表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬の恩返し  作者: あいまり
白田仔犬編
127/132

第41話 好き

「美雪……」

「……ここに、いたんだ……」


 美雪の言葉に、私は数歩後ずさった。

 どうしよう……私は、何を伝えれば良い……?

 頭の中で思考がグルグルと渦巻いて、混乱する。

 しかし、私の口は無意識に開き、勝手に言葉を紡ぐ。


「美雪……私、本当に……人間なんだね」


 私の言葉に、美雪は驚いたような表情を浮かべた。

 あぁ、今……美雪を困らせてる……。

 その事実だけで、泣きそうになってしまう。

 しかし、それを堪えながら、私は続けた。


「ずっとさ、どこか……これが全部夢なんじゃないかって、思ってた。目が覚めたら、全てが無かったことになって、また……美雪と楽しい日々が始まるんじゃないかって」

「シロ……」

「でも違った。もう、私は完全に人間になっていて……もう、あの頃には戻れないんだって」


 私はそう言いながら、公園を見渡す。

 あの男の子を探した。

 でも、すでに彼は帰ったのか、公園には誰もいなかった。

 ……まぁ、いっか。


「視線が……高いんだ。世界が高いの。私より大きかった子供が……今は、私より小さい……」


 話していると段々、涙が込み上げてくる。

 しかしそれを耐えながら、私は続ける。


「私分かったんだ。もうあの頃には戻れない。もう……死ぬしかないんだって」

「シロ……」

「もう私の未練は消えた。だったら、後は死ぬしかないじゃない! なんで今生きているのかも……不思議なくらいで……!」

「シロッ!」


 突然、体を抱き寄せられた。

 そしてそのまま……唇を奪われた。

 美香ちゃんと一度重ねた唇を。

 まるで、上書きするかのように。

 唇を離すと、美雪は私の顔を見て、微笑んだ。


「私も……ずっと好きだったよ。シロのこと」

「……なんで今言うの……」


 そう呟いた瞬間、ボロボロと涙が零れた。

 こんなの……私が、馬鹿みたいじゃないか……。

 本当に、ただの……馬鹿犬だ……。

 そう思っていた時、体に異変を感じた。

 自分の体を見下ろすと、自分の体が淡く光っていた。

 “その時”が来たのだ、と。頭の中のどこかで直感した。


 あぁ、そっか……今分かったよ……私の未練。


「なッ……」

「……そっか……今分かったよ。私の未練……」

「シロ、体が……」


 焦ったような表情で私を見つめる美雪の肩を掴み、私は笑って見せる。

 最後の最後まで、私は……美雪の可愛いシロであり続けるんだ。


 そして……ようやく気付けたんだ。

 私のしたかったことに。

 何度も遠回りをした。

 ……いや、本当はきっと、グルグルと同じ道を周り続けただけなのかもしれない。

 それなら、犬だった頃、よくやっていた。

 自分の尻尾を追いかけ続けて……叶わない願いを、思い続けて。

 でも、ようやく掴めた。自分の尻尾を……夢を、掴めたんだ。


「私……美雪と、キスしたかったんだ……美雪と、両想いになりたかったんだ……」


 キス。

 前にやったような、一方的な自己満足じゃない。

 互いの胸の穴を埋めるような……そんなキスを。

 私はずっと……望んでいたんだ。


「シロ……」

「あはは……両想いになったら死ぬとか、よく分かんないよね……」

「待って! まだ何か出来ることがあるハズ! 諦めなければ……何か……ッ!」

「美雪!」


 動転した様子の美雪を、私は慌てて宥める。

 もう時間が無い。だから、伝えたいことがあった。

 しかし、私の予想に反して……美雪は突然、涙を流した。


「嫌だよ……もう、独りは嫌だ……」


 彼女の言葉に、私は胸が痛くなる。

 ずっと……美雪を一人にしたくなかった。

 そしてきっと……私は美雪と一緒にいたかったんだ。

 彼女の隣で、彼女を独りぼっちにしないように。

 でも、もう代わりがいるから。

 私はもう……用済みなんだ。


「大丈夫だよ」


 私はそう言って笑いながら、美雪の涙を指で拭う。

 それに美雪は目を見開き、驚いたような表情で私を見た。

 すでに、足が地面についていない。

 腰から下の感覚が無い。

 時間が……無い。


「シロ……!」

「美雪はもう、独りじゃないよ。黒田さんがいるから」

「私は……私はクロも、シロも好き! 二人とも大好きだから! だから、シロにはいなくなってほしくないよ……」


 こんなに堂々と二股発言するかな……普通……。

 でも、そんな残念で単純な所が、美雪らしいや。

 馬鹿な美雪が、私は好きだよ。


「でも美雪。そういうの、世の中では二股って言うんだよ?」

「……うん」

「それって、すごく最低な行為なんだよ?」

「うん……知ってる」

「……だからこれからは、黒田さんだけを、見てあげて?」


 無理矢理笑いながら、私はそう言ってあげる。

 辛いよ。

 本当はずっと、美雪の隣に立っていたかった。

 でも、それは叶わない願いみたいだから。

 だから……私は……――。


「シロ……!」

「美雪……大好き」


 そう呟いた瞬間、目の前が真っ白になった。

 体中の感覚が消えて、意識が白に染まる。

 そして私は……――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ