第18話 同性愛
黒田さんと一緒に昼食を食べることになったのは良いけれど……まぁ、平たく言えば、彼女との会話は一向に弾まなかった。
いや、そもそも話しかけられなかった。
やはり、彼女の存在は私にとって遠いものであるし、下手に話しかけて失礼があったらどうしようかと、怯んでしまうのだ。
そのためか、私達は会話もせずに、黙々と昼食を口にしていた。
いつしか食事を終えた黒田さんは、ちゃっかり持って来ていた本を取り出し、読書を開始していた。
このまま双方とも食事を終えてしまえば、折角のシロの気遣いが無駄になる。
頑張れ、私。負けるな、私。
「く、黒田さんってさ、よく本読んでるよね」
なんとか振り絞って出した声は、震えて、強張っていた。
しかし、それに気づいてない様子の黒田さんは、不思議そうな顔を上げた。
それから緩く微笑んで、「えぇ」と答えた。
「本が好きなので」
「まぁ、嫌いなら自分からやらないよね」
私がついそう返すと、黒田さんはキョトンとした顔で目を丸くした。
失礼なことを言ったかと思うと、突然、彼女はクスクスと笑いだした。
その笑い声はまるで鈴の音のようで、聴いていて耳に心地よかった。
「黒田さん……?」
「フフッ……あぁ、ごめんなさい。ただ、岡井さんの返しが、少し、可笑しくて」
「え、何か変なこと言った?」
不安の感情を抱きながらそう聞くと、黒田さんは「いいえ」と言って首を横に振った。
それじゃあ何を、と思っている間に、黒田さんは本を見つめた。
「……久しぶりに誰かと話したので、なんだか少し、感覚がずれているのかもしれません」
その言葉に、私は無意識に自分の胸を押さえた。
人と話すことが久しぶり……それは、学校で孤立しているから?
「わ、私で良かったら……これからも、話し相手になるよ」
口を割って出たのは、そんな言葉だった。
私の言葉に、彼女は驚いたように目を丸くしてから、優しく微笑んだ。
「良いんですか?」
「うん……私も、ずっと黒田さんと話してみたかったし」
「そうなのですか? 私もですよ」
「えっ!?」
予想外の言葉に、私はつい聞き返した。
どうやらその反応は黒田さんもだったらしくて、キョトンとしながら首を傾げた。
私は一度気持ちを落ちつかせて、ゆっくり口を開いた。
「私と……話してみたかったの?」
「え、えぇ……岡井さん、よく図書館でホラー小説の棚を見ているじゃないですか」
「うッ」
見られていたのか。
実は、私はよく放課後にホラー小説を借り、家で暇な時間などに読んだりしていたのだ。
昨日はシロが来たから読めなかったが、それ以外は家では基本読書している。
図星だったからか、黒田さんはクスクスと笑った。
「ホラー小説、好きなんですか?」
「う、うん……」
「ですよね。嫌いなものは自分からやったりしませんもんね」
悪戯っぽく笑いながら言う黒田さん。
……へぇ。こんな表情したりもするんだ。
驚いていると、黒田さんは続ける。
「私は、どちらかというと恋愛小説が好きですけどね。ホラー小説も好きで」
「へぇ……恋愛小説」
なんだか意外だった。
黒田さんは知的な雰囲気があるから、もっとこう……ミステリーだとか、SFだとか、そういう頭を使うようなものを見ると思っていたのに。
私の表情からそんな思考を読み取ったのか、黒田さんはクスクスと笑った。
「基本的に色々なジャンルは読みますよ? ただ、恋愛小説が一番好きというだけで」
「そうなんだ……私、恋愛小説ってあまり読まないから分かんないや」
「そうなのですか?」
不思議そうに聞いてくる黒田さんに、私は頷いた。
「うん。なんていうか、人のイチャイチャ見てて何が楽しいんだろうって思っちゃって」
「イチャイチャ……確かに、人の恋愛って、あまり興味湧かないものですしね」
黒田さんは頷きながらそう言った。
じゃあなんで、と聞こうと思った時、彼女は続けた。
「でも、私は恋愛をしたことがないので……恋愛小説を読んでいると、自分が恋愛をしているように感じて、面白いんです」
「恋愛を、したことない……?」
「はい。……元々、私にとって、小説というものは様々な出来事を疑似体験するための道具なんです」
「疑似体験?」
そう聞き返すと、黒田さんは「はい」と頷いた。
「小説の中では、様々な経験が出来ます。冒険したり、謎を解いたり……恋をしたり」
「だから、本が好きなの?」
そう聞いてみると、黒田さんはもう一度頷いた。
そういう感じ方があるのか……。
私は、ただ本は読んで楽しむだけだったから、よく分からない。
「それに、恋愛という感情は面白いじゃないですか。一人の人間を突然愛してみたり、その人のために熱情的になったり」
「まぁ、それは確かに……」
「でしょう? それに、最近はインターネットとかを調べて見ると、同性愛の小説もかなり多く存在します。あと、人間でないものとの恋だとか……色々」
「そういう系も読むのか……」
なんだか意外。
黒田さんって、そういうマニアックな方も読むのか。
驚いていると、黒田さんは少しだけムッとした表情をした。
「岡井さん、もしかして同性愛の存在を変だとか思ってますか?」
「えっ……いや、だって、同性を好きになるなんて……普通じゃないよ」
もしかしたら今の言葉は、自分への戒めなのかもしれない。
同性である黒田さんのことが好きかもしれない、私への。
そう思っていると、黒田さんは「そんなことないですよ」と返した。
「最近は、外国でも同性婚は認められていますし……それに、身近にも同性愛者は意外といますよ?」
「そうなの?」
「はい。例えば、この学校の野球部にも男子同士のカップルがいるらしいですし……一番身近なのだと、隣の一組に、彼女がいる女の子がいるとか」
「か、彼女!?」
すでに事は始まっていたのか!
それから黒田さんに名前を聞いてみると、変わった苗字だが、私は話したことない子だった。
まさかそこまで身近にいるとは思っていなかったので、私はしばらく驚いてしまった。
「ですから、同性を好きになることは全く変なことではありません」
「そうなんだ……えー、マジかー」
頭に手を置いて、私はそう声にした。
そんな私に、黒田さんは「フフッ」と悪戯っぽく笑った。
「驚きましたか?」
「驚いたも何も……マジかぁ……」
そう驚いていると、チャイムが鳴った。
確かこのチャイムは、五限目開始の五分前を示す予鈴だ。
よりによって今か……そう思っていると、すでに弁当箱をまとめていた黒田さんが立ちあがる。
しまった。まだまともに片付けをしていなかった!
慌てて弁当箱を片付け始めていた時、目の前に誰かが立つのが分かった。
「行きましょう? 次の時間が始まります」
黒田さんの言葉に、私は「うん」と頷き、弁当箱を左手に持って、彼女の手を取った。
それから、二人で恋愛小説やホラー小説について色々と話しながら、教室に着いた。
授業開始前ということでざわつく教室は、私達二人が一緒に戻って来ても、誰も気づかない。
ただ一人を除いては。
「美雪っ」
嬉しそうに私の名前を呼ぶシロ。
私がそれに親指を立て、成功したことを伝えると、彼女は嬉しそうに笑った。




