれからさらに仲良くなり、学校で顔を合わせたら軽く挨拶をしたり、昼食は一緒に食べる仲になった。
その結果、黒田さんと仲良くなるのを躊躇う最大の理由である孤立はした。
したのだが……思っていたより辛くはなかった。
今まで無理して話を合わせていたからか、こうして少し離れて見るとかなり開放的だった。
あと、近くに黒田さんやシロがいたから、というのも理由にあるかもしれない。
シロの前では元より、黒田さんの前でも素の自分でいられた。
彼女と一緒にいると安心するし、やはり綺麗なものを見ているのは気持ち良い。
そんな風に毎日を過ごしていたある日、ちょっとした変化があった。
「あの、岡井さんはいつまで私のことを苗字にさん付けで呼ぶのですか?」
ある日、いつものように昼食を食べながら小説について語り合っていた時、黒田さんはそう言って来た。
それに、その日は購買で買ったパンを頬張っていた私は固まった。
「へ……?」
「だから、もう大分私達は親しい関係だと思いますし……友人同士で苗字にさん付けは、少し堅苦しいと思うのです」
まぁそれは一利あるが……。
私は咀嚼していたパンを自販機で買ったリンゴジュースで流し込み、口を開いた。
「でも、黒田さんも私のこと苗字にさん付けで呼ぶじゃない」
「それは岡井さんがそう呼ぶからです。岡井さんが呼び方を変えれば、私だって変えますよ?」
「ふぇぇ……」
情けない声が漏れた。
正直、黒田さんを黒田さん以外で呼ぶ選択肢がまず無いのだ。
強いて言うなら黒田様? 確実に怒られる。
「えっと……じゃあ黒田さんは何て呼んでほしい?」
悩んだ挙句に、私はそう言ってみた。
いっそのこと黒田さんの要望を受けるのが一番楽だと判断したのだ。
だって黒田さん怒らせたくないし。
「そうですねぇ……私としては、白田さんを呼ぶような感じは羨ましいと思います」
「シロ……えっ、あだ名?」
「はい」
それは……いきなりハードルが高くないですか。
しかし黒田さんのにこやかな笑みに、強く否定することが出来ない。
私は一度パンを咀嚼してから飲み込み、口を開いた。
「えっと……具体的にはどんな?」
「そうですねぇ……まぁ白田さんを呼ぶ感じを真似すると、クロ、とかですかね」
「却下で」
自分でも驚くほど即答だった。
いや、黒田さんにクロは無い。断じて無い。
そもそもシロの場合はあだ名じゃなくて前世の本名です。
しかしそんなトチ狂ったことは絶対に言えないので、私は黙っておいた。
沈黙は金、というものだ。
「なぜですか?」
「いや、そんなあだ名、黒田さんには似合わないよ」
「私のクロが似合わないのであれば、白田さんのシロはどうなるのです?」
「うッ」
痛いところを突かれた。
確かにそうだ。
もしここで黒田さんのクロを却下するなら、シロの場合はどうなるんだという話にもなる。
シロは黒田さんとは別タイプではあるが、美少女だし。
あれ? 今更だけど、私はなぜ学年トップ2の美少女を侍らせているような状態になっているのだ?
まぁ良いか。今は関係ない話だ。
「えーっと、シロは、その……」
なんとかしどろもどろになりながらも弁解しようとする。
しかし論破材料が無い。私の中の国語辞典はスカスカです。
口ごもっていると、黒田さんがズイッと顔を寄せて来た。
「で、どうなんですか?」
「わ、分かったから。……本当にクロで良いの?」
「はい。美雪さんと白田さんは親しいので、同じくらい親しくなれたと思えますから」
あ、美雪さんになった。
でもそうか……シロを基準に考えていたのかな。
くろd……クロは、話を聞いたところ、小さい頃からまともな友人があまりいなかったらしいので、恐らく友人の基準が分からなかったのかもしれない。
だから珍しくグイグイ来たりしたのか。
そう思うと……少しだけ可愛く見えた。
「そっか。じゃあ、クロ。これからもよろしく」
「はい、美雪さん」
笑顔でそう言うクロに、私も釣られて笑った。
 




