第41話 好き
「美雪……」
「……ここに、いたんだ……」
美雪の言葉に、私は数歩後ずさった。
どうしよう……私は、何を伝えれば良い……?
頭の中で思考がグルグルと渦巻いて、混乱する。
しかし、私の口は無意識に開き、勝手に言葉を紡ぐ。
「美雪……私、本当に……人間なんだね」
私の言葉に、美雪は驚いたような表情を浮かべた。
あぁ、今……美雪を困らせてる……。
その事実だけで、泣きそうになってしまう。
しかし、それを堪えながら、私は続けた。
「ずっとさ、どこか……これが全部夢なんじゃないかって、思ってた。目が覚めたら、全てが無かったことになって、また……美雪と楽しい日々が始まるんじゃないかって」
「シロ……」
「でも違った。もう、私は完全に人間になっていて……もう、あの頃には戻れないんだって」
私はそう言いながら、公園を見渡す。
あの男の子を探した。
でも、すでに彼は帰ったのか、公園には誰もいなかった。
……まぁ、いっか。
「視線が……高いんだ。世界が高いの。私より大きかった子供が……今は、私より小さい……」
話していると段々、涙が込み上げてくる。
しかしそれを耐えながら、私は続ける。
「私分かったんだ。もうあの頃には戻れない。もう……死ぬしかないんだって」
「シロ……」
「もう私の未練は消えた。だったら、後は死ぬしかないじゃない! なんで今生きているのかも……不思議なくらいで……!」
「シロッ!」
突然、体を抱き寄せられた。
そしてそのまま……唇を奪われた。
美香ちゃんと一度重ねた唇を。
まるで、上書きするかのように。
唇を離すと、美雪は私の顔を見て、微笑んだ。
「私も……ずっと好きだったよ。シロのこと」
「……なんで今言うの……」
そう呟いた瞬間、ボロボロと涙が零れた。
こんなの……私が、馬鹿みたいじゃないか……。
本当に、ただの……馬鹿犬だ……。
そう思っていた時、体に異変を感じた。
自分の体を見下ろすと、自分の体が淡く光っていた。
“その時”が来たのだ、と。頭の中のどこかで直感した。
あぁ、そっか……今分かったよ……私の未練。
「なッ……」
「……そっか……今分かったよ。私の未練……」
「シロ、体が……」
焦ったような表情で私を見つめる美雪の肩を掴み、私は笑って見せる。
最後の最後まで、私は……美雪の可愛いシロであり続けるんだ。
そして……ようやく気付けたんだ。
私のしたかったことに。
何度も遠回りをした。
……いや、本当はきっと、グルグルと同じ道を周り続けただけなのかもしれない。
それなら、犬だった頃、よくやっていた。
自分の尻尾を追いかけ続けて……叶わない願いを、思い続けて。
でも、ようやく掴めた。自分の尻尾を……夢を、掴めたんだ。
「私……美雪と、キスしたかったんだ……美雪と、両想いになりたかったんだ……」
キス。
前にやったような、一方的な自己満足じゃない。
互いの胸の穴を埋めるような……そんなキスを。
私はずっと……望んでいたんだ。
「シロ……」
「あはは……両想いになったら死ぬとか、よく分かんないよね……」
「待って! まだ何か出来ることがあるハズ! 諦めなければ……何か……ッ!」
「美雪!」
動転した様子の美雪を、私は慌てて宥める。
もう時間が無い。だから、伝えたいことがあった。
しかし、私の予想に反して……美雪は突然、涙を流した。
「嫌だよ……もう、独りは嫌だ……」
彼女の言葉に、私は胸が痛くなる。
ずっと……美雪を一人にしたくなかった。
そしてきっと……私は美雪と一緒にいたかったんだ。
彼女の隣で、彼女を独りぼっちにしないように。
でも、もう代わりがいるから。
私はもう……用済みなんだ。
「大丈夫だよ」
私はそう言って笑いながら、美雪の涙を指で拭う。
それに美雪は目を見開き、驚いたような表情で私を見た。
すでに、足が地面についていない。
腰から下の感覚が無い。
時間が……無い。
「シロ……!」
「美雪はもう、独りじゃないよ。黒田さんがいるから」
「私は……私はクロも、シロも好き! 二人とも大好きだから! だから、シロにはいなくなってほしくないよ……」
こんなに堂々と二股発言するかな……普通……。
でも、そんな残念で単純な所が、美雪らしいや。
馬鹿な美雪が、私は好きだよ。
「でも美雪。そういうの、世の中では二股って言うんだよ?」
「……うん」
「それって、すごく最低な行為なんだよ?」
「うん……知ってる」
「……だからこれからは、黒田さんだけを、見てあげて?」
無理矢理笑いながら、私はそう言ってあげる。
辛いよ。
本当はずっと、美雪の隣に立っていたかった。
でも、それは叶わない願いみたいだから。
だから……私は……――。
「シロ……!」
「美雪……大好き」
そう呟いた瞬間、目の前が真っ白になった。
体中の感覚が消えて、意識が白に染まる。
そして私は……――。




