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犬の恩返し  作者: あいまり
番外編
132/132

クリスマスSS 美香と千沙

「それじゃあ今日の練習はここまで」

「「「ありがとうございました!」」」


 終わりの号令と共に、体から力が抜ける。

 私は大きく息を吐き、その場に座り込んだ。


「先生今日練習キツすぎるよ~……折角のクリスマスだっていうのにさぁ」

「……むしろ、クリスマスだから、じゃない? ホラ、先生彼氏にフラれたって……」

「渡部さん? 岡井さん? その話はしないよう言いましたよね?」


 背後から聴こえた声に、私と千沙はギギギッと音が聴こえそうなくらいぎこちない動きで振り向いた。

 見ると、そこには笑顔で私達の後ろに立っている先生が立っていた。

 でも先生、目が笑ってないよ!


「せ、先生……」

「私がフラれたんじゃありません! あの男には見る目が無かったんですよ!」


 そう言いながら手に持ったテニスラケットをへし折らんばかりに怒りを露わにする先生を、千沙と二人で慌てて宥めた。

 しかし先生の怒りは収まらない様子なので、私達は速やかにその場を立ち去った。

 後輩よ、後は頼んだ!


「まぁでも、私は部活に感謝してるかな」


 テニスラケットをしまいながら、千沙はそうボソッと呟いた。

 彼女の言葉に、同じくラケットをしまっていた私は「ん?」と聞き返した。


「部活に感謝って……なんで?」

「え……だって、好きな人と一緒に過ごす口実を考えなくて良いから」


 そう言って顔を赤くする千沙。

 彼女の言葉に、私の顔も熱くなる。


「ち、千沙恥ずかしいこと言わないでよ……」

「だ、だって事実だから……」

「そういうのが……あーもう!」


 照れ隠しに声を少し荒くしながら、私は鞄を肩に掛ける。

 すると千沙は「ご、ごめんって」と言いつつ同じく鞄を肩に掛けた。

 その時やけに視線を感じたので見ると、後輩が顔を赤らめて私達のことを見ていた。


「えーっと……」

「お二人さん、イチャイチャすんのは良いけど他所でやってよ。こちとら非リアなんだから」


 そう言ってため息をつくのは、同級生の宮野聡子だった。

 彼女の言葉に、私は「ご、ごめん」と答えた。


「私なんて今日彼氏と過ごせなくてイライラしてんのにさ~」

「でも夜は一緒にレストランでご飯なんでしょ?」

「あっはは~。まぁね~」


 千沙の問いに、聡子は照れたように笑った。

 ちなみに彼女が使っているテニスラケットは、彼氏からのプレゼントなんだとか。

 彼氏というのは、一年先輩で野球部に入っている人だ。

 来年は頼巳高校に入って野球を続けるのが目標らしい。


「だから今年はあんま受験勉強の邪魔しないようにって思ったんだけどね~。ホラ、頼巳ってこの辺じゃ一番の最難関じゃん?」

「まぁでも息抜きは大事だよ」

「うんうん。楽しんで来な」


 千沙と私の言葉に、聡子は「ありがと」と言って笑う。

 それから部室に戻り荷物をまとめていた時、スマホを見た聡子が「ヤバッ」と声を漏らした。


「もうすぐ待ち合わせの時間だ……じゃっ、お先!」


 そう言って荷物を纏め部室を飛び出す聡子。

 それを見送った私は、「ふぅ……」と息をついて椅子に座る。


「良いなぁ。クリスマスらしいこと出来て」

「悪かったね。レストランとか気の利いたこと出来なくて」


 皮肉のようにそう言う千沙に、私は「冗談だって」と慌てて否定する。

 しかし、むしろ私の方こそそういう計画を立てるべきだったのかもしれない。

 むしろ気が利かなかったのは私の方だ。

 そう自虐的になっていた時、肩に手を置かれた。


「ん……?」

「……あのさ……」


 小さい声でそう言うと、千沙は私を押し倒す。

 部室の、木で出来た長椅子の上だ。

 背中に固い感触を味わい、目の前には千沙がいた。


「千沙……」

「美香……私は、美香と一緒にいられればそれで良いと思ってる。クリスマスだから、とか、そういうのを抜きにして……」

「……それは私もだよ。でも、クリスマスくらいは、千沙に……良いことしてあげたくて……」

「……じゃあさ、プレゼント頂戴よ」


 そう言って微笑む千沙に、私は「プレゼント?」と聞き返す。

 すると千沙は小さく頷き、私の唇を指でなぞった。


「うん……素敵なプレゼント……」

「え、は……ちょっと待って、心の準備とか!」


 私がそう言った時だった。

 部室の扉の方から何かを落とす音がしたのは。

 視線を向けるとそこには、何かを持つような体勢で固まった後輩が立っていた。

 足元にはカゴが転がっていて、散乱したテニスボールを他の後輩達が拾っているのが見えた。


「……大丈夫? どうかしたの?」


 そして強引に平静を取り繕う千沙。

 せめて私の上から退いてから言え!

 私はなんとか千沙を押しのけ、荷物を纏める。

 千沙の荷物も強引に纏め、彼女に鞄を押し付けて腕を引き部室を飛び出す。


 しばらく早歩きで道路を歩いていると、商店街に出た。

 それに、ようやく私は千沙の腕を離し、息をついた。


「全く、ああいうことはもっと場所を選んでやってよね」

「……じゃあどこでやれば良いの?」

「えっ? そりゃあ、どっちかの部屋とか……人目につかない場所!」

「大雑把……」


 呆れた様子で声を漏らす千沙。

 その時、鼻の頭に白いものが触れた。

 顔を上げると……空から、雪が降ってきていた。


「雪だ……」

「……綺麗……」


 千沙の声を聴きながら、私は視線を下ろす。

 すると面白そうなものがあったので、私は千沙の手を引き、走る。


「わ、ちょっと美香!?」

「千沙! あれ見て!」


 私はそう言いつつ、目標のものを指さす。

 すると、千沙は驚いたように目を丸くした。


「あれは……クリスマスツリー?」

「そっ。……わぁ、綺麗!」


 広場のような場所にある巨大なクリスマスツリーを前にして、私はそう声をあげた。

 それに、千沙もクリスマスツリーを見上げて息をつく。

 私はそれに千沙の手を握った。


「……美香?」

「私……千沙のそういう顔が見たかったんだ」

「へ?」

「……クリスマスツリーと、雪と……千沙。クリスマスにしか見れない特別なシチュエーションでの千沙を……見たかった」

「み、美香ってば……」


 恥ずかしそうに視線を逸らす千沙の頬を両手で挟み、強引に視線を合わせる。

 それから私は彼女の肩を掴み、顔を近づけた。


「私も……千沙と一緒にいられれば幸せ。でも、クリスマスは……少し特別な場所とかで、一緒にいたいの」

「美香……」


 彼女の言葉を遮るように、私は彼女と唇を振れ合わせた。

 フワッと、雪の結晶が触れたような、軽いキス。

 だが、それだけで、私達は充分幸せだった。

これにて完結です!今まで読んで下さってありがとうございました!

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