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犬の恩返し  作者: あいまり
番外編
131/132

クリスマスSS 美雪と花織

 雪の降る中、私はプレゼントが入った紙袋を持ってとあるマンションの一室の前まで行く。

 玄関の前に着くと、私はコートや髪に付着した雪を振り払い、インターフォンを鳴らした。


「はぁい」


 そんな声と共に、扉が開く。

 するとそこには、黒縁眼鏡を掛けたクロが立っていた。


「……え? 眼鏡?」


 私の一言に、クロはキョトンとした顔をした。

 やがて、ハッとした表情で眼鏡を押さえた。


「あ、ごめん、なさい……普段はコンタクトで……その、今回はつい……」

「あぁ、いや、別に似合ってないとかそんなんじゃなくて……」


 そこまで言うと、私は深呼吸をしてから、白い息と共に言葉を吐き出した。


「……すごく、似合ってると……思います」

「……へ……」


 私の言葉が予想外だったのか、クロの顔が徐々に赤らんでいく。

 その時、寒い風が私の首筋をくすぐり、私は「ヘクシッ」とクシャミをした。

 それに、クロは慌てた様子で私の家の中に促す。


「とりあえず入ってください。風邪を引いてしまいますから」

「あぁ、うん……ありがとう」


 私がそう言って笑って見せると、クロも笑い返してくれた。

 それから食卓に案内されると、テーブルにはクリームシチューとパンとサラダと、七面鳥のようなものが乗っていた。


「うわぁ、美味しそう!」

「フフッ。今回は美雪さんが来てくれるということで、頑張って作りました」

「えっ。ってことはこれ、全部クロの手作り!?」


 私がつい驚いて聞き返すと、クロは少し恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らしながら「パンはお店で買ったものです」と答えた。

 ということは、それ以外は全部自分で作ったということか……。


「それでも充分凄いや……」

「み、見た目は良いかもしれませんが、味は保証しませんよ?」


 眼鏡の位置を正しながら言うクロの言葉に私は笑いつつ、コートを脱いで席に着く。

 それから手を合わせ、いただきますをして食べ始める。

 私は早速スプーンでシチューを掬い、口に含んだ。


「んん……うまっ!」

「本当ですか? 良かった」


 そう言って嬉しそうに笑うクロに反応する余裕がない。

 いや、本当に美味しい。

 私は手で口を押さえ、しばらく口の中でシチューを転がしてから、ゆっくり飲み込んだ。


「ん……本当に美味しいよ!」

「え……み、美雪さんに褒められると、照れますね……」


 そう言いながら顔を赤くして頬を押さえるクロを見つつ、私は七面鳥にも手を伸ばす。

 ももの付け根に包丁を入れて切り分け、一口食べる。

 ……柔らかい。

 肉が物凄く柔らかく、味もしっかり付いていて、とにかく美味しい。

 つい無心にもも肉にかぶりついていると、クロがクスクスと笑った。


「……? クロ?」

「フフッ……あぁ、ごめんなさい。ただ……」


 そう言いながらクロはナプキンを取り出し、私の口の横を拭いた。

 ……タレが付いていたか。

 恥ずかしくて俯きそうになるが、割と広い範囲にタレが付いているのか頬を手で押さえられ、顔を背けることが出来ない。


「く、クロ……」

「もう少しなので、そのままに……」


 そうは言うけど……ぶっちゃけ、顔近すぎない!?

 今にもキスするのではないかって距離にクロの顔があり、心臓がバクバクと音を立てる。

 やがてクロは「よし」と微笑み、私から距離を取る。


「取れましたよ」

「あ、ありがとう……」

「……なぜ顔が赤いのですか?」


 そう言いながら首を傾げるクロに、私は「なんでもない」と答える。


 それからは、特に何事もなく食事を終えることが出来た。

 満たされたお腹を手で押さえ、私は息をつく。


「ぷはぁ……ご馳走様。本当に、凄く美味しかったよ」

「いえいえ。美雪さんが喜んでくれて何よりです」


 そう言って微笑むクロに私も笑いつつ、持ってきたプレゼントの紙袋を手に取り、クロに差し出した。


「ハイ、それじゃあ、私からもクリスマスプレゼント」

「まぁ……一体何でしょう」


 興味津々といった様子で箱を見つめるクロ。

 私が「開けて良いよ」と言うと、パァッと顔を輝かせて早速紙袋を開け始める。

 テープを丁寧に剥がし、箱を開けた。


「まぁ、これは……マフラー、ですか?」


 そう言って取り出したのは、紺色のマフラーだった。

 クロの白い肌にその紺色のマフラーはよく映えて、凄く似合う。


「うん。ホラ、もうそろそろ寒くなるし、クロ、マフラー持ってないでしょう? だから」

「え、あ……ありがとう、ございます……」


 ぎこちなく返事をして俯くクロに、私はもしかしたら嫌だったのではないかと心配する。

 しかし、俯いた彼女の顔から零れた透明の雫を見て、私は息を呑んだ。


「本当に……ありがとう、ございます……」

「えっと……そんなに嫌だった?」


 私が試しにそう聞いてみると、クロは首を横に振った。

 それから涙を拭い、ぎこちない笑顔を私に向けた。


「すごく……すごく、嬉しいんです……家族以外からプレゼントを貰ったの……初めてで……」

「……そうなんだ……」

「それに……好きな人から、プレゼントを貰うのも……」


 そう言ってはにかみ、マフラーを胸に抱く。

 私は無言で立ち上がり、彼女の背後に回った。


「……美雪さん?」


 不思議そうに私の名前を呼ぶクロを……抱きしめた。

 背中から、強く……強く……。


「クロ……これからは、私が付いているよ……もう、一人にしない……」

「美雪さん……」


 クロはそう言って、私の手に自分の手を添えた。

 それから首を動かして、私と目を合わせるクロ。

 息がかかるくらいの距離に互いの顔がある。

 私は、彼女に添えられた方とは逆の手を、彼女の頬に添えた。

 すると、彼女ははにかみ、瞼を閉じる。

 同じように私も瞼を閉じて、彼女に顔を近づけた。

 顔が近づく度に、鼓動が早くなり、顔が熱くなる。

 やがて、私達の唇は触れ……―――


 バサッ


 ―――……る寸前で、背後で音がして、私は慌ててクロから距離を取る。

 振り向くとそこには、床にレジ袋を落とし、目を見開いてこちらを見ている中年の男女がいた。

 否……恐らく、クロの両親だ。


「か、花織……今、何を……」

「お、お父さん、お母さん……これは違うんです!」


 慌てて否定するクロ。

 しかし、両親の二人はその言葉に、訝しむように私を見てくる。

 さて……どこから説明したものか……。

 そう迷いつつも、そんな悩みがなんだか恋人らしく思えてしまって、私は自分の胸が熱くなるのを感じた。


 こうして、クリスマスの夜は更けていく。

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